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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
漆 兄弟の絆と神々の誓約
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6:アカバナーの儀

 子穂は珞をじっと見つめて、言葉を綴る。


「これは国王にのみ閲覧が許されているものだ。本来であれば、そなたも例外ではない。だが、子珞が行いたいと思っている儀式の危険性についても知っておいてほしいと思う」


 子穂はぺらぺらとその書物をめくると、珞にそれを手渡した。今にも崩れ落ちそうだが、原形を留めているその書物を、彼はそっと開く。


「四代目の国王子伯の日記だ。即位直後の青年期の筆跡だ」

 その文を読み、珞は目を見開いた。

「死体と目玉を交換し、その死体に憑いた神の力を得る? ——それが“アカバナーの儀”」


「そうだ。その死体とは子伯の兄であったという。そなたと同じ白香神様が憑き神で、物心ついた時から狂気じみていたという。そして最期は自害された。白香神様の器ではなかったということだな。だが、“アカバナーの儀”が成功し、即位した子伯王も時折、自身が何者かに喰われるのではないかという恐怖を持ったという。そなたたちが行おうとしているのは、生の人間同士のことだ。何が起こるかわからない。これは本来行われてはならない禁術だからな」


 珞は絶句していたが、口を引き締めた。そして、子穂を見る。

「俺は、兄上のことを信じています。禁術だろうと何だろうと、俺は自由を手に入れて、自分の道を行く」


 その言葉を聞き、子穂はふっと柔らかく笑った。

「本当に兄弟なのだな。子孝も同じことを言っていたぞ。私は良い息子たちに恵まれたのだな」

 遠い目をして、子穂は微笑んだ。

「頑固で、自分の考えは決して曲げない。そんなところは、狭良に似たんだな。私はその成長を身近で見られなかったことを残念に思うよ。父の願いで、ここにいてもらうこともできないんだな?」


 確認のように尋ねられ、珞は父の想いをわかりたいと思った。しかし、彼にも譲れないことはあるのだ。彼は大きく頷いた。

「はい。父上の願いでも、俺は外で自分の足で歩いていきたい」


「ではこれだけは約束してほしい。“アカバナーの儀”が成功したら、万上医務官として封じよう。海の上でも、陸の上でもどこにいようが、医療行為が可能だ。だが、一年に一回は私に顔を見せてもらえないか?」


 珞は破顔した。

「もちろんです、父上!」

 子穂にとっても、珞にとっても、これが双方譲ることのできる最上の親孝行であった。


「蓮彗を呼んできなさい。この儀式には聞得大君きこえおおきみの協力が必要だ」

「はい!」


 飛んで跳ねるように部屋を飛び出した珞を見て、子穂は一抹の淋しさを感じた。そして、誰もいない部屋の中、ぽつりと呟く。

「私は狭良も子珞も手放すことになってしまったな」


——私たちの息子は、決してあなたを見捨てたわけではないわ。


 そう耳元で聞こえた気がして、子穂は後ろを振り向いた。しかし、子穂は狭良が慰めてくれたのだと妙な確信を得た。そして、その確信を得ると同時に、懐かしいその声色に涙が一筋流れる。そんな彼を一刀両断したのはまたしても彼女であった。


「なにを泣いておるのじゃ。女々しい奴じゃな」


 顔を上げると、聞得大君きこえおおきみの衣に着替えた蓮彗が立っていた。


「狭良殿の亡霊でも見たか」

「あながち間違っていないかもしれないな」


 子穂は軽く笑うと、真剣な表情を蓮彗に向けた。

「“アカバナーの儀”を決行する」


 蓮彗は驚きもせず、淡々と述べた。

「子珞皇子殿下がいらっしゃった時から、その可能性は考えていたとも。そなたも腹をくくったのじゃな」

 子穂は頷いた。


*****


 聞得大君の衣をまとった蓮彗は聖水を張った盆を持って現れた。盆には赤色のアカバナーが一輪浮いている。彼女の後ろには、琉城大るじょうおおむしあられ、真壁大まかべおおむしあられ、儀保大ぎぼおおむしあられの三平等みひらの大むしあられが付き従っていた。


「これから、アカバナーの儀を行う」


 京の内の御嶽うたきは静寂に包まれた。子孝は生唾を飲み込んだ。赤色のアカバナーの花言葉は「勇敢」である。これは試しの儀式なのだ。


「子孝、子珞、聖水を挟んで向かい合わせに」


 儀式は粛々と進められる。珞は言われた通り、子孝と向かい合わせになった。その後、蓮彗は古代白澪語で何やらぶつぶつと念仏を唱え始めた。そして、手に持っていた榊を天に振り上げる。


 すると、天から一粒の水が聖水に落ち、聖水は真っ青な海色に変化した。


『アカバナーの儀が今世に行われるとは、まさか思っていませんでしたよ』


 柔らかな、しかし硬い言葉が天上から聞こえた。珞は上を見上げた。そこには十二の神が揃っていた。話しかけたのは女性的な豊満な体つきを持つ女神である。

 子穂の後ろには年少の少女の姿があった。珞の後ろには白香神が立っている。


 突然上を驚きの表情を浮かべている珞を、子孝は不思議に思った。彼は“祝福の子”であり、神々の姿は見えない。その様子を知ってか、子穂が子孝に手を差し伸べた。何が起こっているかわからない子孝は子穂と手をつなぐことによって、その場に起きていることを即座に理解した。


 ザッと音がして、蓮彗と三平等みひらの大むしあられが天に向かい、最敬礼を取った。それに引き続き、子穂も同じ動作を行う。子孝と珞は彼らに引き続き、最高礼を行った。


霊幸りょうこう十二神の神々よ。我らが願い、聞き入れていただき、ありがとうございます。アカバナーの儀を行いたいと思い、お呼びさせていただきました」


 蓮彗から古代白澪語が紡がれる。

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