そして風が吹く
遅刻。すみません。
小隊を借り、俺とレイノルドは、森へと向かった。
小隊長は、レイバン・ドーナ。
レイノルドの話では、剣術部の先輩なのだそうだ。
「それで、レイノルドじゃない、ナーザントさま、大地の神殿を捜すと伺っておりますが?」
「そうです。それからレイノルドで構いません。先輩」
「資料をあたってからの方が結果として早いのでは?」」
「それでは遅い」
俺は思わず口を出す。
「森までは一本道だ。奴らは馬車を使っている。途中で乗り捨てない限り道はあるはずだ」
目立つ道でないにしろそれなりの広さが必要だ。途中で乗り捨てる可能性もあるが アリサに使役精霊がついていることを知っている以上、急いだはずだ。
乗り捨てるにしろ、ギリギリのところまで馬車で行くと思われる。
「行くしかありません。アリサが心配です」
レイノルドが頷く。
森に入ると、俺たちは騎馬のスピードを落とす。
木々が生い茂っていることと、日が傾いてきたこともあって、辺りは暗くなっていた。
小隊なので、人数的には、二十人程度。
さすがにニギリアの教団に乗り込むのは無謀だ。
ただ、場所がはっきり確定していない今、大人数を動かすわけにはいかない。現段階で、これだけの人数をつけてくれた皇太子に、感謝だ。
「これは、どちらに行ったか分かりませんねえ」
道が二つに分かれている。
地面に轍は残っているものの、どちらの方角にもついていて、判別しがたい。
「困ったな」
こうなったら、二つに分かれるしかない──そう思った時だった。
左に伸びた道の方角だけ、風で木々が揺れた。
「なんだ?」
隊員たちが驚きの声を上げる。
明らかに、そちらだけ風が吹いた。
「オーフェだ」
本来、神はあまり人界に介入しない。
だが、いとし子の危機に、オーフェが、俺たちを導こうとしている。
「そうですね。オーフェがあちらに行けと言っています」
レイノルドが頷く。
レイノルドは大地の加護の方を強く受けてはいるものの、オーフェの加護も持っている。
「こんなことが、あるのですね……」
ドーナが驚きの声を上げた。
「行こう」
俺たちは風の指し示す方へと向かう。
神の力をこんなに身近に感じたことはない。
「大丈夫だ。オーフェがついている」
分かれ道があるたびに、風が吹く。
だが、次第に風が弱くなってきた。
「どうやら、ニギリアの神域に入ったのかもしれませんね」
レイノルドが呟いた。
たとえオーフェといえども、ほかの神の神域で力を発揮することは非常に難しいのだろう。
「見えました! あれです!」
深い森の中に埋もれるように石造りの神殿が見えた。
俺たちは、馬をつなぎ、木に隠れながら接近を試みた。
朽ちたようになっているにもかかわらず、入り口に人の姿がある。
「どこにいるかはっきり分かればいいのですが」
レイノルドが険しい顔をした。
「ちょっと待て。使役精霊とつながっていれば、アリサの位置がわかるかもしれない」
俺はアリサを呼ぶ。俺の名を呼んでくれと、使役精霊と俺はつながっている。そして、アリサは使役精霊とつながっているのだ。だから、どんな時でも、俺はアリサのいるところが分かるはずだ。
『ルークさま?』
アリサの声が聞こえた。
「いた!」
俺は使役精霊に魔力を送る。
活動を始めた使役精霊から、はっきりとした位置情報が伝わった。
「行くぞ!」
俺は走り出す。
「マクゼガルド公子! 一人で突っ走ってはいけません!」
後ろからドーナの声が聞こえたが、気にしている暇はない。
アリサは、手足に魔封じをはめられているのが見えた。
「凍れ!」
目の前にいた人間を、問答無用で、凍り付けていく。もはや剣を振るうのも面倒だった。
「アリサは地下だ!」
位置はわかるものの、間取りが分かるわけではない。
「階段がありました!」
レイノルドが叫ぶ。
俺たちは階段を駆け下りる。
「アリサ!」
鍵のかかっている扉を、俺とレイノルドが体当たりして壊すと、中は暴風が吹き荒れていた。
「氷雪!」
正直、乱暴ではあるが、アリサ以外は敵なのだ。幸い、暴風が吹き荒れているおかげで、俺の術は、いつもより強力で、周囲にいる人間を凍らせていく。それでも抵抗する者は、剣で制していく。
「ルークさま!」
アリサの声が聞こえた。
次の瞬間、アリサが、クォーツに体当たりをし、そしてそのまま気を失ってしまった。
「アリサ!」
俺とレイノルドの声が同時にアリサの名を呼ぶ。
レイノルドが、クォーツを取り押さえるのを確認したあと、俺は、アリサの体を抱き上げた。
「アリサ! しっかりしろ!」
時間にしたら、それほど長い時間ではなかったかもしれないが、このままアリサが目を開けない恐怖に俺はおびえた。
「ルークさま」
目を開けたアリサに、ほっとする。
「よかった」
俺はアリサを抱きしめる。
アリサが無事だったことが、何よりもうれしかった。
その後。
アリサから、前世の記憶があると告白された。
アリサは、ずっと自分が悪女になると怯えていたらしい。
アリサの言う、『公爵令嬢は月になんとか』という話では、最後に俺はアリサを地面にたたきつけると聞いて、驚いた。記憶が戻ったのが、俺に初めて会った時だったと聞いて、あの時、鬼の顔を見たように去ったのは、俺の顔が怖かったわけではないと聞いて、少しほっとした。
アリサは俺を避けていた理由が前世の記憶のせいだと言っていたが、きっとそれだけではない。
残念ながら、俺の外見も内面も、アリサが警戒しなければいけないものだったのだろう。
その後、アリサは、俺のことを好きだと言ってくれた。
それを聞いて、俺はアリサと婚約するために、父に頭を下げた。
社交界にアリサが出たら、きっと求婚者が押し寄せる。
俺よりもいい男など、山ほどいる。そのことにアリサが気付く前に、動かないといけない。
アリサは、急な婚約の話を受けてくれるだろうか。
「まったく、お兄さまって性急なんだから」
エリザベスにねちねち言われながら、俺は父と妹とともに、ナーザント家に向かう。
空は青く、良い風が吹いている。
「オーフェは、応援してくれるのか?」
思わず風に問う。
答えはなかったが、風はやさしく頬をなでていった。
お読みいただきましてありがとうございました。
長くなりましたが、ルーク編はこれで終わらせていただきます。
婚約者編につきましては、しばらくお待ちください。
2023/8/31
秋月忍




