生徒会室
学院祭を統括するのは、生徒会の役目だ。
一つ一つの行事そのものは、各クラスや部活単位だから、生徒会が率先して何かをやっているわけではないけれど、本来は外部からの客の応対などは生徒会が行うことになっていた。
ただ、今回は、体育祭のこともあり、帝国騎士団がその任を行っている。
大げさではあるけれど、そもそも生徒会には、皇太子殿下に公子に公女がいるわけで。むしろ、騎士団の人たち的には、生徒会のメンバーが表に出るより安心なのかもしれない。
「一年のアリサ・トラウですが」
生徒会室の扉をノックする。
グレイがいるかどうかはわからないけれど、トラブルに備えて、誰かが控えているはずだ。
「アリサ?」
扉を開いてくれたのは、ルークだった。私とペンターの姿に驚きの表情をみせる。
「どうした? 何かトラブルか?」
「ええと」
私は部屋の中を見回す。
「あら。アリサ」
声の方を見るとエリザベスがグレイとソファに座って、お茶をしていた。
どうやらクラスの仕事が終わった後、ここで休憩していたみたい。エリザベスは生徒会メンバーではないけれど、グレイと一緒に行動していたのかな。
たぶん、来年は生徒会に入るのだろうし、いても全然違和感はない。
「あの……先ほどペンターさまから、体育祭の前にケイト・コルックさまを街の方で見かけたというお話を伺って、念のためご報告をと思いまして」
その程度の情報は既に収集済みだと言われる可能性はあるけれど、報告はすべきだ。
「それは、本当か?」
驚きの声を上げたのは、ルーク。
「シリウス、話を聞こう。エリザベス、二人にお茶を入れてもらってもいいかな?」
「あ、お茶なら私が」
エリザベスに給仕させて、私が座るっておかしい。しかも、私はペンターを連れてきただけだ。
「いいのよ、アリサ。座って?」
エリザベスは笑いながら、立ち上がる。
ああ、そうか。
その笑顔を見て気づいた。グレイはエリザベスに少しだけ席を外すようにっていう意味だったのかも。
広い生徒会室だけど、お茶を入れるには、隣にある給湯室に入らないといけない。
エリザベスをのけ者にするわけではなくて、あくまでペンターが話しやすくするためなのかも。
「俺も外しますか?」
ルークがグレイに尋ねる。
「いや、ルークはいてくれ。街のことはシリウスの次に詳しそうだからね」
グレイが苦笑する。
どうやらルークが街に出ていることをグレイも知っているみたいだ。
「わかりました」
ルークはグレイの後ろに立つ。
そうか。今、グレイは仕事モードだから、ルークも本来の『距離』を保とうとしているのかな。
「それで、ケイト・コルックの話だが、いつのことだ?」
前置きを省いて、グレイがペンターに尋ねる。
「体育祭の前の休みの日です。カフェ『森の雫』で、男性と会っているのを見かけました」
「男性の顔は見たか?」
「いえ、後ろ姿だけです。席も離れていたし、オレも連れがいたので」
ペンターは頭を掻く。
「連れとは?」
「剣術部のクリス・ダナンと一緒でした。休みなので、二人で鍛冶屋に行った帰りの話です」
鍛冶屋に研ぎに出していた剣を受け取りに行ったらしい。
学院で使う練習用の剣も、時々、そうやってメンテナンスが必要なのだそうだ。もっとも、刃そのものは丸くなっていて、あまり切れないらしいけれど。
「どんな感じだった?」
「恋人同士なのかな、と。いつもはあまり笑わないコルック嬢が楽しそうでした。オレたちはお茶をしてすぐ店を出ましたが、彼女たちは、ゆっくりランチをしているようでした」
「森の雫は、うちの生徒がよく行く店だ。程よい高級感と、価格のリーズナブルさが人気の店で、店員もしっかりしている」
ルークがグレイに店の説明をする。
「表通りだから、令嬢を連れて行っても不安がないところだ」
ということは、ルークがつれて行ってくれたところとは全然違うってことだ。
やっぱり、貴族の令嬢と一緒に行く場所ではなかったってことかな。そう思うと、ちょっと寂しい。
「学院の外で会っていたのか」
「学院の生徒ではないのかもしれないが、そもそも貴族の令嬢は体面を気にして、婚約を取り付けるまで恋人がいることを隠したがるからな。考えてみれば当然だったかもしれない」
得心したという感じのグレイに、ルークは頷いた。
「そういうものなのですか?」
「ああ。まあ、女性に限らずだけれどな。結婚を前提としていない異性との交際は、不誠実と言われがちだ。学院内での噂は、あっという間に社交界にも広まるからな」
「……なるほど」
幼いうちから婚約者がいることの多い貴族社会だ。
そんな風潮があってもおかしくないけれど。
でも、学生時代の男女交際に結婚がついて回るって、考えると重い。そう思ってしまうのは、私が平民で、しかも前世の記憶持ちのせいなのかな。
「すぐに、クリスに話を聞かないとな。あと、森の雫に聞き込みに行かせないと」
「あの……いったいどういうことですか?」
事態がさっぱりつかめていないペンターが首をかしげる。
「ケイト・コルックが行方不明になっている」
「へ? いつからですか?」
ペンターは目を丸くした。
そうか。一般生徒には伏せられているのか。確かに、まだ彼女が事件と関係があるのかもわからない。
「体育祭の夜からだ」
「つまり容疑者というわけですか?」
「いや、そうと決まったわけではない」
グレイが首を振った。
「シリウス、ほかに何か、覚えていることはないか?」
ルークの問いにペンターは必死に記憶をたどっているようだ。
「そういえば、魔道具について、楽しそうに話している感じでした。ダーニー宮廷魔術師を尊敬しているって言っていたように思います。男の方はほぼ相槌を打っている感じでした」
ルークとグレイがお互い顔を見合わせ、頷きあう。
疑惑がさらに深まったようだった。
「とりあえず、オレ、クリスを呼んできます。トラウ嬢は、ここにいれば、護衛なしでも大丈夫ですよね?」
「そうだな、頼む」
グレイが頷くと、ペンターは飛び出すように出て行った。




