マクゼガルド家 1
「レイノルド、なぜアリサと一緒に?」
挨拶もそこそこにルークはナーザントに詰め寄った。質問ではなく、詰問という感じだ。何をそんなに怒っているのだろう。
「私はただ、通りかかっただけですが?」
コホンとナーザントは咳払いした。
本当にその通りなので、私も横で頷く。ルークは片眉を器用にあげた。
「むしろ私で良かったと思いますよ? 私はいろいろわきまえておりますので」
ナーザントが何を言っているのかはよくわからない。ひょっとして、また例の噂で絡まれなかったからいいってことなのかな。噂は下火になったとはいえ、まだ消えてはいない。一人でいたら、何か言われる可能性はまだ残っている。ファーストエリアは上級貴族ばかりだから、私に対して好意的でない人は多いだろう。
「ドレスを着てきたのか?」
ルークは鋭い目で私を見る。ナーザントではなく私にも何か不満があるようだ。
「駄目でしょうか……」
古着のドレスはやはり見苦しかったのだろうか。
神官長さまが買ってくださったドレスだから、そんなふうに思われると胸が苦しい。
「いけなくはないが、目立つ」
ルークは周囲を気にするように辺りを見回した。通り過ぎる人は必ずこちらを見ていったけれど、それはこの格好が変だったからなのだろうか。不審者というより、格好が変?
「……すみません。古いドレスで」
思わずドレスのスカートのすそに目を落とす。貴族は流行に敏感だと聞く。年代物のドレスは、目立つほどに変だったのだろうか。
「そうじゃない。そういう意味ではない」
ルークは慌てたようだった。
流行遅れで変というわけではないのなら、なぜ目立つのだろう? というか何が目立っているのだろう。通り過ぎる令嬢たちはみんなドレスを着ているのに。
「相変わらず、トラウ嬢は面白い方ですね。解説して差し上げたいところですが、野暮はよしておきましょう」
意味ありげにナーザントは笑った。
「どういうことですか?」
意味深なことを言われると気になるだけだ。解説とやらをしていただけるなら、遠慮せずにしてほしいと思う。
「それでは、ルークさま。また明日」
私の質問に答えず、ナーザントは去って行った。
ルークは不機嫌な顔のままだ。
ひょっとしたら、今回のこと、公爵さまは反対なさったのではないだろうか。平民の右も左もわからないような私が、夜会できちんと働けるわけがない。下手をすれば公爵家の恥になる。
でも、ルークは約束したからと無理やりねじ込んだ。そのせいでこの先のことを考えて憂鬱になっているのかもしれない。
「制服で来ると思ったんだ」
ルークはぼそりと言った。
「へ?」
ああ。そうか。その手があったんだ。制服だったらコンシェルジュに不審者扱いされることもなかった。流行もないし、公爵家に行っても恥ずかしくない服装だ。
「すみません。そうですね。急いで着替えてきます」
「別に構わん」
外へ出ようとしたら、ルークに腕をつかまれた。
胸がドキリとする。
「似合っている。そのままでいろ」
ルークはそう言ってぷいと横を向く。
全然褒められた気はしないけれど、ひょっとして褒めたのだろうか。
あまりルークに褒められたことって、ないような気がする。
美辞麗句ならいくらでも言っていそうなイメージなのに。とはいえ、私相手に言っても仕方ないとは思う。そういうのは貴族の令嬢に言うことだ。
「アリサ!」
「エリザベスさま」
呼び声に振り向けば、白い美しいドレスのエリザベスが立っていた。
制服姿も美しいけれど、まるで絵本のお姫様みたいだ。
「エリザベスさま、綺麗」
「まあ、アリサもとても綺麗よ」
エリザベスは優しく微笑む。
「古典的なデザインだけれど、アリサにすごく似合っているし、ものすごく上等な仕立てね」
「ありがとうございます」
上等な仕立てといっても、古着だから私のために仕立てたものではない。ただ、神官長さまの目利きが素晴らしいということなのだろう。
「どうしたんだ? そのドレス」
ルークは不思議そうだ。
それはそうだ。普段着を持っていないから神官服でうろうろしていたことをルークは知っている。
「これは、神官長さまがきっと学院で必要なことがあるだろうからと、持たせてくださったのです」
まさか貴族のお屋敷に行く機会があるとは思っていなかった。私個人としては、卒業式とかかしこまった儀式に着るつもりでいた。
「育ての親の?」
「はい。とても古いものだけれど、いいものだよって」
私は頷く。このドレス、古着だから見えないところでいろいろ繕われているところがある。でも、その修繕もとても丁寧な仕事で、大切にしていたドレスだと伝わってくるのだ。
「ねえ。その神官長さまって、どんなかたなの?」
外に出てマクゼガルド家の馬車を待つ。
「年齢はたぶん、四十歳くらいでしょうか。とても博識で立派なかたです。神官長とはいえ、あのような田舎にいるのは不思議な方でした」
「そうねえ。アリサはそのひとに学問を学んで、試験に受かったのよね?」
「はい」
私は頷いた。
「アリサの出身はどこだ?」
「ヴァンの港町です」
「ふん」
ルークは何か考え込むように首を傾けた。
「どうかしましたか?」
「いや。随分と優秀な神官だと思っただけだ」
「そうですか」
私は他の神殿をしらないので、神官長さまが他の神官に比べて優秀だったのかどうかはわからない。
もちろん優秀な人ではあったけれど。
「あ、馬車が来たわ」
エリザベスが指をさす。どれかは言うまでもなかった。
他の馬車とは群を抜く大きさの馬車だった。馬は四頭立てで、実に豪華だ。
辻馬車にしか乗ったことのない私には、同じ乗り物には思えないものだった。
馬車は私たちの前で止まると、御者の男性が降りて扉を開く。
「お待たせいたしました」
男は丁寧に頭を下げる。いかつい顔をしていて、体格もかなり良い。
「デニス、こちらお友達のアリサよ。アリサ、うちに勤めてくれているデニス。ちょっと強面だけれど、怖い人ではないから安心してね」
「アリサ・トラウです。お世話になります」
男は私を見てから無言で頭を下げた。
ひょっとしたら、私のことを歓迎していないのかもしれない。
学院内では平等とはいえ、学院の外に出たらマクゼガルド家の兄妹は雲の上のひとなのだ。そこはわきまえて、きちんと断るべきだったとも思う。
「アリサ、先に乗れ」
ルークに促され、私は馬車に乗り込んだ。
馬車は、向かい合わせの四人掛けでしかも広い。座面のクッションも座り心地がとてもよかった。
私はエリザベスと並んで座り、その反対側にルークが一人で座る。
全員が座ったのを確認して、デニスは扉を閉めて、御者台に座った。
「行きます」
小さな声が聞こえて、馬車が動き始める。かくんと揺れて、身体が傾いでエリザベスの方に倒れこんでしまった。
「すみません。エリザベスさま」
あわてて、体勢を整える。いけない。乗り物に慣れていないせいか油断してしまった。
「大丈夫よ。気にしないで。でもこういうことが続くならお兄さまと席を代わった方がいいかしら」
いたずらっぽくエリザベスが笑う。
え? ルークとエリザベスが代わる?
一瞬、ルークに倒れ掛かる自分を想像してしまい、全身がカッと熱くなった。
「……代わるなら、私が一人の方ですよ」
何とか返事を返したものの、顔の熱が引く様子はない。
よく見ると、ルークの顔も少し赤くなっている。
エリザベスは、楽しそうに「冗談よ」と言った。




