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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
壱 墜ちる定めの華
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1:御嶽の神女(ノロ)

 大和の四大島の最南に位置する九州・薩摩から海を渡り南へ幾ばくか進むと、いくつかの島で成り立つ"白澪国"に辿り着く。


 白澪国の国王は王都 琉城(るじょう)(グスク)を持ち、そこに住まう。大和の天皇、白澪国の国王、アルーサの首長、この三つ巴の王たちの中で最も異彩を放つのが、白澪国の国王であった。

 その特徴といえば、一つ目に髪が白い。銀髪とも称される白髪である。二つ目、瞳が赤い。なぜそのような風貌なのか、まずはそこから話さねばなるまい。


 国王は、白き龍神のごとき国神と白澪人との間に生まれた者の子孫だと伝えられ、民衆はそれを信じている。赤い瞳は龍の瞳、白髪は龍の鱗だという。


 そのため、第一位皇位継承権を持つものは「国継ぎの皇子」と呼ばれ、白髪に赤い瞳の者がなる。生まれの速さは関係ない。しかし、それだけではない。皇族のごく一部、中央の神女をまとめる(おお)むしあられ、霊幸(りょうこう)十二神の守護地の神官と祝女(ノロ)のみに伝えられている。


 「国継ぎの皇子」になるべくして生まれた、ある皇子がそれを放棄しようとし、自由を求めもがいた大事件が起こった。神をも巻き込んだ大事件は、密史として、民衆には知られていない。


*****


 子珞しらくは走った。背後には、母の亡骸(なきがら)を燃やさんとする炎が子珞を目掛けて迫り来る。


「父上! 母上! なぜ私は生まれて来たのですか⁉︎」


 その言葉は、暗く闇夜に満ちた天空へと吸い込まれていった。


 彼は本来ならば出会うはずのなかった、“京の内の御嶽(うたき)”の神女(ノロ)であった母 狭良さらと、皇太子であった父 子穂しすいの出会いがどのようなものであったのだろうかと想いを馳せながら、やるせない心の内に涙した。



*****



 狭良は息を吐いた。この神殿はなぜこうも寒いのだろうか。温暖な白澪では考えられない。狭良は大和人が言うような『冬』や、天から降り注ぐ冷たい綿も見たことがなかった。この地は夜も涼しい風が吹き抜けるのみで住みやすい…この京の内の御嶽を除けば。


 先輩神女には、他では見られないこの凍るような寒さは国神が吐き出した息なのだと教えられた。だから、国神が降臨なさる夜に毎夜お祈りするのだ、とも。


 (ぼく)で占われ、その日の夜に祈りを捧げる神女が決められる。言葉には出さないが、巫女たちは皆、夜の担当が嫌いだった。一夜中起きていなければならず、寝ることもできない。眠れば凍死することがわかっているのだ。


 御嶽(うたき)の奥室には寝具が設けられていると、上司の真壁(まかべ)大むしあられが言っていた。天からお越しいただいた国神様を神女が癒やすためだと聞いた。

 祖神弁財天が生み出した霊幸十二神の弐ノ神、白香神(はくこうしん)の守護地で育った狭良にとって、胡散臭さ極まりなかった。その寝具を使ったのは、国神の妻である白蘭子(はくらんし)だけなのである。建国以降一五〇年以上、一度も使われたことなどない。


 しかしながら、運が悪いことに、夜の祈りの卜に彼女はこの一週間連続して当たっていた。運がないとしか言いようがない。狭良は長嘆息した。


「寒い」


 そう言うことで、余計に寒く感じてしまったことに、言ってしまってから気がつく。


 彼女の生まれ故郷では、白香神が地に降り立てるように、“神降ろしの舞”を行っていた。神降ろしの舞もしていないのに、どのようにして国神が降臨するのだろうと狭良は苛立ち、思わず口を滑らせた。


「国神様なんていらっしゃるわけないじゃないの」


「へぇ」あるはずのない囁きがどこからか響いた。「国神を祀る御嶽の神女が、そんな不謹慎なことを言っていいのか」


 狭良は目を見開き、辺りを見回した。しかし、京の内は青々と茂り、誰の姿も見えない。


「誰なの」


 微かに語尾が震え、狭良は素早く自らの喉に手を押し当てた。このような場所に人がいるはずないのだ。今は壱ノ時分を過ぎたばかりだろう。皆、寝ているはずだ。


 "それ"はしばらく返事をしなかった。まるでなにかを思案しているかのようである。その間、狭良は動悸を整えた。その様子を見たからなのか、滑らかな白壁に反射して、低い笑い声が狭良を取り巻いた。


「私は澪蕭神(れいしょうしん)だ」


 一瞬、思考が停止した。


「はい? れい、しょうしんって国神様の御名前じゃない。あなた、嘘を吐いているわね。実は盗人なのでしょう?」


 神の名をかたり、供物を盗もうとした輩が以前にもいたのだ。


「盗人などではないぞ」と不機嫌な声が聞こえた。「証拠もある」

「なにをふざけたことを。そんなもの虚言でしかないわ」


 神の印などあるわけがないのである。


「それとも貴方は天に昇れるとでも言うのかしら」


 狭良はそう言い返すが、相手からはすぐに諌められた。


「国神が龍神ならば、人型をとることもあるだろう。人型の時、白いたてがみは髪になり、紅玉の瞳は変わらずそこにあると教えられなかったのか?」


 彼女は眉間に皺を寄せた。


「生憎私は自分の目に映るもの以外は心から信じられないの。書物も改竄されているかもしれないわ。白髪に赤眼なら、街で普通に見かけるじゃない。貴方が白髪赤眼の“祝福の子”の可能性だってあるもの」


 白髪に赤眼の子は“祝福の子”と呼ばれ、白澪内では珍しくない。逆に狭良のような赤髪碧眼は、邪悪な神の化身とみなされ、“悪鬼”と呼ばれる。


「ならば、国神の背には鱗の痣があることは知っているか」


 狭良にとってそれは初めて聞く内容だった。返答をしない彼女に対して、国神と自ら名乗った者は小さく笑った。


「見たければ奥に来いよ」


 狭良はその言葉に眉をひそめた。


「貴方が外に出てこれば良い話でしょう」

「そなた、私に会いたいのか」


「違う!」

 思わぬ失言に狭良の顔を赤らめた。

「こちらに来ないで。私が行くから」


 口にした時には既に遅い。故に彼女は皆から考えなしだと言われるのだ。

 狭良は手のひらを熱くなった頬に当てて冷やしながら、あえて足音をたてて奥室へと向かう。彼女は自分の巫女らしからぬ考え方から脱してみたかった。また、白香神以外の神しかも国神に会いたかったのは事実である。


 ヒヤリと冷たい鉱石でできた奥室の前に立ち、目の前に垂らされた何連もの玉すだれの奥に入っていく。シャラリシャラリと玉がぶつかり合う音がする。熱い頬がみるみるうちに冷やされた。彼女は怖くないわけではなかった。だが、興味の方が彼女の心を占めていた。


 狭良は目を凝らした。仄かな火の灯りが不気味に揺らめき、彼女を奥へと誘っていく。


 そして、そこにいた彼は呟いた。「御機嫌よう。御嶽の姫君」と。

 その男は狭良が今まで出会った中で最も美しい男だった。


 肩に流れる髪は雪原のように白く、美男で、その瞳は血のように赤い。彼はそのしなやかな脚を組んで、寝台に腰をかけ、驚いて動けない狭良を眺めた。

「見惚れて動けないのか」


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