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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
肆 二人の皇子(2)剣奴と悪鬼
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13:翠の信念

 次の小演舞場の前で昨日と同じように一泊した。今度の試練は、暗器術の師との戦いとなる。その日は翠と最低限の話しかしなかった。翠に一線引かれている様子が見て取れた。それはわかっていたが、珞は特に自分から何か行動することはしなかった。今は試験に対して考えることが最優先であると考えたのだ。


 白澪は主に李国と大和から伝来してくる暗器を取り入れ、発展させてきた。伝来術を教える暗器術の師と白澪独自の発展を遂げてきた暗器術の師の二人が暗器術を皆に教えている。珞は次の暗器術がどちらになるのか非常に気になった。白澪の暗器術は棍や(さい)、鎌、鉄柱、簪などが中心となるため、接近戦となる。しかしながら、大和と李国の暗器は全くの別物であった。大和は飛び道具が多く、李国は李国刀や槍が主流である。


 その説明を翠にしていると、小演舞場の中から銅鑼が鳴り響くような声が聞こえた。


「早くしんさーーーーーーーーーーい」


 その声を聞いて、珞は顔を渋らせた。「あ、尊宅師だ」と翠は呟く。


 尊宅師は白澪独自の暗器術を操る師であった。そのため、珞は荷物の中から、暗器術の中では唯一得意とする鉄柱を取りだし、刀を置いた。筋肉をつけるために、鉄柱を使って練習していたら、上手くなってしまったという。


 珞は荷物を置くと、小演舞場へと足を踏み入れた。翠も荷物を置き、彼に続く。実は彼女自身も中刀という珍しい種類の武器を使用していることから、この尊宅師よりやたらと勝負を持ちかけられるという、良い迷惑な日々を送っていたのだ。


「遅ーい」と小演舞場の中心で尊宅師は待っていた。

「遅くなってしまって申し訳ありません」


「翠くんへの説明は確かに重要だ。白澪の暗器術はこの島に来て二年目以降に教えてもらうものだからな」と尊宅師は目を閉じて頷く。そして、目をクワッと見開いた。


「だがしかーし、今重要なのは君なのだよ。珞くん。君は剣術は得意なのにも関わらず、暗器術は不得意だったね。鉄柱を武器に選んだのは君がそれしか得意でないからだ。苦手なものばかり鍛錬する君だったから、鉄柱では手合わせしていなかったね。よし、それなら私も鉄柱でいこう」


 珞は彼の得意な分野が釵であったことを思い出すも、わざわざ鉄柱を選んだことに違和感を覚えた。釵が得意であることは事実であろう。しかし、珞は島にやってきてから、鉄柱で実践演習を行う尊宅師を見たことがなかった。


 これは馬鹿なことをしてしまったかもしれない、と後悔する。もしかしたら、師が最も得意な武器は鉄柱なのかもしれない。彼はニコニコと笑みを浮かべる尊宅師の下へ歩いて行った。


「まずはお辞儀だったね」と尊宅師は言った。


 珞はそのあとのことを知っていた。自分の体の毛という毛が逆立ち、鳥肌が立っているのがわかる。

 お辞儀をした、その瞬間だった。鉄柱と鉄柱の根元が重なり合う音がする。


「おー、よく受け止めたね」


 手中にかけてあった指すれすれに相手の鉄柱の刃があり、珞は冷汗をかいた。位置が悪ければ、指が吹っ飛んでいたのだ。


 動きが速く、珞の眼がついていかない。しかし、気配が消えない――否、わざと気配を残してくれているからこそ、珞はその速さについていけた。ガッガッという音が鉄柱同士の重なりとして辺りに響くが、最後の一拳が珞の喉元を押さえた。


「私の勝ちだね」


 その言葉に珞は下唇を噛んだ。口腔内に血の味がにじむ。


「そういう、ことですね」


 尊宅師は自身の鉄柱を珞の首から外す。


「でも、私と一緒にいるときに翠さんを思い出さなかったのはいい傾向だと思うけどね」


 珞は翠のことを一切考えられなかったことに、そう言われて気が付いた。小演舞場をぐるりと見渡せば、尊宅師が連れてきた助手たちの最後の一人を倒している翠の姿が見えた。


「本当に翠さんは暗器術に適応してるねー。助手たちは皆、各国の殺し屋出身だっていうのに」


 ぎょっとして尊宅師をみれば、「あれ、私言ってなかった? 剣奴になった後、李国で殺し屋稼業してたんだよ」と飄々と返事を返される。


 この尊宅師、見た目は三十半ばのように見えるが実はそうではないのかもしれない、と珞は認識を改めた。そして、殺し屋稼業をしていたということは、珞が『澪子珞』であることも知っているかもしれない、と気づく。


 尊宅師をみれば、彼は珞の眼を見つめて微笑むと、人差し指を自身の唇に当てる。珞は何か言おうとして口を開くも、何も言葉が出ず、口をつむった。


「お疲れ様です」


 翠の若干疲れた声が聞こえ、珞は彼女の方を振り返った。一糸乱れぬその姿に、尊宅師が褒めるのもよく分かる。転がっている助手たちの様子と翠に血痕がない様子から、すべて峰打ちにしていたことが理解できた。


「翠さんなら、立派な殺し屋になれそうなのに」

「私、金で動く殺しはしたくないので」


 尊宅師の誉め言葉に対して、翠は即言い捨てた。翠は珞の方に寄って来ると、腕を大きく振りかぶって、彼の背を叩いた。


「大丈夫。負けてもこれから同じような人が来た時に負けなければいいから。それに郎結師も尊宅師も手加減は一切していなかった。珞は打ち合えていたからね!」


 二連敗し、落ち込んでいる様子が分かったのか、翠は慰めの言葉を口にする。


「全然見てなかったじゃないか! でも、慰めてくれてありがとう」


 珞はそう言うと、どこが悪かったのかを考え始めた。その様子を見て、尊宅師は「まあ、無理はしんとね。なんたって次は頭を使うものだからね」とにこやかにほほ笑んだ。




 珞と翠は師が居なくなった洞窟の中で、会話もなくなり、無言のまま暖をとった。珞は何か話さねばと思い、焦る。しかし、翠は表情をいつもと同じように変えず、食事の準備を行った。


「なんで、金で人を殺したくないんだ?」


 珞は思わず聞いた。尊宅師に対してもすぐに自分の考えを述べていた翠に対し、何か信念があるのかと思ったのである。翠の動きが止まった。


「私はたぶん一番暗殺に向いている。表情も出ないし、防衛術を中心に教えてもらった、この暗器術だって基本的には殺人術だから。でもね、人を金で殺したら、その人はもう元には戻れなくなる。自己防衛で人を殺してしまったとしても、その手に残る人間の肉の重さに耐えられなくなることがあるくらいだもの。私だって、最初に殺した人の重さは今でも覚えている」


 翠は振り向いた。その目は何も映していないように硝子玉のように透明だった。


「珞は人を殺したことがある? ちゃんと人の重みを覚えている?」


 珞はしばらく黙って頷いた。


「あぁ。でもいつの間にか終わっていて人の重みは覚えていない」


「じゃあ、次人を殺す必要があるのであれば、その命の重みを焼き付けておいた方がいい。その人の人生を自分は背負っているんだって、ちゃんと覚えていなければならないのよ」


 彼女の瞳の中に、彼に対する憐みの情が入っていることを、珞は気づかなかった。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず、ここまで読ませていただきました。 設定がとても面白く、文章もその雰囲気にあったもので、違和感なく読めました。 世界観がテンプレと違うのは勿論ですが、展開も予想のつかない方向に進…
2020/12/03 19:36 退会済み
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