夕食 2
「まだ一日目なのでよくわかりません。仲が悪いとは見えませんでしたけれど。その、いわゆる恋人の仲睦まじさは感じませんでした」
私は素直に報告する。
少なくとも午後の授業からしか観察していないわけで、まだ語るほどのことはないのだけれど。
「なるほどなあ」
「ほんの数時間の観察なので、ハッキリしたことは何もわかりません。それに教室でいちゃつくようなことはなさらない方々だと思いますので、それをもって不仲とみなすのはどうかと。それこそマクゼガルドさまの方がプライベートのことはおわかりになるのではないでしょうか」
「プライベートの様子が不安だったから、お前に頼んだのだが」
ルークは肩をすくめた。
マリアは個人的な話になったのを感じて、聞こえないふりをしてくれている。
そういうところ、すごく品がいいと思う。
「そう言われましても、私はまだ殿下とはお話すらしたこともありませんし。エリザベスさまとは少しお話をしましたけれども」
平民と貴族の中にはそれなりに溝がある。ましてや上級貴族、皇族ともなれば、私の方から話に行くのは憚れるだろう。
「もちろん、頼まれたからには、きちんと観察は続けますけど」
「アリサは特待生だろう。特待生というのは、将来も期待されているということなのだから、もっと貴族に売り込んでいいんだぞ。うまくいけば、自分のスポンサーにだってなる可能性があるんだから」
「……えっと。それはどういう意味でしょうか?」
「魔術師になりたいと言っていただろう? 魔術師で食っていくには試験があって、それに受かれば、各種就職先がある。主な就職先は、宮廷魔術師、軍の魔術師、各貴族の専属魔術師だな。まあ、地方の役人や、憲兵隊なんかもいけなくはないが、特待生がめざすならそこじゃないだろう。宮廷魔術師は爵位が必要だから、お前には無理だ。そうなると、軍に入るか、各貴族の家に仕えるかになる」
ルークは言いながら、ナイフとフォークを動かす。
「軍はともかく、貴族は優秀な魔術師を得たいと学院にいるうちから生徒に目星を付ける。学生のうちに契約すれば、学費などの支援者になってもらえるということもありうるわけだ」
「はあ」
要するに青田買いってやつかな。
「貴族の嫡子は、特待生には一目置く。置いて当然なんだ。平民だからと卑下する必要はない。それは皇太子殿下も同じだ。皇太子殿下に認めれられれば、軍の魔術師になりやすいかもしれない。とはいえ、それを目的に近づけば、警戒されるのは必定ではあるが」
「ようするに、殿下に話しかけに行けと?」
「まあ、そうだな」
ルークは頷く。
えっと。それ、嫌な予感しかしない。そうやって、擦り寄って、私は転落の道へ突き進んでいってしまうのではないだろうか。
「あの、そう言えば、エリザベスさまの誕生日とか近かったりしますか?」
「え? ああ、来月だな。テストの後だ。誕生日は金曜だから、夜会は土曜日に開くことになっている」
「そうですか」
つまり、例の誕生会をハッピーにすることができればいいのだ。
どうしたらいいのかはわからないけれど。
「来たいのか?」
「……とんでもないです。どうしてそういう発想になるのですか?」
私はため息をついた。
貴族の夜会など、着ていく服すらない。神官長さまにプレゼントしていただいたドレスはとても素敵だけれど、やっぱり貴族の夜会に着ていくようなものではないと思う。
「お前、俺の話を聞いていたのか?」
「聞いていましたけれど、私が参加してエリザベスさまが喜ばれるとは思いませんし」
マクゼガルド公爵家の公女であるエリザベスの誕生日会ともなれば、国家の重要人物がこぞって集まる会になるだろう。つてがあるなら出席したい人間も多いとは思うけれど、私はエリザベスとそれほど親しいわけでもない。いや、もちろん美しいエリザベスの姿をのぞき見したい気持ちはあるけれど。
使用人の人数が足りてなくて、働き手募集というのであれば、話は別だけれど。
「土日は、私、食堂の仕事がありますし」
「そもそも何で、食堂で働いているんだ?」
ルークは首をかしげる。まあ、わからなくもない。ここにくる平民は、平民と言いながらもお金持ちが多い。特待生も私のように本当に貧乏平民は珍しくて、爵位持ちのひとが多かったりもする。仕事をして稼がなければいけないって学生は、それほどいないのだ。
「お誘いいただいたんです」
神官服を着て歩いていたから、哀れに思われたのだろう。でも、おかげで美味しい賄いは食べさせてもらえるし、お金までもらえるなんて、本当にありがたいと思う。
「お前、誰にでも懐っこい奴なんだな」
ルークは納得したようだった。
「俺には全然懐かないけど」
「はい?」
ふてくされたような口調だ。どういう意味だろう。避けたいとは思っているけれど、邪険にしたことはないはずだ。
「普通、指導してもらっている人間に勉強を教えてほしいって言うもんだろうが」
そう言って、プイッと顔を背ける。
えっと。私がメイシンとかグルーに教えてもらうことになったこと、なのかな。あれは、メイシンさまの方が、おっしゃってくださったのだけれど。
「マクゼガルドさまには部活のことを教えてもらっていますから。それに私も命が惜しいですし」
「なぜ、命が関係するんだ?」
「どうして、そんなに鈍いんですか?」
私は思わずため息をつく。
「マクゼガルドさまにとっては、私なんて眼中にもない平民に過ぎないと思いますけれども、私も一応女です。そばにいればマクゼガルドさまをお慕いするご令嬢は面白くないに決まっています」
ルークは驚いた顔をした。
「眼中にないとかはないぞ。お前は特待生だし」
「……もういいです」
なんか会話がかみ合わない気がして、私は諦めた。
「あの、マクゼガルドさま」
それをみていたマリアが口をはさむ。
「アリサはとてもかわいいです。頭もいいです。でも、後ろ盾は何もない平民なのです。マクゼガルドさまは後輩を可愛く思っていらっしゃるだけかもしれません。でも、それは嫉妬を産みます。未だ婚約者のいない公子さまは、皆の憧れなのです。公子さまにとっては些細なことでも、周囲はそうは思わないかもしれません。貴族のご令嬢に疎ましく思われた時、アリサには守ってくれる『家』がないということなんです」
「ふむ」
マリアの言っていることは腑に落ちたらしい。ルークは少し考え込んだ顔をした。
「なるほど。そういうことか」
ようやく得心したようにルークは頷いた。
「わかった。考えておこう」
何をどう考えるのかわからないけれど、マリアのおかげで、少しわかってくれたみたいでほっとした。
もちろん、私自身、ルークは最推しだったので、仲良くしてもらえるのは嬉しい。けれど、ルークの特別な相手になれるわけもない。距離がつまれば変な期待をしてしまうし、好きになったら、周囲が見えなくなるかもしれない。そうなったら、自分が何をしでかすのかわからない。今のこの距離が限界だと思う。これでも、胸がドキドキするから困るけれど。
ホッとして、マリアの目を見ると、優しく微笑んでくれた。
ルークは私の横で、幸せそうにデザートを食べている。
「やっぱりマクゼガルドさまは甘いものがお好きなんですね」
「え?」
ルークが目を丸くする。
本当にびっくりしたらしい。言われたことはなかったのかもしれない。
「失礼いたしました。すごくお幸せそうな顔をなさったのでつい」
私は頭を下げる。ひょっとしたら、指摘されたくなかったのかもしれない。
「お前、そういうことを誰にでも言うのはダメだぞ」
ニヤリとルークが口の端をあげる。
マリアを見ると、見なかったふりをされた。
よほどいけないことだったのかもしれない。
「異性をよく見ていないとわからない言葉を特別でもない相手に告げるのは、淑女のすることじゃない。二度とやるなよ」
「そうなのですか? 大変失礼いたしました」
私は再度謝罪する。そんなにいけないことだったのかと反省した。
それにしては、ルークはなぜか嬉しそうだし、マリアは苦笑しているように見えるのだけれど。
貴族のマナーは難しい、そう思った。




