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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
肆 二人の皇子(2)剣奴と悪鬼
28/69

12:初めての拒絶

「わはははっはっはっはははっははっはっはっははっは」


 後ろから声がして、考える間もなく、珞は反射的に抜刀し、師の攻撃を防いだ。


 珞と同じ刀の使い手にして、やたらと前向きな剣術の師、郎結(ろうけつ)が現れた。間合いが取れない。彼の動きは速すぎるのだ。


「師が、最初とは」と声を出そうとすると、気が抜ける。気が抜けるということは、首を取られる可能性が高くなるということだった。翠のことが気になったが、その暇を郎結師は与えてくれなかった。


 交錯する刃と音が小演舞場の空洞に響き渡る。刀と刀の真剣勝負はまるで舞っているようであった。珞は郎結師の懐に飛び込み、その刃を師の喉元に突き付けようとした。しかし、師の手甲に思いきり刀の柄が当たり、その反動で刀を落としてしまう。拾っている暇はない!と腰に差していた短刀を抜こうとした。しかし、その手は腰で止まる。


 喉元に郎結師の刃が突き付けられていた。もう、どうしたって逆転することはできなかった。


「参りました」


 くそっ!と珞は顔を歪ませた。郎結師との真剣勝負には勝ったことがない。それは最後までそうだったのか。


「珞よ、よくやっていな。一太刀目の我が刃、受け止められたのはお前が初めてだ」


 郎結師は刀を鞘に納め、俯く楽に手を差し伸べた。珞は刀を鞘に納め、師の顔を見上げた。そして、彼の手を取ると立ち上がる。


ありがとうございます(ニフェーデービル)


 郎結師は七歳の時分から世話になっている。明るく朗らかな彼は皆の人気者であった。しかし、人間不信を患っていた珞にとって、郎結師は要注意人物であった。その警戒感は郎結師にも伝わっていた。しかし、師にも伝わる警戒感は周囲をも巻き込んでいく。


 敏感なものは珞の警戒心を真に受けて、郎結師の言うことを聞かず、師の鍛錬をさぼるようになった。当然、珞は周りに何も言っていないにも関わらず、鍛錬後、皆の前で罰を受けることとなった。


 太ももへのむち打ち三十発は、七歳の少年にとって苦しいものであった。だが、その後、郎結師から呼び出され、言われた言葉は今でも忘れられない。


『いいか、珞。お前が人間不信であり、途中から自分の領域に入ってきた師を受け入れられないのはわかる。しかし、それを態度に出してはいけない。実力が付けば付く程、お前の考えに勝手に賛同していくものが増えていく。その際に、態度を外に出していたらどうなると思う?』


 幼い珞でもわかった。「能の無い者は実力のある者の行動を真似る」ということを理解する。


『この世には真似られて良いものと悪いものがある。真似られて悪いものは態度に出ているということだ。お前は聡い子だ。これからどんどん伸びていくだろう。ちゃんと技だけではなく、その心も学んでいくんだよ』


 それ以来、珞は己の態度を改めるようになった。態度に出してよいもの、悪いもの、自分の行動が真似られても恥ずかしくないのかを振り返るようになった。そうしているうちに歳の若い郎結師は話しやすい兄のような存在となっていった。


「郎結師、勝てませんでしたけれど、またいつか戦っていただけますか?」


 そう尋ねられた郎結師は白い歯を輝かせて笑顔になった。


「いつでもいいさ。お前の調子のいい時で全然構わないよ」


 今度は絶対勝ってやる、と珞はそう心に誓った。


 珞と郎結師が戦っている間、守り手とはいえ、翠はとても暇であった。特に何の動物が襲ってくるわけでもなく、あるとすれば、百足や壁を這うよくわからない虫である。十月(ジューグヮチ)ではあったが、(ガジャン)が寄ってくる。彼女は両中刀を操り、二人の邪魔にならないように虫を退治していたのだった。そのため、全く彼らの様子を見ていなかった。


「ごめんなさい、私は私の仕事をしなければと思って、戦いとか何もみていなかった」

「なんで見ていなかったんだよ。俺、頑張ったよ、負けたけど」

「負けたんだ」


 表情のない声に余計惨めさを感じる。珞はふいとそっぽを向いた。


「もう、俺知らないからな。翠が危険になっても助けてやらないからな」

「あ、いや。助けてもらわなくても、暗器だったら私の方が強いし」


 その一言で、珞は完全に拗ねた。翠は困ったように「本当に困った人なんだから」と言うと、顔をツンとあげ、「はい」と手を差し出した。


「手つないであげるわ、ご褒美」


 珞は翠の方を見た。すると、彼女はぎゅっと目をつぶり、耳を赤くして、手を差し出している。本人としても恥ずかしい気持ちがあるのだろう。


「じゃあ、遠慮なく」


 翠の手を珞の手が包み込む。そしてするりと、彼女の指に自分の指を絡ませる。そのようにされると思っていなかったのか、翠の唇が微かに震えている。


「本当に、翠は可愛いよなあ」


 珞は純粋にその言葉を言ったつもりであった。しかしながら、彼女にとってはそうではなかった。目を大きく見開き、怯えた(まなこ)で、彼を見る。


「その言葉、嫌だ。思い出したくない。手、離して。嫌なこと思い出すから」


 謝り方もいつものようではない。悲痛な謝罪である。


「ごめん、俺も悪いことした」


 悪いことをしたのは確かである。翠はまだ九歳なのである。実際、自分が恋愛感情を持って良いかと言われればそうではないだろう。珞は改めて自分を戒める必要があると考えた。

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