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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
陸 二人の皇子(4)医務官と少年
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12:父王の想い

「子珞殿下と思しき『珞』という少年を診察した医務官はおりませんでした」


 劉葵ゐの報告を聞いて、子穂子孝親子は顔を見合わせた。


「どういうことだ?」


 子孝は眉間にしわを寄せ、葵ゐをねめつけた。子穂は黙っているが、葵の報告を促した。葵ゐは淡々と事実を述べる。彼にとって、子孝は赤ん坊のころから見ている自身の子どものような存在なのだ。


「医務官控え場にいた医務官たちはその時何をしていた」


 激高する子孝を子穂は手で制する。申し訳ございません、と子孝は謝った。葵ゐは話を続けた。


「医務官控え場にいた医務官たちは何故かわかりませんが、急激な眠気に襲われており、立ち上がることさえ困難だったとのこと。毒物や眠り薬の類はありませんでした。ただし、担架で珞少年を控室に運んだ後、その部屋に向かった者がいるとの証言を得ております。掃除婦が医務官の官衣を着た女が珞少年の控室に入っていくところを見たとのことです。肌は焼けた小麦色、髪は緑がかっていたとのことでした。掃除婦はそのまま別のところを掃除しに行ったため、その後どうなっていたのかはわかりません」


 子穂は一旦報告を止めた葵ゐに対し、質問を投げかけた。


「その焼けた小麦色の肌に、緑がかった髪をした医務官はいないのか?」


 葵ゐの顔が曇った。微妙な変化に子穂は何かあると掴む。葵はしばらく黙っていた後、重い口を開いた。


「現在、宮廷および白澪国内で医療活動にあたっている医務官のうち、女性の医務官は五名。その中で、そのような風貌をしたものはおりません。しかし……」


 口を開けては閉じる葵ゐに対し、子穂は「構わん。何か手掛かりがあるのであれば、なんでも教えてくれ」と彼に伝えた。葵ゐは目を閉じた。


「手掛かりかどうかはわかりませんが、昔読んだ書物の中にあったのです。それをもう一度漁って読んでみたところ、――ある記述が見つかったのです。これがその書物になります」


 葵が持ってきたのは、古く、恐らくは建国時代のものであろう木簡を取り出した。


「ここです」


 その木簡には、一行ある文章が書かれていた。


『白澪紀五十年五月 冥緋澄、秘匿医務官に封ず』

「白澪紀五十年は三代目国王、澪子清(れいしせい)の時代――今から百五十年前だぞ」


 子孝は呟いた。子穂も同じように頷く。


「この冥緋澄という者が気になりまして、他の手記がないか調べてみたのです。すると、『相伝の食医』と称される紀礼香食医の晩年の手記から、このような記述がみられました」


 埃の被り、破れかけた手記の最後の(ページ)を葵は二人に見せた。


「緋澄、貴女は私を許してくれるでしょうか。秘匿医務官に封じさせ、その力を王家に知らせなかった私のことを。黒緑色の髪の人間を見るたびに、私は貴女のことを思い出します――⁉」


 音読した子孝は二人のことを呆気にとられたように見つめた。


「ま、まさか本人じゃないでしょうね?」


 幽霊を見たような顔をして子孝は戸惑いを隠せない様子であった。


「本人ではないでしょうが、その血縁という可能性があります」


 葵ゐは黙っている子穂を見て、そう言った。乳兄弟の彼は子穂のいつもとは違う様子を見てとったが、子孝は気づかぬようである。息子の前で話そうとしないのを見て、只人である自分が介入してよい話ではないのだろうと、葵は口をつぐんだ。


「私の方から調べさせる」

 子穂はそう言うと、子孝の方を向いた。

「子孝、子珞のことが心配なのはわかるが、自分を律さねばならない時もある。今回の件については、そなたの諜報機関を使わずに、こちらに任せてほしい」


 父からの言葉に、子孝は納得いかない様子であった。しかしながら、滅多にない父からの頼み事であるが故に「わかりました」と返事をする。


「一度解散しよう。この話は一旦止めだ。また新たな情報を掴んだら、二人を呼ぶ」


 子穂は二人が自分の部屋から立ち去り、周りに誰の気配がないことを確認すると、部屋の壁に隠された小さな隠し戸棚を開けた。この小さな隠し戸棚は前国王から国王に受け継がれる秘密の戸棚である。その戸棚は龍の鱗を持つ者だけが明けることのできる場所であった。そして、そこには、禁書庫よりも重要な秘密が書かれ、神力によって守られている書物が置かれていた。


 彼はいくばくかある書物の中から一冊を取り出す。『白澪神話』と書かれたその書物は、初代国王 澪子凌(れいしりょう)が彼の憑き神の澪蕭神から聞いたという『真実の神話』が記されていた。途中に書かれたその一節に、子穂は目が吸い寄せられた。


『戦乱の三国時代において、その荒廃した地を平定するために、琉国の守り神であった弁財天は十二の神を順に生み出した。――――十一番目に生み出されたのは人に寄り添い、その一生を医薬で支える女神、冥蓬神(めいほうしん)であった。彼女は薬草を染めたように深く緑がかった黒髪をしており、その瞳は黒く、魂の深淵を見通し、人の最期には白香神にその者の魂を届けた。』


 子穂はその一文を読むと再度同じ隠し戸棚に戻した。


 子穂は一息つくと、心の中で呟いた。「子珞は冥蓬神が匿っている、そうだろう?」と。それに対し、子穂の憑き神である豊穣の神 峯媛神(ほうえんしん)は『シィ』と答えた。


 彼はその答えを聞くや否や、(シュク)に置いてあった石をゴリゴリと手の中で転がし始めた。その瞬間、部屋の外には、静かに二人の人影が見えた。子穂はそちらを見ずに前だけを向いて、彼らに命令した。


「緑がかった黒髪、黒い瞳をした秘匿医務官の傍にいる、白髪に赤い瞳の少年を探し、少年の動きを探れ。弐ノ皇子の可能性が高い。一人になった時を狙って接触しろ。情報を少しでも引き出せ」


 二人の人影はその命を受けると、瞬時にその場から消えた。


「無事でいてくれて本当によかった……子珞」


 子穂はそう言うと、(シュク)の上に飾っている煤で黒くなった緑色の宝石を見つめた。

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