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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
肆 二人の皇子(2)剣奴と悪鬼
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1:県土島と新参者

(らく)~、飯の時間だぞ。木登りなんかやめて下りて来いよ」


 珞は木の下から呼ぶ三太の声に眉を寄せた。彼にとってはただの木登りではなかった。蕉子(バセヲノミ)が植わっているのだ。元気がみなぎる源なのである。最低限の養分しか入っていない宿舎の飯は食べ盛りの彼にとっては少なかった。


 澪子珞もとい、珞は十一歳になっていた。父子穂の面影のある顔をしているが、言葉遣いは既に市井に交じっている。彼は五歳の頃の記憶を持ちながらも、夢であったのではないかと思う時があった。しかし、母の形見と刀を見ると自分の過去を再認識することができる。そして、背中の鱗もその一因を担っていた。


 珞は蕉子の木からスルスルと降りた。同じ年齢で入った同期では唯一の生き残りの三太(さんた)が待っている。


「今日は新参者がやってくる日だとさ」


 毎年楽しげな三太に対し、「ふぅん」珞は興味なさそうに言った。「どうせ残るのは四分の一だろうさ」


 五歳の時、この県土島(けんどしま)に連れてこられて、早六年が経過していた。


 最初の一年で半分が病気か怪我で命を落とす。先に入ってきた“先輩”の粛清を受けるからだ。しかし、珞と三太は最年少であったため、“先輩”も自身の妹や弟と重ね合わせてしまい、あまり酷い仕打ちはされなかった。しかし、彼らより年齢が高いものは、師からの厳しい指導や “先輩”からの身体的暴力や精神的暴力、そして性的暴力にて心や体を壊していった。


 三太は“祝福の子”ではなく、黒髪黒目というどちらかといえば大和顔をしていたが、見目麗しく見えることがあった。そのため、性的暴力をされそうになったことがある。その時に、珞が助けた経緯があり、それ以来、三太が一方的に珞にくっついて歩くようになった。


 剣奴として運ばれてくるのは少年もいるが少女もいる。大体六歳から十歳の少年少女が売られてくることが多い。


「そういえば、珞。聞いたぞ。お披露目の日が決まったって。半年後って話じゃないか」

「そんな秘密裏の話、いつもどこから仕入れてくるんだ」

「そんなこといいじゃないか。十二歳以下のお披露目は五十年ぶりだって聞いたぞ」

「どうだっていいさ」


 珞はふんと鼻を鳴らした。予定では十歳でやる予定だったんだ、と彼は眉間にしわを寄せた。死ぬ確率を考えて、上役が止めたと聞いている。その時には島にいる誰よりも強かったのだ。傲慢になるなと師たちに言われた。養成所と本番は違うのだ、と。余計なお世話だと彼は考えていた。


 美味しいとはいえない食事を済ませ、全員で新参者を桟橋まで迎えに行く。その後、大演舞場にて、新参者の剣術や暗器、その他諸々の今の身体能力を全員で確認するのだ。最年長者は、その新参者が生き残れるかどうかを確認し、表にまとめる必要があった。


 十二歳の誕生日を迎えた“先輩”は本土に移っているため、十一歳の者が行う。十一歳まで生き残ったのが珞と三太のため、二人で新参者全員の状態を評価するのだった。


「めんどくせえなあ。でも俺は絶対死ぬって評価されていたけど、今まで生き残っているからなあ。あれもやる意味あるのかね。珞は絶対生き残るって評価されたんだろ? お前、あの時ものすごく尖っていたもんなあ」

(うるさ)い。もうすぐ来るぞ」

「はいはい」


 桟橋に降り立った新参者たちは暗い顔をしていた。しかし、皆身繕いはされている。剣奴の立場も珞が県土島にやってきた時より改善されていた。そのため、売られてくる前に、ある程度綺麗にし、着物も新調してきている。


 最年少から降りてくるのが決まりだ。当時も、三太より珞のほうが誕生月が早かったために、一番先に桟橋に降り立った。暴れないように手を縄で縛られ、連なるようにつながれていたのだ。


 皆、自身の名前を伝えていき、三太が巻物になった紙にその名を書き記していく。珞は大演舞場で行われる身体能力の評価の係なのだ。


 珞が興味のなさそうに数十人の剣奴候補たちをみていると、最後の船から降りてきた少女に目を奪われた。


 彼女は、赤い髪に碧色の瞳をしていた。そう、まさに珞の母と同じである。


 彼女の方を見ていると、バチッと目が合った。豊かに波打つ髪が珞の前を通り過ぎた。珞の心がざわめくとともに、白香神の気が揺れた。基本的は人がいる時は大人しくしている神であったが、この時は違った。珞の頭に白香神の声が響いた。


翔凛(しょうりん)……』


 いつもなら、誰のことだと白香神に尋ねていただろう。しかし、その時珞は高揚する気持ちを抑えるのに精一杯で、白香神が何を呟いていようが関心がなかった。目の前に立つ一人の少女に目を奪われていたのである。


「お前、名前は……?」


 珞は自分から少女に尋ねた。声がかすれていた。三太がぽかんとした表情でこちらを見ているのを、珞は目の端で感じるが無視する。


(すい)。歳は九つ」


 透き通るような声が彼女の桃色の唇から漏れる。吸い込まれそうな深い碧の瞳に心臓がどくりと波打つのを感じた。


「珞、後ろが詰まっているから」


 こそりと耳打ちする三太の言葉に、珞は我に返る。


「あ、あぁ」


 翠はそのやりとりも見つめ、三太に促されて、先へと歩いていく。


 珞はその後ろ姿まで見つめ、大演舞場に彼女が入っていくまで見続けていた。その様子を見ていた三太は自身の仕事が終わった後、全員で大演舞場に移動する際に「おい、珞」と声をかけた。


「大丈夫か?あの、翠って子見てから、様子が変だぞ。悪鬼だったからか?」

「いや、ちょっとな。それに“悪鬼”は差別的だから禁止されているだろう」


 以前にも、何人もの赤髪碧眼の少年少女がこの島にやってきたことがある。しかし、彼は彼女らを見ても何の感情が動くことはなかった。


 昔からの風習である“赤髪碧眼は悪鬼”という考えから、特に嫌がらせや暴力が横行し、亡くなった者も数多くいる。そのために、県土島の師たちは“悪鬼”という言葉を禁止用語と認定し、嫌がらせや暴力を止めようとした。しかし、それが止まることもなく、禁止用語という形骸化したものだけが残った。


 三太は“悪鬼”という言葉については何も言わず、ふふふと楽しそうに笑った。


「ちょっと楽しみだよなあ。どんな身体能力があるのかね。九歳だと、ある程度はできているはずだろうけど。なあ、見たか? 足の筋肉、俺たちと同じくらいあったぜ」


 三太は白い歯を見せて笑い、空を見上げた。


「おい、それは俺たちを基準にして考えていないか。筋肉がつきやすい体なのかもしれないぞ。俺たちは九歳の時にはすでにこの島に来て四年は経っていたんだ」


 珞は三太の言葉に呆れ返った。五歳で県土島にやってきた二人は、見る見るうちに剣技や暗器術を修めていき、九歳になるころには最年長者からも一本取る実力者となっていた。


「だって楽しみだろ。毎年、強いやつが混じっているんだからさあ」


 剣奴の売人がどこから調達してくるのか、既に剣技または暗器術を修めている者が島にやってくるときがある。そんな彼らは生き残ることが多く、剣奴としてお披露目されても、自身で自由を獲得する前に、別の組織に買われていくことが多い。


「あぁ、そう考えたら楽しみだな」と、珞は大演舞場で起こることに少し楽しみを覚えた。


 珞と三太が大演舞場に着いた時には、既に全員や師が揃っていた。

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