三人で昼食
月曜日。
今日は、私のほか、グレイもエリザベスも部活がある。
というわけで、今日は『勉強会』はなし。
金曜日の勉強会で二人に進展はあったのかどうかわからない。朝の挨拶を交わす様子からみても、あまり変化を感じなかった。
よく考えたら、図書館ってあまり会話する場所じゃない。チョイス間違えたのかもしれない。
そもそも私自身が恋愛とか全然したこともないわけで。そんな私のアドバイスだから、当然ポンコツでもある意味仕方がない。
いっそ、休みの日に二人でどこか行けばいいのに。そう思ったとき、昨日、自分がルークと二人で買い物に行ったことを思い出した。
思い出しただけで、急に熱が集まる。
考えようによっては、デートみたいだった。
もっとも、ルークが私を可愛がってくれるのは部活の後輩だからだ。買い物に付き合ってくれたのは、単純に暇だったに違いない。
そもそも、次期公爵さまと平民で孤児の私に恋愛っぽいものが成立はしないだろう。ルークの優しさを勘違いしたら駄目だ。彼は私が恋愛対象にならないから、安心してちょっかいをかけているだけである。
それに。ルークに恋をしたら、私は闇落ちまっしぐらだ。
私は首を振って、授業の用意を始めた。
お昼になった。
今日もエリザベスに誘われたので、一緒にまたテラス席に座る。
私は相変わらずC定食。エリザベスはB定食にデザート付き。
相変わらず、初夏の太陽は眩しくて、周囲に他の令嬢の姿はない。女性の目がないというのは、エリザベスにとっては、安心できるのだろう。
「ねえ、勉強は進んでいる?」
「まだ、あまり進んでません。ここからスパートするつもりですけれど」
スープをスプーンですくいながら私は答えた。
エリザベスは、お肉にナイフを入れている。相変わらず所作が綺麗だ。真似したいけれど、たぶん一生かかっても真似できそうもない。やっぱり持って生まれたものってあるのだなあって思う。
「特待生は、学年十五位以内じゃないといけなかったのよね」
「はい。そうじゃないと、一般生になってしまいます」
エリザベスの指摘に、私はため息をつく。
「一般生になると、授業料や寮での生活費全部実費になってしまうので、私は事実上、学校をやめないといけなくなってしまいます」
もちろん。一度特待生でなくなっても、成績が盛り返せば、特待生に返り咲くこともできるらしいが、私は一時的に一般生としてしのぐお金がない。
「だから、真剣勝負なんです」
まさしく『生活』が懸かっているので、どんな結果が出ても後悔しないように頑張らないといけない。
「アリサは本当にすごいわ。自分の力で学校に入ってきて、常に結果を残すよう努力しているのだから」
「そんな。孤児の私が身分不相応な夢を見ているのですから、当然です」
「そんなことないわ。アリサの魔力は皇族にも負けないもの。アリサは、将来この国に必要な人材になると思うの」
エリザベスは微笑する。
「万が一、一般生になっても、絶対にやめないで。アリサは私のお友達だし、あなたを失うことはこの国にとっても損失だと思うの」
「光栄ですが、さすがにオーバーですよ」
私は軽く首を振ったけれど、エリザベスの気持ちはとても嬉しい。誰かに必要って思われるのって嬉しいことだ。
原作の私は、たぶん国にとって有害だった。有益な人材になれなくても、せめて害のない人間でいたい。
エリザベスに友達って言ってもらえただけで幸せなので、それ以上を求めるのは欲張りだ。
「とりあえず、試験勉強、がんばりますね」
やっぱりそれしかない。
切り身魚のソテーにナイフを入れようとした時、エリザベスが驚いた顔をしているのに気が付いた。
どうしたのだろうと思って、その視線の先を見ると、グレイが食事のトレイをもってこちらに近づいてきている。
「やあ」
彼はこちらに向かって、そう言うと、私たちのテーブルのそばにやってきた。
「トラウ嬢、一緒にいいかな?」
グレイが私に確認する。
えっと。どうして私に確認するのかな。エリザベスと一緒に食べたいのだから、エリザベスに聞くべきだと思う。
「……エリザベスさま、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
結局私がエリザベスに確認する。
いくら私の方が緊張せずに話せるからと言って、ヘタレにもほどがあると思うけど。
エリザベスがにこやかに頷くと、グレイは顔を赤らめて席に着いた。
子供のころからの婚約者なのにシャイすぎる。
「殿下がお一人なのは、珍しいですわね」
エリザベスが訊ねると、グレイはさらに顔を赤くした。
うん。完全に『エリザベスと食べる』ために、あえて一人になったのだろう。その積極性は良い傾向だと思う。
「ああ、まあ」
グレイは曖昧に答える。
でも、これだけ真っ赤になっているから、エリザベスもいいかげんグレイの気持ちに気づいてもおかしくないと思う。完全に恋する少年だ。
グレイのトレイに載っているのは、B定食とデザート。
グレイもたぶん、甘いものが好きなのだろう。
「トラウ嬢とエリザベスはいつも一緒なのか?」
どちらへの質問なのかわからない。私はそっとエリザベスを見た。
「ええ、そうね。ここのところ、一緒よ」
「……そうか。二人とも仲がいいんだな。魔術の授業でも息がぴったりだったし」
グレイが頷く。
「ええ。アリサの魔力は私と相性がいいみたいなの」
くすりとエリザベスが笑う。
おおっ。会話が弾んでいる。これ、私がいると邪魔かもしれない。
「アリサは風の加護が強いから、風に特化したらもっとすごいかもしれないわ」
「いえ、そのようなことは。エリザベスさまのように光の加護があるほうが希少ですし」
エリザベスに話を振られてしまったので、私は口を開く。
私の話はどうでもいいのに。そうだ。何かグレイに有益なことを聞いてみよう。
「そ、そう言えば、エリザベスさま、好きなお花とかはあるのですか?」
「お花?」
唐突な質問にエリザベスは首をかしげた。
さすがに脈絡がなさ過ぎたと思う。いくらグレイに情報提供したいからって、ちょっと酷かった。
「そうねえ。私、藤が好きなの。あとは、百合かな」
どちらもエリザベスに似合いそうだ。
「バラはどうですか?」
「そうねえ。好きよ。でも、ほら、私に似合わないでしょう?」
「いや、似合うと思う」
グレイの言葉が力強い。エリザベスの頬が朱に染まった。
おおっ。ヘタレ皇太子。やればできる!
コホン。内心の声が、かなり不敬になってしまった。
「トラウ嬢は?」
「は?」
随分と間抜けな反応になってしまった。何故、私が皇太子に問いかけられているのだろう。
会話の流れで、仕方なくってことなのかもしれないけれど、ここはエリザベスに畳みかけるところだと思うのに。
「そうね。アリサはどんな花が好き?」
エリザベスも私に問いかける。
「えっと。一番好きなのは朝顔です。あと、ブロッコリーの花ですね」
「ブロッコリー?」
エリザベスとグレイが怪訝な顔をする。
そうだろうなあと思う。あれは、蕾を食べるもので、花を観賞する植物じゃないから。
「黄色くて可愛いですよ」
神殿で畑の手伝いもしていたから、花壇の花より野菜の花の方が身近なのだ。
「アリサに花を贈ろうと思うと、大変ね」
くすくすとエリザベスが笑う。
「誰も贈ろうと思わないから、大丈夫ですよ」
「そんなことはないわ」
「そうだな」
エリザベスとグレイが二人で頷きあっている。
息が合っているのはとてもいいことだと思ったけれど、何かが間違っている気がしていた。




