アリサという新入生
ルーク編です。よろしくお願いいたします。
その少女は、俺の目の前で、派手に転んだ。
またか。
うっかり手を貸して起き上がらせると、勝手に運命を感じられて、付きまとわれるやつだ。
「そんなところにいると、通行の邪魔なんだが」
うんざりしながら、抗議する。
ピンク色の髪。アメジストの瞳。整った顔立ちの少女だった。
顔に記憶がないところをみると、平民出身だろうか。
強い風の加護を感じる。
「早くどかないか。みなが迷惑する」
「すみません」
彼女は、鬼でも見たかのように頭を下げ、逃げるように去っていった。
イラついていた俺の顔が、よほど怖かったのか。
それとも公爵家の名におびえたのか。
あの様子を見る限り、転んだのはわざとではなかったらしい。
悪いことをした。
俺は、公爵家の生まれで、多少、整った容姿をしているため、女性に付きまとわれることが多い。
自意識過剰だと、自分でもわかっているが、どうしても女性に対して警戒をしてしまう。
出会いがそんな風だったからか。
部活に入って、再会した少女、アリサ・トラウは、どうも俺を避けているようだった。
最初が最初だっただけに、かなり警戒されているらしい。
彼女は変わっていた。
自分が平民であることを必要以上にわきまえているのに、かといって全く貴族に媚びることもない。
自分を卑下しているわりに、その瞳はいつもまっすぐだ。
「平民の娘は、貴族の男を捕まえようと必死になるものではないのか?」
我ながら偏見に満ちた意見だったとは思う。
てっきり、ラーズリと付き合っているかのように思えたアリサが一人で食事をしていて、驚いた。
しかも、貴族の子息であるロバス・ラーズリに対するアリサの反応があまりにもそっけない。
ラーズリの方はどう見ても、アリサを気にしていたのに。
伯爵家の次男坊というのは、うま味がそこまで高くないにせよ、平民のアリサから見れば、かなり好条件の相手だ。ちょっとずる賢い女性なら、キープしておこうと考えてもおかしくない。
「それはある意味仕方がない事かと。商家の娘さんの場合は、親からせっつかれている可能性も高いですから、必死になって当然かと思います。貴族でない人生を送ったことのない、マクゼガルドさまには、ご理解いただけないかもしれませんが」
「何?」
俺の偏見に怒り、反発しそうなところで、彼女はあっさり肯定してみせた。
「私たち平民から見れば貴族の方々は雲の上の方。その雲の上にのれるかもしれないと必死で夢を見ているのです。それを分不相応だから醜いと思われているのなら、その通りなのでしょうけれど」
ハッとなった。
俺は今まで、学業より婚活にいそしむ者たちをどこか見下していた。
彼らは彼らの家門の未来のために必死なのだ。俺が必死にならずにすんでいるのは、俺がたまたま公爵家に生まれたからにすぎない。
自らの努力でこの学院に入学したアリサとは違う。
俺は自分の高慢さと視野の狭さに気づいて愕然とした。
「トラウ嬢はそうしないの?」
ジェイクが冗談めかして訊ねる。
「私もいつそうなるかわかりませんので、先輩方は気を付けられた方がいいかもですね」
アリサは肩をすくめ、苦笑した。
アリサは美しく、しかも才能あふれた努力家だ。
ラーズリの件を引き出すまでもなく、アリサはモテるに違いない。
ただ、結婚を人生の目標にするタイプではないだろう。
「お前はそうはならないと思う。どっちかというと、断れない相手に見初められてしまうタイプだ」
魔力は貴族のステータスの一つだ。特待生で魔力の高いアリサを望む家が出てきてもおかしくない。
「……そうでしょうか?」
アリサは首をかしげる。
俺の言葉を全く信じていないようだ。
彼女は自分の価値をわかっていない。
「その傾向は既にみられますね」
ちらりと俺の顔を意味ありげに見ながら、ジェイクが頷く。
「ま。困ったら俺に言え。なんとかしてやる」
平民で後ろ盾のないアリサだ。
貴族から正式に縁組を求められたら断れない。
「えっと。ありがとうございます?」
「何故疑問形なんだ?」
俺はそんなに信用ができないのだろうか?
「部活の先輩にそこまで頼っていいものかどうかと」
アリサのとまどいにジェイクがくすくすと笑う。
「大丈夫だよ。トラウ嬢。学院で作った人脈は、一生続く。ルークに言えないなら、僕でもいいからね」
「はい。ありがとうございます」
ジェイクに言われて、アリサは嬉しそうに頭を下げた。
「……ジェイクの言うことは素直に聞くのかよ」
彼女にとって、俺はどうも信頼できない相手のようだ。
「人徳だね」
ジェイクがにこやかに笑う。
確かに俺とジェイクを比べたら、ジェイクの方が信頼できる男なのは理解できる。
この短期間でそれを見抜いているアリサは、本当に人を見る目があるのかもしれない。
それならば、妹のエリザベスと皇太子の様子をどうみるか頼んでみよう。
その時はただの思い付きだった。
だが、思えばそれがすべてのはじまりだった。




