夕食 1
新しく入った部員は結局三名になった。
カンダスの件があったせいか、後半は視線をそれほど感じなくなった。とはいえ、私とお友達とかになってもらえそうもない雰囲気だけど。とりあえず、今日のところはおだやかに終わった。全員、私と違うクラスっていうのもちょっと寂しい。
何人続くのかわからないけれど、それは私も同じことだ。少なくともこんな状態がずっと続くなら、私はやめた方がいい気もする。それにこれ以上ルークとお近づきになるのはマズイ。悪女ルートが開いちゃう気がして、気が気でない。
この前と同じように、みんなで部室の片付けをして、廊下で部長が鍵をかけ終わるのを待っている。
ただ違うのは、ルークの周りに女性が群がっていること。
ルークは自分に寄ってくる女性が苦手らしくて、表情が険しい。
とはいえ、それもまたクールで良いと思うひとも多いのだろうけれど。
部活中ならともかく、それ以外は指導者は関係ない。
私はメイシンのそばに駆け寄って、ルークから離れた。メイシンは私に同情してくれているみたいで、「ごくろうさま」と、小声でねぎらってくれた。
メイシンは本当に優しくて素敵だ。彼女は原作にはいないキャラだったから、仲良くしても大丈夫だよね?
いや何に確認したら、安心できるのかわからないけれど。
「そろそろ最初のテストがあるわよ。大丈夫?」
「えっと。がんばります」
がんばらないと、学校にいられなくなる。私にとってはまさに真剣勝負。学校を追い出された時の生活プランなどない。神官長さまは温かく迎えてくれると思うけれど、きっとがっかりなさるだろう。何よりもあの神殿は誰かを養う余裕がないのだ。手に職もついてない状態で帰れない。
「わからないことがあったら、いつでも聞いてね。少しだけなら教えられると思うから」
「わ。ありがとうございます!」
「少しだけね。それこそ、ルークさまの方が頭はいいのだけれど」
「メイシンさまに教わりたいです」
メイシンは本当に物腰が柔らかくて、才媛って感じだ。このひとを選んだカンダスってものすごく趣味がいいと思う。
「まあ。嬉しいわ」
くすくすとメイシンが笑う。
「部活のない日は図書館にいるから、気軽に声を掛けてね」
「はい!」
「バーカ。邪魔をしに行くんじゃねえよ」
下り階段のせいか、かなり高い位置から頭に手が降ってきた。地味に痛い。
そのまま頭をくしゃくしゃにされる。
やめてほしい。髪が乱れる以前に、視線が怖い。
反応しなければ過ぎ去るかと思ったのだけど、ずーっとくしゃくしゃしているのは何故なのか。
「やめてください。マクゼガルドさま」
私は振り返って睨みつける。
いたずらっぽい笑みを浮かべたルークの表情にずきんとしてしまったのは、うかつだった。
慌てて、また前を向く。
「リンダはジェイクと一緒に勉強しているんだから、お前、邪魔だぞ」
「そうなのですか?」
思わずメイシンに確認する。
「え? いつもではないわよ?」
くすりとメイシンは笑った。
いつもではないということは、カンダスと一緒の日も当然あるってことだろう。
「わかりました。その辺はちゃんと空気読みます」
こぶしを握って、頷く私。
「大丈夫だよ、トラウ嬢。僕がいても気にしないでいいよ」
にこやかに前を歩いていたカンダスが振り返る。
「そうね。ジェイクさまの方が、数学は得意なの」
「わぁ。ありがとうございます!」
私は頭を下げた。
実際二人が並んでいたら、ちゃんと空気読んで突撃する気はないけれど。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまうのだ。そんな恐ろしい事はしたくない。
「何なら、ぼくが教えてあげてもいいよ」
ひょいと振り返ったのはライアン・グルー。
「本当ですか?」
「ライアンが教えられるのは魔術と歴史だけですけれどね」
カーナル・ブリザンが肩をすくめる。グルーは、それほど成績がいいわけじゃないらしい。
「私、魔術師になりたいので、いろいろ教えてください!」
「トラウ嬢は、本当に懐っこいね」
ブリザンが面白そうに目を細める。
「先輩方が優しいからです」
カンダスが守衛さんに鍵を返すのを待って、部室棟を出る。
後ろの方で、ルークが新入部員三人に囲まれて、勉強を教えてほしいとせがまれていた。
こっちの会話の流れをそのまま受けてのことだろう。
「ありがとうございました!」
私は大きな声であいさつをして、一人サードエリアへと向かう。
何かもの言いたげなルークと一瞬、目があったような気がしたけれど、気にしないことにした。
夕飯の食堂は、昼間ほどは混まない。
朝と夜は、ファーストエリアの寮生たちは、自分の部屋で食べることが多いかららしい。
とはいえ、私は勝手に自分の席と決めている席に座って、おいしい夕食をいただく。
今日はマリアと一緒だ。マリアはC定食にデザートをつけている。私は当然、C定食のみだけど。
お魚のフライとお野菜のソテー。フカフカのパン。野菜のスープもついて、大満足。シェフは、ヤコブさん。ちなみにシェフは、三人いて、交代で働いているらしい。
「それで、歴史研究部ってどんな感じ?」
マリアがパンに手をのばしながら聞いてきた。
「うん。先輩みんな優しくて、いいよ」
「そっか。小さい部だとアットホームなのかもね」
マリアが羨ましそうな顔をする。
「演劇部は?」
「うーん。なんかさあ。大道具やりたいって言ったんだけど、なかなか信用してもらえなくって」
「マリアが大工するの、想像しにくいものね」
小柄で可愛いマリアが、大道具ってイメージしづらいらしくて、裏方に配置はしてもらったらしいのだけれど、大道具系の仕事が回ってこないらしい。
「のこぎりで木を切ったりとか、自信あるのになあ」
「今度何か作って行ったら?」
私はお魚のフライにナイフを入れる。さっくりと揚がっていて、本当においしそうだ。
「あ、なるほど。でも、家作るわけにもいかないし」
「椅子とか箱とか」
「ああ、なある。え?」
頷いていたマリアが、私の後ろを見て声を上げる。
なんだろうと思って、振り返ると、ルークが夕食のトレイを持って立っていた。
「隣、座るぞ」
「……どうぞ」
周りを見れば、空席だらけ。隣に座る必要は全くない。
マリアは、目を見開いて固まっている。
公爵家嫡男、ルーク・マクゼガルド公子は、学院で知らない人がいないというほどの、有名人。
そう言えば、ついこの前、生徒会長になったらしい。
「珍しくひとりじゃないんだな」
にやりとルークが笑う。
氷の貴公子の親し気な様子に、マリアは驚いているようだ。
「そういう日もあります」
私は肩をすくめた。夜はひとが少ないから、それほど視線を気にする必要はないけれど。
「マクゼガルドさま、こちらは、マリア・ホヌス。ホヌス商会のご令嬢で、私の同室です。マリア、こちら、歴史研究部の先輩のマクゼガルドさま」
私が紹介すると、マリアはぎこちなく頭を下げた。
「ほう。ホヌス商会か。最近大きな商いを始めたと聞いている。父が確か注目していたな」
ルークの目がすうっと細められた。
マリアの方は、全身が緊張で固まってしまったようだ。
「アリサは友達少なそうだから、心配していたが、いい友達がいてよかった」
ニコリとルークに微笑まれ、マリアの顔が真っ赤になる。
「とっととんでもないです。こ、こちらこそアリサが同室で良かったです」
はたからみたら、今のマリアは笑ってしまいたくなるほどだけれど、相手は公子さまだ。緊張は当然だと思う。
「……なぜ、マクゼガルドさまが、私を心配するのです?」
「大事な後輩だし」
「大事と思ってくださっていたとは意外です。私、マクゼガルドさまのせいで、いつか刺されると思っているのですが」
ふうっと私はため息をつく。ルークが私に親しみを持ってくれているのはわかるし、嬉しい。だけど、たとえそれが恋愛感情でないとわかっていても、周囲の令嬢から見れば面白くないだろう。嫉妬や反感は半端じゃない。
「ホヌス嬢、アリサのこの態度、酷いと思わないか?」
ニコリとルークが微笑む。
「え、ええと。仲良しですね」
マリアは困ったように答える。
「やめてマリア。そういうのすごく困る。私、真面目に刺されるから!」
仲良しに見えたのなら、それは恐怖である。身の危険を感じてしまう。
「……何言ってんだ、アリサは」
あきれたようにルークは肩をすくめて、スープを口に運ぶ。やっぱり所作がとても美しい。
「それにしてもマクゼガルドさまは、どうして食堂に?」
ファーストエリアのひとは、あまり夕食には来ないのに。
「食堂で食べられるのは、学生の内だけだからな」
「なるほど」
言われてみればそうかもしれない。公爵家となればいくらでも好きなものを食べられるかもしれないから、どちらかといえば想い出づくりって意味のが近いだろうけれど。
「それで、頼んだ件はどうなった?」
どうやら私の隣に座ったのはそのことを聞きたかったのだろう。
「エリザベスさまの件ですね」
私は大きく息を吐いた。




