真実の愛 7
「今日は、困ったことはなかったか?」
ルークはハーブティに口をつけて、私に尋ねた。
「はい。殿下とエリザベスさまのおかげです」
そして、教室で殿下がクラスメイト全員に話したこと、エリザベスが昼に一緒にいてくれたことを話した。
教室の演説の話を聞いてもルークとナーザントは、意外と驚かなかった。グレイ本来の特質は、そうなのだろう。エリザベスへの態度だけがヘタレなだけなのだろうな。
「ですから、特に大きな心配はありません。お気遣いありがとうございます」
私はルークに頭を下げる。こうして安心していられるのも、ルークのおかげだ。
「ということは、教室と昼は大丈夫だが、まだ、夕食に不安が残るな」
ルークは顎に手を当てて思案顔だ。
「えっと。別に大丈夫ですよ。どうせ一人でささっと食べるだけなので」
「昨日、そこで、レイノルドに捕まったんだろうが」
「……すみません」
ルークの言葉にナーザントが俯く。うん。えっと。私よりルークの方が根に持っているのかもしれない。
ちょっとかわいそうだ。あの時の彼は酷いと思った。でも、もう許すと決めたことなのだからそっとしておいてあげて欲しい。
「しばらく俺と食べたほうがいい」
「え? いえ。それはさすがに」
私は慌てた。
「確かに悪口から守られるとは思いますが、別の意味で睨まれますし、マクゼガルドさまにそこまで迷惑をかけることはできません」
「別に迷惑ではないが?」
ルークは首をかしげる。
「いえ。迷惑になります。三人で食べていたのに、あんな噂になったのです。少しは用心してください。ナーザントさまもそう思われませんか?」
「えっと」
ナーザントは困った顔をした。
「そうですねえ。では私もご一緒しましょう。三人なら、トラウ嬢の心配されるようなことにはならないだろうし、ルークさまのご心配も緩和できますでしょうから」
「あの。私は殿下とエリザベスさまの三人で食事していて、変な噂になったのですけれど?」
「大丈夫です。あれは殿下に婚約者がいたから、面白がられたのだと思います。幸い私もルークさまも婚約者はおりません」
私は思わずポカンとしてしまった。
「それでも熱愛とかそういう悪い噂は出ないとは限りませんよ? お二人の縁談に差しさわりが出ないとも限りません。そこまでのリスクを背負う必要は全くないと思うのです」
それに私が男を手玉に取っているという噂は当然でてくるかもしれない。
それは守ってもらう以上、受け入れるべき税金のようなものだ。だけど、ルークやナーザントには傷がつくだけで、なんのメリットもない。
「アリサに縁談の心配をしてもらう必要はない。少なくとも俺は気にしない」
ルークはさらっと言い放つ。
うん。まあ。ルークは多少傷がついたところで、びくともしないとは思うけれど。
ルークが本気になって口説けば、きっとそんな噂を気にする令嬢はいないだろうし。
「私も別に構いませんが」
ナーザントも頷く。
おっしゃる通り、ナーザントもモテるから大丈夫なんだろうけど。
二人とも余裕過ぎだよね? モテる男は、噂の一つや二つ勲章だとでも思っているのだろうか。
それとも、その噂を信じてしまう令嬢をふるいで落とそうとかしているとか?
「トラウ嬢と噂になるなら、光栄ですね。殿下に愛を囁かれたかたですし」
くすくすとナーザントが笑う。
いや、それ、事実と違うし。何が光栄なのだろう。意味がわからない。
「それじゃあ、レイノルドも一緒なら、構わんということだな」
ルークが仕方ないという顔をする。
「あの、お二人とも私の話、きちんとご理解してますよね? そもそも私、そんなことをしていただいたら、噂は消えてもたくさんの令嬢から恨まれると思うんですけれど」
「偶然、食事を一緒に食べるくらいで、恨む令嬢はいないとおもいますよ」
「そうだな」
ナーザントとルークが頷く。
え、何、その茶番……。
「お前、本当に顔が正直だなあ」
ルークが私の顔を見て、苦笑した。
「そんな茶番、とかなんとか思っただろう?」
「いえ。その、はい」
見事に読まれてしまった。いや、私だけじゃなくて、きっと二人もそう思っていたということなのだろう。
私はアイスハーブティを口にしながら、二人を見る。二人とも、これからしばらくその茶番を私のためにしてくれるというのだろうか。嬉しいけれど、そこまでしてもらわなくてもとも思う。
「もう一度噂が立つとは限らない」
ルークは指摘する。
「この前の噂は、殿下への嫌がらせの可能性がある」
「はい」
確かに、傷が大きいのは私でなく、グレイの方だったと思う。
「今回の噂は、二段階で流れている。最初は、二人で食事をしている、アリサが殿下に取り入っているという噂。もう一つは、殿下がアリサを見初めて、真実の愛を告白するというものだ」
「私が聞いたときは、すでに二つがそろっていました」
ナーザントが口を添える。
「勝手に誰かが付け足したのかもしれないが、意図的にわけて噂を流した可能性もある」
「意図的にわけて?」
「そうだ。最初にゆるい噂を聞いていると、次に来た大きな噂も信じやすい」
ルークは指摘する。
「実際、俺も最初は食事の方の噂を聞いた。クラスメイトだから食事くらいしても不思議はないだろう、くらいに思っていた。俺が殿下に話に行けって言ったこともあったから」
「そうなのですか?」
ナーザントが驚いたようにルークを見る。
「まあ、諸事情があってな」
ルークは肩をすくめた。
「ところがその後に、真実の愛云々の話だ。俺が言ったことで、アリサは殿下に話に行ったのは間違いないから、ひょっとして、と思った」
そうか。ルークは、グレイの気持ちがエリザベスにないかもしれないと疑っていたのだ。だから、グレイが私に求愛することがあると思ってしまったのだろう。
いや、ない。絶対にない事なんだけれど。
「最初から、真実の愛の話を聞いたら、アリサは殿下にたとえ囁かれたとしても、絶対になびかない女だと思ったと思う。食事するくらい仲がいいんだと思ったら、少しだけ本当に思えた」
「いえ、そもそも殿下は愛を囁きませんから」
そこ重要ですからね。しっかり突っ込ませてもらう。
「私は最初から全部聞きまして、あなたについて調べて、つい信じてしまいましたが」
「私について、ですか?」
ナーザントは頷いた。
「調べたら特待生だった。だから当然かなり頭がいい。殿下は聡明な人間が好きですからね。一番はあなたを一目見て、そうだと思ってしまいまして」
「そんなに悪女に見えましたか?」
「いえ。むしろ見えませんでしたから、ですかね」
「ああ、そうか。そういうことだな」
私には理解できなかったけれど、ルークは納得したようだった。
「なんにせよ、夕飯はしばらく一緒にした方がいい。それで偏った噂が立つならば、噂を立てたやつのターゲットはお前だったという話になろう」
「つまり、ターゲットが私か、殿下なのかを探ろうということですか?」
なるほど。そういうことか。それならば、これは必要なことだ。
「まあ、そういうことだな」
ルークが頷く。
「……そういうことに、しておきましょうか」
ナーザントがルークの顔を見ながら、意味ありげに笑った。
 




