部長は男前
私は先月に指導を受け、もう研究テーマもおぼろげだけど決まっている。
だから、もうルークにマンツーマンで教わることはないと思っていたのに、なぜか私の研究の進め方のレクチャーを始めている。
今日入部した四名は、みんなルーク狙いだ。
なぜルークが私に付き添っているのかという不満が背中に刺さってくる。
いや、私も抵抗したんだからね? 一度は断ったんだからね? ついでに言うともう指導期間は終わっているんだけどね。
そう言い訳したくなってしまう。
無論、こうなることがわかっていて、ルークは私の担当になったのだろう。カンダスもそんな話をしていたし。
しかし、本当にルークに関係なく入った部員を大事にしたいと思ったら、この役目を当てるのはやめてほしいと思う。正直、そのうち私、刺されるんじゃないだろうか。
「こっちの資料あたりが研究テーマに一番添うと思う」
「はい」
内心ひやひやしながら、私は頷く。ルークの教え方は、いつもと変わらない。視線を気にしているのは私だけみたいだ。ルークは、見られることに慣れているのかもしれない。
入部手続きが終わった四人も、それぞれの先輩について、今後の研究の進め方などをレクチャーされる。今回は、歴史の面白さを伝えながらという方針らしくて、少しずつそういう話もしているようだ。
私もそういう話をしながら教えてもらいたいなあとちょっと思う。漏れ聞こえる部分だけでもかなり面白そうだ。
「どうして、私が、子爵令嬢のあなたに指示されないといけないの?」
突然、ヒステリックな声が響いた。
リンダ・メイシンに指導されていた、ナーサ・メグゼだ。そう言えば、伯爵家だと言っていた。
「資料の貸し出し方法なんてどうだっていいわ。そんなの誰かがまとめて処理してくれればいいじゃない。それに過去の研究が何だったかなんて、興味もないんだから」
「過去の研究をよむことは大切です。歴史は見る角度によって、その評価は変わってくるもので……」
「どうだっていいわよ、そんなこと! 子爵家の人間が私に偉そうに言わないでよ」
ナーサはかなり腹を立てているようだ。
それにしても、酷い言いようだ。丁寧なメイシンの説明を聞く気は全くないらしい。自分の指導者が、ルークでなかったのが、悔しいのかもしれない。でも、だからと言ってメイシンに何の落ち度があったというのだろう。全員の視線が彼女に向けられた。
「どうでもよくは、無いかな」
カンダスが、いつになく、ひややかな笑いを浮かべ、メイシンの横に立った。
「僕の大事なリンダに、これ以上暴言を吐くのはやめていただこうか、メグセ伯爵令嬢」
「……え?」
ナーサの顔が青ざめる。
カンダスはメイシンの肩に優しく手をのせた。
「この部には、爵位の話を持ち出さないという規約があってね。知らなかったのかもしれないが、自身の爵位を笠に着て、人に暴言を吐くような人間はこの部活にいらないんだ」
穏やかなカンダスとは思えない険しい表情だ。
「だからこんなことは言いたくないがね、君の顔は見たくない。部長として命じる。ここから出て行け」
「す、すみません、私、知らなくて……」
ナーサの声が震えている。メイシンは子爵令嬢だけれど、侯爵子息のカンダスの恋人であるなら、話は別ってことなのだろう。
「君が謝るべきは僕じゃない。それもわからないなら、二度と僕の前に現れるな」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
ナーサは何度も頭を下げたが、カンダスの表情が変わらないのを見て、青ざめたまま慌てて部室を出て行った。
侯爵の子息であるカンダスを怒らせてしまったのだ。恐怖を感じて当然だろう。
ただ、メイシンに吐いた暴言は、やっぱり許せない。
それにしても。
「あの。お二人はそういうことなんですか?」
私はルークにこっそりと尋ねる。
「ああそうだ。まだ、婚約はしていないがな」
ルークが頷く。
メイシンは、顔を真っ赤にしながらも、素直には喜べないようだ。
「……すみません。私のせいで、新入生を追い出してしまって」
「追い出したのは君じゃない。僕だ」
カンダスが優しくメイシンの髪に触れる。
メイシンも庇ってもらったのはとても嬉しいのだろうけれど、手放しに喜べはしないのだろうなと思う。真面目なひとだから。
それにしても、なんて甘い空間なんだろう。お芝居みたいだ。
「カッコイイですね、カンダス部長」
幸せそうなカンダスとメイシンを見ながら、思わずうっとりとする。
他の新入生たちも今のことに気をとられて、ルークのことを忘れてしまったようだ。
「あんなふうに、好きな人を守れる人って、素敵ですよね」
「ジェイクの相手は、お前じゃないぞ?」
「わかってますよ、そんなこと。でも、男前ですよ!」
対象が自分じゃなくても、そんなことは関係ない。カッコイイ行動はカッコイイのだ。
もともと端整な顔はしているカンダスである。これでファンが増えるかも。とはいえ、見ているのはここにいる人間だけだし、しかも恋人とラブラブ状態だけれど。
「好きな女なら、守って当然だろう? 驚くことじゃない」
ふんとルークが鼻を鳴らす。
なんだろう。何が気に入らないのかわからない。
「誰でもできることじゃないと思います。もちろん、他人が勝手にいろいろ評価することではないとおっしゃりたいのはわかりますけれども」
ひょっとしたら周囲が勝手に盛り上がるのが気に入らないのかもしれない。もともとカンダスはおだやかで優しくて、優秀なひとなのだ。突然に今のことだけで評価するなといいたいのかもしれない。
「あんなふうに守ってもらえたらいいなって、女性なら誰でも思います」
酷いことを言った人間が、自分より目上だったら、物が言えないことだってある。カンダスが侯爵の子息だからってこともあるだろうなとは思う。それでも、たとえそうでもきちんとピンチに守ってくれるのはすごいことだ。
「なにもマクゼガルドさまにはできないなどと言っておりません。マクゼガルドさまは、マクゼガルドさまで、好きなお方を守ってあげてくださればいいのです。カンダスさまを褒めたからといって、マクゼガルドさまの価値が落ちるものではないのですから」
私は大きく息をついた。
それが誰だかは知らない。
原作でも、ルークの相手はわからなかった。とはいえ。婚約者がいないからといって、相手がいないわけではないというのは、カンダスとメイシンを見てもわかる。
これだけの美形で、次期公爵。社交界でモテないわけがない。相手はきっといるのだろう。
ちょっと胸が痛い気がするのは、最推しだったせいだろうなと思う。
「お前さ、前から思っていたけれどなんか俺の扱い、ぞんざいじゃないか?」
ルークが苦笑いを浮かべている。
「マクゼガルドさまは、私が持ち上げなくても、尊くて、おモテになりますから、私がどんな風に思っていようが全然平気だと思います」
「相変わらず、お前、変な奴だな」
ルークが肩をすくめる。
「今の会話のどこに変なことがあったのですか?」
思ってもみないタイミングで言われたので、つい聞いてしまう。今はいたって一般的な話をしていたはずだ。やっぱり貴族と平民って、どこか違うのかもしれないと思う。そんな風に言われる覚えは全くない。
「ぷっ」
突然ルークが噴き出した。
そしてそのまま笑い転げる。
「えっと。マクゼガルドさま?」
なぜ笑われているのか全く理解ができない。
「いいよ。お前はそのままでいろ」
涙を流しながら、ルークはそう言って、私の髪に触れる。
意味が全く分からない。
わからないけれど。髪に触れるその指は優しくて、なぜか嬉しかった。




