真実の愛 6
放課後。私はファーストエリアの入り口でナーザントを待っていた。
カフェで待っていてもいいと言われたんだけれど、やっぱり一人ではとても入れない。というかファーストエリアに入ることすら、ためらわれる。
おごってもらう約束だけれど、一応自分のぶんは払えるだけのお金は持ってきたから、堂々とカフェに入って注文して待っていてもいいのだけれど、やっぱり、場違いだと思う。
ファーストエリアに入ったのは二回。でも昨日はルークが一緒だったし、その前はグレイが一緒だった。
なによりファーストエリアには衛兵がいて、中に入ったら、すごく見られて怖い。不審者扱いされているような気分になるから、やっぱり一人では入れない。
とはいえ。なんか流れでこうなってしまったけれど、私、カフェでナーザントと何を話せばいいのだろう。お持ち帰りとかにしてもらった方がいいかもしれない。ナーザントの方だって、昨日の贖罪で奢るはめになったものの、私と話す事なんてないだろう。
そんなことを考えていたら、なぜか、ルークとナーザントが連れ立って歩いてきた。
「待たせてしまいましたか?」
ナーザントが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ。全然。大丈夫です」
「それじゃあ、行こう」
ルークが先導する。
「えっと、マクゼガルドさまも?」
私はナーザントを見上げる。
「はい。ルークさまは、トラウ嬢が心配みたいで」
ナーザントが苦笑する。
なるほど。昨日の今日だから、ナーザントが私に何かするかもしれないと思っているのかもしれない。
「マクゼガルドさまは、過保護ですねえ」
私は肩をすくめる。
「ナーザントさまは、一度約束なさったことは守ってくださる方なのに、なにか、すみません」
「え? ああ、えっと。ありがとうございます」
ナーザントは驚いた顔をして少しだけ顔を赤らめた。
「何している? 入るぞ」
ルークに呼ばれて、私とナーザントは慌てて店に入った。
店内の客の数はまばらだった。まだ時間が早いせいかもしれない。
窓際のテーブル前で、ルークは立ったままだ。ナーザントも座らない。
なぜ、立ったままなのか。そうか。紳士だから?
いや、そういうのいらないと思う。だって、身分は二人の方がずっと上だし、学年も上だ。
こういうことされるの慣れていないから、身体がギクシャクしてしまう。
私が座ると、二人は並んで座った。
しばらくすると店員がメニューを持ってきてくれた。
「トラウ嬢は、チーズケーキと飲み物は何にしますか?」
ナーザントは自分の注文を済ませた後、私に聞いてくれた。
「えっと。飲み物は自分で払いますね。アイスハーブティでお願いします」
私はメニュー表を見て答える。この前飲んでおいしかったし。何といってもリーズナブルだ。
「え?」
ナーザントは驚いた顔をした。
「俺はホットのハーブティとアップルパイかなあ」
ルークは気にせずにメニューを見つめる。
そうか。グレイはチーズケーキがおすすめって言っていたけれど、当然そうじゃないメニューもある。
やっぱり高いけれど!
「わかりました」
店員は注文を確認して、私の方をちらりと見た。この前と同じ人だったから、ひょっとして覚えていたのかもしれない。まあ、皇太子と一緒だったし、私がお金を払ったら、ものすごくびっくりしていたからな……。
ちなみに、このカフェ、ファーストエリアの住人は無料だから。おごってもらう場合、どういうシステムなのかよくわからない。実費を払うのか、それともナーザントが食べたものとカウントするような灰色システムなのか、確認していない。おごってくれると約束してくれたのだから、そのへんはナーザントがやってくれるだろう。
「トラウ嬢は不思議な人ですねえ」
ナーザントがしみじみとしたように私を見る。
「何がですか?」
「いえ。エリザベスさまがおっしゃったとおりだと思いまして」
ナーザントは得心した、という顔をする。
「きちんと自分の足で立っている。そういう方は、なかなかいないものです」
「えっと。そんな立派なものじゃないんですけれど」
もちろん私は、頼るべき家もなにもないから、常に崖っぷちではある。
「高い身分の人間相手にも、こびへつらいをすることもない。確かに、あなたは殿下に擦り寄るタイプではない」
「信じていただけて、よかったです」
もっとも。原作のアリサは、殿下にも擦り寄ったし、ナーザントをはじめ、上級貴族の子息たちに粉をかけまくっていた。今の私は、前世の理沙の記憶があるからこそ、舞い上がらないでいられるのだと思う。
「ご注文の品をお持ちいたしました」
店員さんがやってきて、私とナーザントの前にチーズケーキを、ルークの前にアップルパイを置いた。
飲み物は、ルークとナーザントはホットのハーブティ。私はこの前と同じアイスハーブティだ。
「わーっ。美味しそう。ありがとうございます!」
綺麗な卵色のチーズケーキは本当においしそうだった。
「どうぞ。遠慮なく食べて」
「はい!」
私はチーズケーキをフォークですくって口にする。
上品な甘さと、柔らかな舌触り。
「とっても美味しいです」
さすが、グレイのお薦めだ。癖になりそうな味だと思う。
「お前、ここに来たことがあったのか?」
ルークが不思議そうに私を見る。
「えっと。前に一度だけ。その時、チーズケーキをすすめられたのですけれど、手持ちがなくて」
「ふーん。誰と来たんだ?」
「殿下に一度連れてきていただきました」
つい反射で答えてしまって、しまったと思った。また変な誤解をされてしまうかもしれない。
「殿下と?」
ルークとナーザントは顔を見合わせている。
「殿下から相談を受けたんです。その……いろいろと」
私は慌てた。せっかく誤解が解けたというのに、また誤解を招くようなことを言ってしまった。
「誓って、愛を囁かれたこともなければ、囁いたこともございません。何なら、ここの店員さんに証人になってもらえば」
「馬鹿だな。そんなことは疑ってない。アリサがチーズケーキを予算不足で食べない状況が、愛を囁くような状況とは思えないからな」
ルークは笑う。
「……そうですね。殿下はそれで、ケーキをお一人でお召し上がりになったのですか?」
「はい」
何がそんなに面白いのかわからないけれど、ナーザントも笑っている。
「あの、いえ。私は夕食が食べられないからと言ってお断りしたので、殿下が無神経というわけではないのです」
「わかっている」
ルークは頷いた。
「そうだ。その話だとアップルパイは食べたことも見たこともなかったってことだな?」
「ええ。はい。とても良い香りですね」
アップルパイは焼き立てなのか、もしくは温めなおしているのかわからないけれど、湯気が立っていて、とても甘い匂いが漂っている。
「半分、食べてみるか?」
「はい。では私のケーキも半分にしますね」
ウキウキしながら、ナイフを入れて、ルークとケーキとパイを交換する。
アップルパイの半分を食べようとした時、ナーザントと目があった。
「ナーザントさまも、半分召しあがりますか?」
「え?」
ナーザントは驚いた顔をして、ちらりとルークの方を見た。
ルークは何も言わずに、私のあげたチーズケーキを食べている。
「いや、遠慮しておきます。噂っていうのは、いい加減ですね。どうしたって、こっちの方が噂になるはずなのに」
ナーザントは苦笑して、ハーブティに口をつける。
何を言っているのか、よくわからなかった。




