殿下に突撃します。
「吊り目?」
私は思わず聞き返す。
確かに、エリザベスの目は吊り目だけれど、それで嫌われるなんてあるわけがないと思う。
吊り目のせいで、整いすぎた顔立ちがきつく見えるというところはあるかもしれないけれど。
「ええ。もちろん吊り目だけじゃなくて、昔から気が強くてね。殿下がおっしゃられたことによく反発したの。素直になることもできなくて。そのこともあって、鬱陶しいと思われているの」
「そんなことはないと思います」
ああ、そういえば。原作のエリザベスも、その風貌から誤解されやすいひとだった。
高潔なひとだから、間違ったことが目の前にあれば、私を庇ったときのように相手が誰であろうと正そうとしてしまう。
それは、見ようによっては煙たく感じるかもしれない。自分の間違いを指摘されれば、腹も立つかもしれないとは思う。
「婚約は政治的には有効だから、我慢してみえるのかもしれないわ。私のためというより、殿下のためには、婚約はなかったことにした方が良いのかもしれないわね」
少し寂しそうに笑うエリザベス。
えっと。この表情から察するにエリザベスはグレイのことが好きなのだろう。
これは、原作通り絶賛すれ違い中なのかな?
いや、でも原作通りなら、私、ここからエリザベスとグレイを引き離しにかかったり、エリザベスの評判を落としにかかろうと企てないといけないんだけれど。そんなこと、したくない。
ただ教室での様子を見ていると、とてもじゃないけれど、原作通りにくっつくとは思えない。何らかの形でテコ入れが必要なのかもとは思う。
「あの。殿下に直接、お尋ねになられてはどうですか?」
「それは……その方がいいのはわかっているけれど、きっとケンカになってしまうわ」
エリザベスは小さく首を振った。
「私だけの話ならそれでもいいのだけれど、マクゼガルド家のためを思うとそれは怖いの」
「そうですか……」
政略結婚は本人の意思よりも家の繁栄のためである。
もし、グレイにその気がなくて、婚約を解消するにしても、マクゼガルド家に非があるような形は避けるべきだ。ルークにしたって、いくら妹のためとはいえ、円満にお互いに傷がない形にしたいに違いない。
「お兄さまに心配をおかけしていたとは思っていなかったわ。そう。そんなに私は辛そうにしていたのね」
エリザベスの表情は苦い。
その苦さは、エリザベスの心の表れなのかもしれない。
「マクゼガルドさまは、殿下のことがお好きでいらっしゃるのですね」
「え?」
エリザベスの顔が朱に染まる。
「私、好きだなんて言っていないわ」
照れではなくて、本気みたいだ。まだ、自覚していなかったってことなのかもしれない。
ああそうか。こういうところは本当に原作通りなんだなって思う。
「お好きでなければ、そんなに辛そうになさらないと思います」
不敬かなとは思ったけれど、言わないと二人のすれ違いは解消しない。急に素直になるのは無理かもしれないけれど、気持ちがわからないまま意地を張っていたら、絶対に通じるものも通じないから。
「公子さまには、しばらく様子を見るように伝えておきますから、まずはご自身のお気持ちをお認めになるところからはじめたほうがいいです」
「私の気持ち?」
「そうです。そこがわからなければ、どうしたら最良かなんてわかりませんから」
私はこぶしを握り締める。
エリザベスが素直に微笑んだら、それだけでたいていの男性はおちる。原作通りなら、グレイはエリザベスのことが好きなはずだから、きっとうまくいく。大事なのは、一歩踏み出すことなのだ。
「そうね。そうかもしれないわ」
エリザベスは小さく呟いた。
そして眩しい太陽を少し見上げて、目を細める。
さらりと流れる銀の髪。本当に綺麗だなって思う。
「……あなた、面白いひとね。お兄さまがあなたに私のことを頼んだ理由はなんとなくわかったわ」
エリザベスが突然私の方を向いて頷いた。
「そ、そうですか」
面白いとか変とか、高貴な兄妹からみると、私は珍獣のたぐいなのかもしれない。
「ねえ。よろしかったらお友達になりましょう。私のことはエリザベスと呼んで。私はアリサと呼びたいから」
エリザベスがにこやかに笑う。
いろいろ思うところはあるけれど、こんな美しいエリザベスに微笑まれて否とは言えない。
「はい。あの、私で良ければ」
慌てて居住まいを正して頭を下げる。いや、まあ、別に恋愛的な意味でお付き合いするわけではないのだけれど。
「よろしくね、アリサ」
「はい。エリザベスさま」
こんな可愛いエリザベスが悩んでいるのはやっぱりよろしくない。毒くらわば皿まで。私は、トコトン二人の恋路に顔を突っ込むことにした。
放課後。私は意を決した。
教室を出て行くグレイの後をつける。グレイが向かうのは生徒会室。グレイは生徒会の副会長なのだ。
生徒会って、選挙で決めるものだと思っていたのだけれど、よく考えたら、身分制度があるこの世界で、選挙するのはおかしいのかもしれない。
というわけで、生徒会は、侯爵以上の子息や令嬢が原則務めることになっている。
もっとも該当の生徒がいなくて、伯爵が会長になったという年も例外的にあるそうだ。
今年は皇太子がいるけれど、まだ一年生ということで、生徒会長は、ルーク・マクゼガルド公子が務め、副会長にグレイがおさまることになったらしい。会計はレイノルド・ナーザント侯爵家子息と、レティシア・ミンゼン公女。
とにかく話したい内容が内容だけに、出来るだけひとの少ないところで声を掛けたい、
ようやく人が少なくなったのは、生徒会室のすぐそばの階段だった。
「あの、殿下、お話があります」
階段の下から、私はグレイを呼び止める。
突然目下の人間から呼び止められて、グレイは不機嫌に私を見下ろした。
学院内は生徒たちは平等ということになっているけれど、それはあくまでも建前。皇太子を呼び止めるなんて不敬は許されないことだ。
そんなことはわかっている。けれど建前では平等なのだから、嫌われることはあっても罰せられることはない。
「不躾な質問をいたしますが、殿下は、エリザベス・マクゼガルドさまをどう思っていらっしゃるのですか?」
「何?」
グレイの眉が不機嫌に吊り上がる。
「ルーク・マクゼガルドさまは、お二人の仲があまり良くないと思っておられ、私は学院内のご様子をお調べするように承りました。このままではマクゼガルド公爵家は婚約の解消をお考えになるかもしれません」
こういう時は全部話してしまう方がいい。ルークの名前を出せば、グレイだって邪険にはできない。
「どういう意味だ?」
冷たい目で私は睨まれる。
「私から見たお二人は、別段仲が悪いわけではありませんが、恋人のようには見えませんでした。学院内では人の目があるからではと、公子さまに申し上げましたが、プライベートの時のご様子に不安を覚えてのご依頼だったとのことでした」
「……そうだとしても、なぜ、お前のような奴からそんな話を聞かされるのだ?」
憎しみのこもった口調。正直怖い。
「今のお話をエリザベスさまにもお話しました。エリザベスさまは、皇太子殿下のためには婚約を解消した方がいいのかもしれないと、おっしゃられました」
私は大きく息を吸い込んだ。
「私の話を信じるも信じないも殿下のご自由に。政略結婚に愛は必要はないのかもしれませんが、エリザベスさまは、殿下に嫌われていると感じておられます。もしそうでないのなら、早急に態度を改められるべきだと、僭越ながらご忠告申し上げます」
言いたいことを全部言い切ると、グレイの顔に戸惑いの表情が浮かんでいた。
「エリザベスは、婚約を解消したいのか?」
「違います。殿下のためには、とおっしゃったのです。殿下の方にお気持ちがないのに、添われることに迷いがあるのだと思います」
グレイの顔が歪む。
「気持ちがない?」
「お有りなのですか?」
私は畳みかける。不敬でもかまわない。エリザベスのためだし、何より私が苛ついた。
「言っておきますが、お有りだとしたら、その気持ちは全くエリザベスさまに通じておりません! 大切なのは言葉です。とりあえずプレゼントでも贈っておけば気持ちが通じるとでもお考えですか?」
「何っ」
「失礼いたします」
私はそのまま頭を下げて、階段を駆け下りる。
もし皇太子がエリザベスのことを好きなら、私が嫌がらせをしなくても態度が変わるかもしれない。
ただ私自身にとっては、皇太子に嫌われたら、それはそれで転落人生かもしれないなあと思った。




