医務室にて 2
「娘の様子は?」
部屋に入ってくるなり、ナーザント侯爵はルークに話しかける。
心配してくれたのだろう。侯爵夫妻の表情はどこか青ざめて見える。特に夫人はやや震えているようだ。
家族となっての最初の段階で、心配をかけてしまい、とても申し訳ない気持になる。
「今、目を覚ましたところです」
ルークは振り返って答えた。
「あ、あの」
起き上がろうとしたら、頭がぐらりとした。
「まだ、起き上がってはいけません」
ナーザント……レイノルドに窘められる。
「パズズの熱はしつこい。無理は禁物ですよ、アリサ」
「はい」
身体が丈夫なことが自慢だったのに、ちょっと情けない。
「そうね。無理はいけないわ」
「私たちに気を使う必要はない。寝ていなさい」
侯爵夫妻も私を気遣ってくれる。
「お忙しいのに、わざわざありがとうございます」
時間がよくわからないけれど、かなり夜も更けているはずだ。
侯爵は仕事もあっただろうに。
「自分の娘が怪我をしたのだから、様子を見に来るのは当然だ」
「無事だと連絡したのですが、二人ともアリサの顔を見ないと安心できないらしくて」
レイノルドが苦笑する。
「魔物に襲われたなんて聞いて、安心できるわけないでしょう?」
夫人が首を振った。
それはそうかもしれない。帝都に魔物が出るなんて、めったにないことだから。
まして、学院は厳重な結界で守られているはずなのに。
「こちらへ」
ルークが立ち上がって、侯爵夫妻をベッドサイドへと招いた。
親子になったけれど、まだ慣れていないから、やっぱり緊張する。
「怖かったわね。結界は張り直されたそうよ。もう大丈夫」
夫人は言いながら、私の頬にそっと触れる。
優しい手だ。その手は、冷たい。外は寒かったのだろうか。昼間は暑くても、季節はもう秋。夜は冷える。
「本当に無事でよかった。マクゼガルド公子、娘を助けていただき、ありがとうございました」
侯爵はルークに向かって丁寧に頭を下げた。
ルークの使役精霊のことだろう。私はたぶんあのまま連れ去られてしまったから。
リゲルがいなかったら、今頃、私はどうなっていたのだろう。パズズに喰われていたかもしれない。
「いえ。アリサは妹を守ってケガをしました。お礼をせねばならないのはこちらの方です」
ルークは丁寧に礼を返す。
そうだろうか。
私はエリザベスを守りたいと思ったけれど、実際には何もできていないに等しい。
ルークの言葉は私やナーザント家への思いやりだろう。
「私達は二度も娘を失うところだった」
侯爵は呟く。
養女にした矢先の事件に、肝が冷えたに違いない。
私のせいではないけれど、私のせいだ。
「あの……すみませんでした」
他に方法がなかったとはいえ、心配をかけてしまった。
「話を聞いたとき、寿命が縮んだのよ」
夫人がわずかに口元を緩める。
「お友達想いなのは素敵なことだけれど、自分も大切にしてね」
「はい」
家族になったのは、つい先日のことなのに、この人たちは温かい。
体が弱っているせいか、余計に心に染みる。
こんな素敵な人達を家族と呼べるなんて、私はなんて幸せなのだろう。胸がぐっと熱くなる。
「父上、母上、アリサはまだ熱があります。無理をさせないでください」
気持ちが高ぶって黙ってしまった私を見て、レイノルドは疲れたと思ったのだろう。
「大丈夫、です」
私は首を振る。
「とても嬉しいのに、その……言葉が出てこなくて」
「まあ」
夫人が目を丸くした。
「病気の時に、気を使わなくていいのよ」
夫人は微笑みながら首を振る。
「欲しいものがあったら、何でも言いなさい。熱が下がってもしばらくは不自由でしょうから、侍女をあなたにつけるわ」
「でも」
侍女をつけると言われても、もともとのサードエリアの部屋ではそんなことできないし、エリザベスの部屋で間借りしている状態でも厳しい。そもそも、そんなことをしてもらったら、私が侯爵家と関係があることが周囲に知られてしまう。
「母上、その辺のことは、学院とも話さないといけませんから」
「それはそうだけど」
寮を移って、自分の部屋をもらうとしたら、いくら部屋が余っているとしても準備が必要だ。
私が荷物を持って移動すれば終わり、というものでもない。
「なんにせよ、今は何も考えずに休ませてやるべきです」
「それは……そうね」
レイノルドに押し切られ、夫人は頷く。
正直、これからのこととか、いろいろ考えるには頭が回らないから助かった。
「明日は休みだそうだから、ゆっくり休みなさい。マクゼガルド公子、公子もお疲れでしょうが、娘をこれからもよろしくお願いいたします」
侯爵はルークに頭を下げる。
「レイノルド、入用なものがあったらすぐに連絡しなさい。それから、お前も無理をしないように。魔物と戦って疲れているだろう?」
「それは、ルークさまも同じですから」
レイノルドは首を振る。
「他人のルークさまだけにアリサをお任せするわけにいきません。もう少し頑張りますよ」
「気にするな。レイノルド。俺にとって、アリサは、妹の命の恩人だから」
なんだか、レイノルドとルークが変なことで張り合っている。
二人とも、本当は疲れているだろうに。
「あの、私、大丈夫ですから」
休んでください、と言おうとしたら、夫人に目で制された。
「男って馬鹿ね。今は、どっちがなんてどうでもいいじゃない」
「まあ、若いってことだな」
侯爵は肩をすくめ、私と目が合うと、いたずらっぽくウインクをしてみせた。
引き続きアンケートをしております↓ まだの方はぜひ♪