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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
漆 兄弟の絆と神々の誓約
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1:謝罪

 朝焼けの鳥の鳴き声で珞は目を覚ました。そこは、小部屋であったが、市井にはない清らかさに包まれていた。


「起きたか?」


 聞きなれないが懐かしい声が傍で聞こえる。そちらを向くと、既に髪をカタカシラに結い上げ、市井では見たことのない上等な着物を着た子孝が座っていた。しかし、そのような着物の織の名を珞は知らない。


「すまないな。朝飯が質素になってしまうが、私の食事でくすねられるのはこれくらいなのだ」


 申し訳なさそうに珞に差し出したのは、ハランに包まれた胡麻団子と真っ白な握り飯だった。それを見て、珞の眠そうだった顔が花の咲いたように明るくなる。両方の食事とも珞にとってみれば高級品であり、白飯に至っては県土島に渡ってから以降は食べていない。常に麦や粟、稗などが混じっていた。


「握り飯はいつもの間食でつけてもらっている。食べるといい」

「ありがたく頂戴します」


 握り飯と胡麻団子をほおばる珞の姿を見て、子孝は彼を憐れんだ。子孝にとって、珞の辿ってきた人生は想像できるものではない。五歳の時、グスクを出なければ、彼は白飯も胡麻団子も――この国中の珍味を食べて育っていたはずなのである。


 子孝は自身の白く艶やかな手と、日に焼け、節くれだった珞の手を比べた。そして恥ずかしく思った。


「子珞は、自身の運命を呪ったことはないか?」


 子孝は思わず、ふと思った疑問を珞に問いかけていた。珞は食指を止め、瞳を閉じる。そして、しばらくして首をかしげた。


「あったかもしれませんが、忘れました。俺は県土島で生き残ったし、あの白黒の熊とも戦って勝った。強さも手に入れられました。そして、医務官として勉強することができました。五歳で逃げおおせてから、俺は幸運ばかりが降ってきていますよ。それに、翠とも出会えた。兄上、俺はこのグスクの外に出られて幸せです」


 にっと笑う彼の犬歯に黒胡麻がついているのを見て、子孝は思わず笑った。


「そうかそうか。私も、子珞に会えて幸せだったぞ」


 珞は嬉しそうに子孝を見た。久々に会えた異母兄に対し、最初はどのように接していいか迷ったが、子孝は珞に会えたことをとても喜んでいる様子である。彼は照れた顔を隠すように、白飯の最後の一口をほおばった。


「子珞、その着物は目立つから、高官付きのほうを被っていくといい。父上と継母上は朝議の前日、必ず御内原ウーチバラで議題について話し合ってから、朝議に出席される。基本的にお二人が同時にいらっしゃるのはその時だ。そこを狙う。朝議は明日だ。今日必ず、父上は継母上の下をお尋ねになるだろう。それまで、私の部屋で二人で待っていよう。これまでのそなたの話も聞きたい。御内原ウーチバラに行くのは嫌か?」


 確かに珞にとって、御内原は良い思い出のある場所ではなかったが、その記憶はおぼろげに残るのみで、基本的に思い出のある場所は離宮なのである。


 珞は子孝を見つめた。彼にとって、今回できたらしたいことがあった。亡き母に会いに行くのである。


「いえ。そこは大丈夫なのですが、もし時間があれば、離宮のあった場所に行ってもいいですか?」

「あぁ、すべての用が済んだら、離宮跡地に案内しよう。今は父上の命で一年中ミセバヤが咲き誇っているぞ」


 その言葉を聞き、珞の瞳からほろりと粒が落ちた。その異変に二人は同時に気付く。だが、子孝は何も言わなかった。異母弟の思うところを根掘り葉掘り聞くのは兄としてしてはならないとの配慮である。


 珞は、これは安堵の涙と思った。父が母を今でも愛してくれているのだという証なのだと。ミセバヤの花言葉は「大切なあなた」である。父が母から他の女性に心替えしていないことに対して、彼の心は安堵に満ちていた。


 彼らは着替え、御内原へと向かった。朝早く、人が少ない。正殿の二階にある御内原ウーチバラを珞はあまり覚えていなかったが、その朱に塗られた柱やすだれの多さには微かに見覚えがあった。

 子孝は珞を自身の部屋へと招き入れた。


「今は、壱ノ媛の照子しょうしも弐ノ媛の綾子りょうしも、私の壱ノ夫人となる伯山紗鶴と共に、神力セヂを高めるために白澪国にちらばる七御嶽、十二守護地への拝礼に向かっているんだ。だから、今ここには、王妃、夫人、さいと私しかいない。王妃の部屋は入り口から一番遠い部屋だ。私の部屋は一番入り口に近いから、正反対の場所になるな」


「兄上、確か、身分の高いものは入り口に近いところになると思ったのですが……」

「確かに昔はそうだった。だが、お前が行方不明になった後、私が壱ノ夫人と外戚を弾劾してな。御内原ウーチバラも場所替えが行われたのだ。それで、壱ノ夫人が使っていた部屋は縁起が悪いとされ、つぶされ、陛下との謁見の間になった。父上は夜は御内原ウーチバラには来られないからな。代わりに好きな部屋を弐ノ夫人から選べることになったのだ。そこで、彼女は一番奥の部屋を三室下賜された。自身の書斎、寝室、女官の部屋の三室だ。元々空き部屋だったため、他の夫人や妻たちからの反対もなかった、というわけだ」


 その書斎には山のように書物が所狭しと置かれている。珍しい書物も多いが、子孝にはあまり入りたくない場所であった。


「そして、父上が国王になった際に、弐ノ夫人 書蓮彗しょれんすいが王妃になった。言い合いばかりしている夫婦だが、あんな夫婦の姿でもよいのだと思えるぞ。夫婦というより、同志と言ったほうがいいのだろうな。王妃も狭良様のことを気に入っておられた」


 突然母のことを言われ、珞は子孝の方を見た。子孝は珞を見つめた。珞に会ったら、ずっと言いたい言葉があった。


「子珞、私の母が本当に申し訳ないことをした。詫びても詫びきれない」

 子孝は珞に頭を下げた。珞は慌てて、子孝の肩に手を添え、頭を上げさせる。

「頭を下げないでください。兄上は何もしていません。それに敵を討ってくれたではありませんか。俺はそれだけでも嬉しいです」

「だが……」

「良いのです。確かに母を失ったことは俺にとって、最大の悲しみでした。でも、その代わりに、かけがえのない親友と愛すべき人を見つけたのです。苦あれば幸あり。私は、もう乗り越えました。ここにいた時、兄上や姉上が勉強を見て下さったことは、県土島に渡った時にも役立ちましたよ」


 珞はにっと笑った。その笑顔に子孝も思わず、笑顔を見せる。

「ありがとう。ようやく肩の荷が下りたよ」

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