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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
漆 兄弟の絆と神々の誓約
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5:父との話し合い

 子孝に案内された国王の執務室は珞の記憶にない場所であった。それはそうであろう。彼が御内原ウーチバラに住んでいた頃は国王は彼の祖父子春であった。珞が子春前国王に会ったのは生まれたばかりの時である。その時も、御内原ウーチバラで会い、珞自身は赤子の頃のため覚えていなかった。きょろきょろと辺りを見渡す珞の手を引き、子孝は執務室の前まで連れてきた。


「父上、子珞を連れて参りました」

「入れ」


 子孝がすだれをあげ、珞に入室を促す。彼は兄の瞳を見つめ、自身を鼓舞するように頷き、執務室へと入室した。珞が入室するとすぐに子孝は御内原ウーチバラへと戻っていった。


 粛々たる沈黙がその場を支配する。久しぶりに二人で会う感動の再開のはずであるのに、どちらとも何を言ってよいのかわからない状況であった。


 沈黙を破ったのは子穂だった。

「子珞、もっと寄りなさい」


 珞が覚えている父とはかなり違って見えた。昔はもっと朗らかな笑いの絶えない人物だったと記憶している。しかしながら、今の子穂は表情も変えず、その瞳からは感動も落胆も何も伺え知れなかった。


 彼は父の下へ歩み始めたは良いものの、どこまで進んでよいかわからなくなっていた。シュクを挟むところまで来ても、何も言われない。とうとう棒立ちになってしまった。座ってよいかもわからなかったためだ。

 どうしたらよいかと俯きぎみに悩んでいると、子穂は突如立ち上がり、珞の横まで歩いてきた。彼は顔を上げた。記憶の中にある父とは違い、今の子穂には肌にしわが刻まれ、過ぎ去った年月を彷彿とさせる。


「子珞」

 そう呼ばれ、返事をしようとした時にはきつく抱きしめられていた。

「ちち、うえ……」

 身長差もあり、きつく抱きしめられたがゆえに肺が圧迫され、うまく呼吸できない。

「こきゅ……う」

 そのことに気づき、子穂は抱きしめていた腕を緩めた。

「すまなかったな」


 その声はしわがれており、彼が静かに泣いていることを珞は察した。肩口にしみる瞳からあふれ出た涙は、彼の今までの想いを映しているようである。珞は父の背に腕を回した。


「父上は、俺のことずっと探してくれていたんですか?」


 その問いに、抱きしめられていた体が離れ、肩を掴まれる。父の真っ赤に充血した瞳に、珞は驚きを隠せなかった。


「当たり前だろう! 私と狭良との大切な子の行方がわからなくなり、私が正気でいられるとでも思っていたのか? それがまたどこかに行ってしまうなんて、私は耐えられない。ずっとずっとここにいてほしい。父の願いなんだよ」


 子穂の悲痛な叫びに珞は少々安心した。その姿は昔の父の姿のままであった。

 父は自分を探していた。そして今も愛してくれている。そんな想いに胸がほっこりと暖かくなった。そして、自分の存在が子穂の性格をも変えてしまう程のものであったのだと再認識した。


「父上、俺がグスクから出てから経験した話を聞いてもらえますか。それから、どうしてこんな無謀な提案をしたのかも」


 その発言に子穂の顔が真剣な表情になる。


「私も子珞がどのような生活をしてきたのか、聞きたい。きっとその中に、そなたの考えたものがあるのだろう」


 彼は近くに珞を座らせると、彼の話を聞き始めた。

 グスクを出た後、民草医に手当てしてもらったこと、優しいと思った老婆に騙され、県土島に売られたことを話す。


「県土島に行く経由は売人が存在するのか」


 県土島に関することは諜報部隊や殺し屋といった闇の稼業、要人の護衛などを選ぶときに関わりを持つが、それまでの中身については詳しくないという。また、珞には言っていないが、耳公じこう目公もっこうに聞いても、県土島についての機密情報については明かしてもらえていなかった。そのような契約を結んでいるのだろう。県土島が樽毘神たるびしんの守護地のため、容易に詮索が出来ないというのも理由の一つであった。


 珞は続きを話した。県土島で出会った同い年の三太のこと、そして翠のことである。三太のことを子穂は雇い主としてよく知っていたが、そのことについて、珞は知る由もない。子穂が気になったのはその翠という少女のことであった。


「俺は翠のことが好きなんです。でも翠はどこかの士族の若奥様の護衛として選ばれてしまった。だから、俺は翠を探し出したい。でも探し出したところで、“国継ぎの皇子”だったら、翠だけを選ぶことはできないでしょう? 俺はそれは嫌なんだ。俺は翠と結婚したい。翠以外考えられない。彼女のすべてが好きだから」


 瞳に強い輝きを持ち、その言葉を言う珞の姿を、子穂は眩しそうに見つめた。守れるかもわからずに、御内原ウーチバラに召し上げた自身とは大違いである。


「そうだな。そなたが“国継ぎの皇子”になれば、必然的に子孝の壱ノ夫人と決まった伯山紗鶴媛が召し上げられる。それが筋というものだ。その翠という少女は出自から見てもさいにしかなれないだろう。妻でさえなれるかどうかわからない」


 その返答に、珞は拳を握り締めた。彼にとって、自身が夫婦ミートゥになりたいのは翠だ。それ以外は考えられない。


「それに、なにゆえ剣奴から医務官になろうと思ったのだ?」


 珞は語り始めた。白黒の熊との戦いで重傷を負ったこと、医務官のところで養生していたこと、そして、一拍の間をおいて、体に強制的に刺青を入れることが海賊の中で行われていることを伝えた。それを治すために、自分は医務官になろうと決めたのだ。


「国の中枢にいては、それができません。それに俺は宮廷内のことがさっぱりわからない。その分、兄上なら、幼い頃から国政の中枢にも関わっており、俺よりも国のことを考えています」


 子穂は目を瞑った。そして何かの決心をしたかのように、部屋の奥から古い書物を取り出した。


「初代国王から続く日記だ。曲げられた史実が正しく記載されている唯一のものだ」

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