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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
肆 二人の皇子(2)剣奴と悪鬼
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15:悔しさと七星剣

 明朝、特に昨晩のことを話すこともなく、支度を済ませ、二人は小演舞場へと足を踏み入れた。


「二人とも男女ともに過ごして不都合は起きなかったか」


 銅鑼のような声が二人を迎え入れた。


「あの時、反対したの圓朝師でしたね」と珞が忌々しに言葉を発した。翠は何のことだかわからないというように首を傾げている。

「気にしなくてもいい。見た目からして筋肉馬鹿な感じなのに、貞操感だけは一丁前なんだから」


 珞と圓朝師の間柄のためであろうか。少々無礼な発言でも師はなんとも気にしない。


「準備はできているか?」


 圓朝師は珞に尋ねた。珞は「はい」と頷いた。

 圓朝師は珞が五歳で県土島に来てからの間、鍛錬が始まる前の朝夕の準備体操に付き合ってくれた師である。父の言葉を守るために柔軟体操をしようとするも効率的な方法がわからなかった。そのため、当時から筋骨隆々だった圓朝師に直々に頼み込み、一緒にしてもらっていた。


 周りからは嫉妬心から贔屓ではないかとの文句が往々にして出てきた。しかしながら、元々圓朝師自身が朝夕に体操や走り込みなどの筋力作りに励んでいたこと、試しに圓朝師と珞と共に同じことをしていったら徐々に脱落者が出て、半年も経つ頃には誰もいなくなってしまった。その時の三太といえば、元々体が柔らかかったことや筋力に対し、それほど魅力に感じていなかったことから、最初から文句も言わず、参加していない。


 圓朝師との一戦はまさに一閃にして決まるといっても過言ではなかった。小演舞場の中心部に立てば、師も大剣を持ち、珞の前に立った。


 二人は目を一切逸らさず、一礼した。珞は刀を抜いた。静寂が時を支配する。互いに構え、相手の隙を狙う。


 先に動いたのは師の方であった。圓朝師は思っていた通り、上段の構え、上から振り下ろしてくる。珞は姿勢を低くし、脇構え、そして、下から上に向かって滑り込んだ。


 ものが落ちる音がする――珞の手のひらには柄がなかった。


「くっそおおおおおおおおおおお」と珞は珍しく叫んだ。

「珞、落ち着きたまえ」と圓朝師の言葉が、珞の耳に入ってきた。


「力の差だよ。お前は考えて行動していた。いつもはしない構えだったし、毎回の鍛錬で一つ一つの構えを身に着けているのを感じたよ。しかしだがな、剣の相手には剣で相手をしたほうがいいときもある。そこでだ……」


 師は出口の方に置いてあった自身の荷物の中から直刀を取り出した。珞はその間に自身の刀を取りに行った。力がかかっていた師の圧力を受けても尚、その輝きは濁らず、欠けてはいなかった。一旦、鞘に丁寧にしまう。


「翠、虫の相手はしなくても大丈夫だ」と、圓朝師が言っているのを耳にし、珞は翠の方を振り返った。翠は大きな蜘蛛やサソリといった毒がある虫を一匹一匹始末していた。


「もう終わったんですね。虫の相手をしていて気づきませんでした」


 何気に傷をえぐられるような言葉を言われ、珞は衝撃を受ける。虫よりも関心の度合いが低いということなのだろうか。


「珞には選別にこれを渡しておこうと思ってだな」


 圓朝師から手渡されたのは、小ぶりの李国刀だった。もちろん両刃の剣である。


「これって……」


「七星剣の小刀だ。これから両刃の敵に出会ったときはこれを使え。小回りも利くし、扱いやすい」


 お前が李国刀苦手なこともお見通しなんだよ、と師はにやりと笑った。翠は虫の相手を止めると、珞の方に歩いていき、七星剣の小刀を見る彼に向かって言った。


「小刀だから背中にも差しやすいし、よかったね。いい餞別もらえたね」


 珞は黙って頷いた。その様子に、圓朝師はガハハハッと少々下品な笑いを響かせた。


 彼は七星剣をもらったことよりも、それに対して翠が褒めてくれたことが、珞にはとても嬉しかった。


*****


 兵法の師である楊卓(ようたく)は厳格な男であった。


『兵法は武の素となる』


 五歳の頃、初めて兵法の授業を受けたとき、楊卓師が発した言葉を珞は今でも覚えている。


『兵法は大人数での戦いで必要になると思われがちであるが、個人対個人の戦いにおいても、重要になってくる。兵法を学ぶことによって、臨機応変に動くことが可能なのだ。』


 厳格な男であるが故に、とっつきにくいと感じてはいる者は多かった。しかしながら、李国で使われている『孫子』、西の国から伝わった『戦論』という難しい読本を、かみ砕いて教えてくれることで、珞や他の者もすぐに理解することができた。実際に組み分けして戦法を実践的に教えることもあり、兵法の理解に心を砕いていた。


 四書五経とは違い、兵法を詳しく学ぶことが初めてだった珞にとって、兵法は面白い遊戯となった。珞は大きめの箱庭を作り、小さな遊戯場として、兵法の実践を行えるようにした。この遊戯場は、兵法をすべて覚えきった十歳の時に、楊卓師に譲渡することになった。眼を輝かせて、『これを譲ってくれないか』と言った師のことは今でも忘れることはできない。しかし、まだ兵法を全て覚えきれていなかった三太からは散々文句を言われた。


 それ以来、遊戯場を使って兵法で遊ぶために幾日かに一回は楊卓師からの呼び出しがあった。訪室するたびに改良されている様子を見て、珞は楊卓師のことを“兵法の悪魔”との隠し名で呼んでいた。その楊卓師からの試練はきっと容易なものではないだろう。珞は覚悟を決めていた。


 小演舞場に入ると、学術の試練と同じような構造になっていた。ただ一つ違うところは、中心の広いゴザが敷いてあり、二枚の座布団、二卓の(シュク)の片方に楊卓師が坐していたことだ。楊卓師は目を瞑り、瞑想に入っている様子である。


 二人は黙って所定の位置に座る。珞は楊卓師が半眼となり、「用意ができたら、始めるが良い。制限は六ノ時分である」と言った切り、また眼を閉じてしまった。


 荷物を置き、準備ができたため、珞は卓の上に置かれた冊子を手に取った。中をパラパラとめくり、一度冊子を閉じた。一問につき二頁、十問あった。珞は、まず墨を摺った。墨を摺り終え、筆を執る。息を吐き切り、冊子の一頁目を開けた。


 珞は一問目から順に解き始めた。六ノ時分で足りるかはわからない。詳しく書かなければならない問いが多すぎる。特に、九問目と十問目は自身の考えを示しているが、九問目は『戦論』からの出題ではあるが、珞自身の考えを示すような問いかけ方になっている。また、十問目は百人将になったことがないにも関わらず、その考えを求めている。想像力が必要となった。一刻一刻が過ぎていくたびに、銅鑼が鳴らされる。


「辞め」と言われ、珞は筆を置いた。見直す時間はなかったが、すべて書ききれている。珞はとりあえず、ほっと一安心した。


 冊子は回収されていき、その場で楊卓師がじっくりと確認していく。猛烈な速さで読んでいく様子に、珞の背中に冷汗が垂れる。師は珞の解答を見ると、フンと鼻を鳴らした。


「お前にしては良い出来なのではないか。実践の方ができるのに、なぜ文章になると出来がいまいちになるのか、さっぱりわからんが」


 褒めて落とすことが、楊卓師の常套句である。だが、褒めた。それが珞にとっては非常に嬉しかった。


「さすがは遊戯で実践を重ねていただけはあるな」


 そう呟いた言葉に珞は笑顔が溢れた。楊卓師は「調子に乗るな」と珞に釘を刺すと、後ろに控えている翠の方を向いた。


「翠、足りない食材があれば、ここで補充していくといい」

「はい」と翠の声が後ろから聞こえた。


 頭を使う非常に難しい試練の二つが終わった。珞は安堵の笑みを浮かべた。


 楊卓師の言葉通り、豊富に食材などがあった。翠がそれを詰める傍ら、珞は七星剣を見つめた。


「七星剣って、綺麗だよな。いろんな色の宝石が付いているけれど、決して無用の産物ではないんだ」


 翠は手を止めた。何かを真剣に考えている珞の様子が気になっているようであった。


「七星剣は李国では王族の誰しもが生まれたときに与えられるものなんだって。私に色々教えてくれたおじさんが言っていた」


 表情のないまま、ふふふと思い出し笑いをする翠に対し、珞は自虐のように笑い返した。


「王族か……」


 その小さな自虐に翠は「どうかした?」と聞き返す。しかし、珞は首を横に振り、何も答えなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  琉球風武術を描写される方は、琉球唐手などにスポットを当てる方が多いですが、釵などの武器術や暗器術から作品に取り入れられていくのはとてもユニークに思います。  言葉遣いなどの端々に、作者様…
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