真実の愛 4
エリザベスが部屋に帰っていって、交代するようにグレイが談話室にやってきた。
もう誤解は解けているから話すことはないといえばないのだけれど、今回噂は、私よりグレイの方が傷が大きい。直接の非難は全部私に飛んでくるだろうけれど。
グレイを出迎えるために立ち上がった私たちは、なぜか席替えして、私はルークと隣り合って座った。
まあ。グレイと噂になったことを否定するためなので、私とグレイが並ばない方がいいことはわかる。
ルークのさりげない配慮なんだろうな、と思った。
「珍しい組み合わせだが、話とはなんだ」
グレイは怪訝そうな顔をしている。ルークとナーザントの組み合わせに不思議はないだろう。そこに私が入っていることが『珍しい』のだ。
「殿下が、アリサ・トラウと真実の愛にめざめたという噂があって、レイノルドが真意を確認したいというので」
「ルークさま、それは……」
せっかく立ち直ったナーザントは、また顔を青くする。
本当のことだけれど、たぶんルークはわざとやっている。さすがに、ちょっと可哀そうだ。
「何故そんな噂が?」
グレイは眉根を寄せる。
「殿下とトラウ嬢が一緒に食事をしているという話からだと思われます」
「エリザベスと三人で食事をしているのに、なぜそうなる?」
ナーザントの言葉に、グレイは首をかしげた。
「私も不思議なのです。私が殿下とエリザベスさまの邪魔をしている、けしからんという話なら理解できます。百歩譲って、殿下に取り入ろうとしているまではわかるのですが、なぜ、殿下が私に懸想しているというような話になるのか、まったくわかりません」
私は首を振る。
「私は特待生ですが平民です。際立って美しいわけでもありません。エリザベスさまを捨てて、選ぶにしては随分と貧相で残念としか言いようがないと思うのですが」
「いや、トラウ嬢は美しいと思う」
グレイが口を開く。いや、そこにフォロー入れなくていいんだけれど。焦点ぼやけてしまうし。
「なあ、ルーク。そう思うだろう?」
ニコリと笑って、なぜかルークに話を向ける。
「ああ、まあ」
曖昧に答えてルークは私と反対の方を向いた。耳が少し赤い気がするのは気のせいだろうか。
「失礼ながら、殿下の醜聞を作ろうと仮定した者がいたとすれば。その相手をトラウ嬢に決めたというのは、理解できます」
ナーザントが遠慮がちに口を開いた。
「自分が思い込んだからというわけではありませんが。トラウ嬢には、凛とした美しさがあり、特待生だけあって聡明です。ただ、貴族ではない。だが、それすらある意味では新鮮な魅力であります」
ものすごく褒められている気がする。ここはお礼を言うところだろうか?
「トラウ嬢ならば、殿下が血迷うことがあってもおかしくないと、自分は思いましたから」
えっと。本気で言っているのだろうか。先ほどから思い込みが間違っていたことを指摘されまくったせいで、感覚がおかしくなったのかもしれない。
「私はエリザベス一筋なのに」
ぼそりと呟いたグレイの言葉に、全員の視線が集まる。
たぶん、ひとりごとだったのだろう。声に出てしまったことに気づいたらしく、慌てて咳払いをした。
お願いだから、それ、本人の前で言ってあげて欲しい。
「なんにせよ、噂の出所を探さねばいけないでしょう」
ルークが大きく息を吐いた。
「そうだな。私はともかく、トラウ嬢は今後の縁談にも響く。何とか手を打たないとな」
「私は貴族ではないので、縁談とかはどうでもいいんですが」
思わず私は突っ込んだ。
すると、ナーザントが噴き出した。
「そういうところが、新鮮なんですよ」
「はい?」
何を言われているのか、全然わからなかった。
グレイとの対談が終わると、ナーザントと明日の約束をした。
たぶん、彼の中では、私にチーズケーキをおごらないと贖罪はおわらないだろうから、早い方がいい。
帰ろうとしたら、ルークに送ると言われた。送るも何も、学院内だ。それに身の安全のことを考えたほうがいいのは、私ではなく、ルークの方だと思う。
「変な噂のせいで、お前に悪意を持つ人間もいるだろう。昼間ならともかく、もうだいぶ遅いから」
「マクゼガルドさまは、過保護です」
結局断り切れず、サードエリアまで送ってもらうことになった。
さすがにこの時間になると、エリアを移動する人影はない。ひんやりとした風が吹いていて、ところどころ外灯が灯っているものの辺りは薄暗い。思った以上に寂しい感じがした。
「今日は、ちょっと心配だからな」
ポンとルークに肩を叩かれた。
確かに、こんな暗い中を一人で歩いたら、いろいろ思い出して泣いてしまったかもしれない。
「レイノルドの誤解は解けたけれど、口さがない輩はしばらくいるだろう。直接、言ってくる奴には対処は出来るかもしれないが、そうでない場合は、かなりしんどい想いをするかもしれない」
「大丈夫です。マクゼガルド家のご兄妹が、味方してくださるのですから、怖くありません」
エリザベスは私を友人だと言ってくれた。
ルークは、ナーザントから私を助けてくれて、誤解も解いてくれた。
私は返せないほどの大きな恩をマクゼガルド家の兄妹からいただいている。
「それから今日は美味しいデザートをありがとうございました。とてもおいしかったです」
ルークのくれたプディングは、私の心にも沁みた。優しい味だった。
「……そうか。よかった」
ルークは優しく頷いた。
「暗くて泣きそうな顔はお前に似合わない。無理はするな。お前は俺を頼っていいのだから」
優しい言葉に思わず涙があふれてきた。
私は慌てて手でこすって顔を背ける。
「ありがとうございます。このご恩はいつか必ずお返しします」
今はまだ何も返せない。私は何も持っていないし、逆に言えば、公爵家のルークやエリザベスは、たいていのものは手に入る。
それでも魔術師になれば、何か返せるようになるかもしれない。
「アリサは本当に律儀だな」
ルークは苦笑した。
「今回の問題は、お前が恩に着ることじゃない。悪いのは、根も葉もないうわさを立てた奴だ」
「それは、そうですが」
でも。
今回の噂は、原作で私がエリザベスを追い詰めるために流したものとほぼ同じだ。
もし、原作の強制力だとしたら、やっぱり悪いのは私なのかもしれない。
ナーザントと言い合っていた時。ルークが来てくれなかったら、どうなっていただろう。
ナーザントは私の話を信じなかった。あのままだったら私は徐々に追い詰められて、本当に学校をやめてしまうことになってしまったかもしれない。もしくは、憎しみや怒りを育てて、報復に走ったかもしれない。
そう考えると、ルークは私を救ってくれたのだと思う。これから先も同じようなことがあるかもしれないけれど、ルークやエリザベス、グレイは私の味方だと思える。それはこれからも私の心の支えになるだろう。
「私で出来ることがあったら、なんでも言ってくださいね」
ルークが驚いた顔をした。
「なんでも?」
「はい」
ルークの目が私をじっとみる。胸がドキリとした。
そして。何か言うのかと思いきや、ルークは私から顔をそむける。
「……迂闊にそんなことを言うものじゃない」
それだけ言うとそのまま黙り込んでしまった。
確かに私の出来ることは少ない。ルークは公子で何不自由ない人だ。
私にしてほしいことなど、無いのかもしれない。
黙り込んだルークの横顔は、すぐ近くにあるのに遠くて、なんだか胸が痛かった。




