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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
参 二人の皇子(1)国継ぎの皇子
15/69

4:壱ノ皇子の非情

 会議が終わり、皆が国王代理である子穂の解散の言葉を待っている。

 壱ノ夫人にとっても、月に一度行われる全士族、按司の集まる会議は果てしなく長く、眠いものであることから、早く終わってほしいと思っていた。時折、子穂の隣に鎮座する息子の様子を見て、「いつかは国王の座に就く。忌々しい参ノ妾の息子は今頃のたれ死んでいるに違いない」とほくそ笑んでいた。


 しかしながら、彼らの予想に反する言葉が子穂の口から発せられた。


「皆の者、白澪は我らが代表して政を行っているはず。国民が安らかに過ごせるのが我らの使命であり、役割だとは思わぬか。皆も心して自己の領地の政を行うように。だが、そのように行えぬ者もいるようでな」


 子孝は夏家当主の夏簾藤(かれんどう)の顔を見る。彼は涼しそうな顔をしながらも、こめかみに脂汗が浮かんでいるのが見えた。


「その者の考えを聞きたいと思い、皆がいるこの場でその言い分を聞こうと思ったのだ。子孝」


 彼は名を呼ばれ、巾着袋の中に入っている書類を手に置いた。


「わたくし、澪子孝より、夏一族についてのご報告がございます」


 その場がどよめいた。夏家の血を引く皇子が夏家の弾劾を行うのである。バタンと誰かが立ち上がる大きな音が聞こえた。


「子孝、我が息子よ。何を考えているのですか」


 夏玉麗が髪を振り乱し、子孝のもとへ歩み寄ろうとする。子穂は玉麗を止めようと手で塞ごうとした。その時である。


「壱ノ夫人様は夏家の出身。御身が知らずとも、民が苦しんでいる姿、わたくしは到底理解不可能でございます。当家が自ら行ってきたこと、聞きたいと思いませんか。それとも知らなかったとでも? 知らないで済むとお思いか!」


 子孝の声が冷たく、透き通るように大広間に響く。


 これが、壱ノ皇子澪子孝なのかと、上級士族らは震え上がった。地方を治める按司たちは、彼が八歳であることを思い出し、今後の成長を想像し、楽しそうに唇をゆがめた。


 子孝の言葉に、ふらりと夏玉麗は倒れこむ。床に細い体が打ち付けられる音が聞こえた。


「放っておいて構いません。いつものことです。今からのことの方が重要ですから」


 子穂は我が子ながらに、子孝の選択に驚いた。子孝は倒れた母親を見やり、もう一度、前を向いて口を開いた。


「夏一族の横暴な領地での行動について言わせていただきます。まず、第一に国から与えられている貧困層への予算の横領が挙げられます。これはそれぞれの領地に合わせて金額が決められておりますが、その横領が行われていることがわかりました。これは出納帳になります。実際に貧困層に使われている金額は約四分の一。それ以外は、他国からの武器の密輸に使われているそうですね。白澪の法律により、武器の所持はそれぞれの領地とその安全性を加味して決められています。それをどのように説明するのでしょう? 夏簾藤殿?」


 いったん言葉を切り、夏簾藤の様子を探る。夏簾藤は狡猾な人物として有名である。無能な娘を壱ノ夫人にまでの仕上げた人物なのだから。


「殿下は夏家のことについてよくご存じですな。貧困層の予算は貯めており、孤児院を作ろうと思っておりまする。武器の密輸などとんでもない。私は献上しようと思ってしたことでごさいます」


 子孝は鼻で笑った。その様子に夏簾藤はこめかみに筋を浮かべる。


「孤児院ね。貧困層の子どもも含めて人々を鉱山で働かせているのにも関わらずか? 孤児を集めて、催眠をかけ、臓器を海外に売買しているという話も耳にしているぞ。なんなら、証拠が欲しいか」


 夏簾藤の顔が青ざめる。

「そ、それは」

 子孝は一気に畳み掛けた。

「加えて、わが国が禁書としている多宗教の書物を輸入しているそうではないか。誰が誰に布教するつもりだ?」


「それは勉学のためにと思ってでございます。子孝殿下に献上しようと思ったのでございます」


「禁書をか? 禁書なら、禁書庫に保管してある。国王陛下のみが閲覧できるがな。それを私に? 禁書の所持は極刑だ。陛下に私を(しい)させる気か、そなた」


 よくよく考えればわかることなのだ。しかし、夏簾藤は実の娘である玉麗が何もされずに倒れたままでいること、十数年隠し続けていたことを孫の子孝に見破られていたことに気が動転していた。


「さて、何も言うことができぬようだな。最後に、そこに倒れている、御身の娘であり、残念ながら私の母である壱ノ夫人は参ノ妻様を(ころしや)に殺害依頼した。そして、参ノ妻様はお亡くなりになられた。死因は毒だ。母が夏家に頼んで、異国から取り寄せたそうだな」


 広場にいたすべての者がどよめいた。


「証拠は、こちらに。(ころしや)と壱ノ夫人が交わした密書と毒薬の契約書でございます。壱ノ夫人はいつも大切なものを隠す場所が決まっているのでね」


 玉麗はいつも戸棚の最も奥の小箱に小さくまとめて、大切なものをしまっていた。その小箱は年季が入っており、母が祖母から受け取ったであろうことが見て分かった。恐らく(ころしや)は証拠となる文書は燃やしてほしかったであろう。しかし、母は誰も信用していないがゆえに証拠として全ての文書を残した。それが仇となった。あまりにわかりやすいが故に、すでに照子の手に渡っていたのである。


「参ノ妻様の居宅である離宮から、昨晩発火があり、消火活動にあたった。そして、一名の遺体が発見された。女官であり弐ノ皇子の乳母は琉城近くの林で背に刃を受け死傷し、すでに事切れていた。弐ノ皇子は行方不明。離宮から避難していた侍女たちによれば、理由は説明されていないとのこと。なお、屍体医務官の検死の結果、遺体からは多量の猛毒が検出されている。遺体は、参ノ妻様が大切にしていた皇太子殿下からの贈り物を身に着けていたこと、炭化していなかった部分から参ノ妻様であることが判明した」


 場が静まり返っていた。余罪はまだあるのだろう。しかし、すでに極刑に値する罪である。子穂は皇太子であり、今は国王代理である。父である子穂の方を向き、最敬礼を取った。


「夏家の罪に対する罰をお与えください。決して許される罪ではありません」


 子穂は子孝をじっと見つめ、言葉を紡いだ。


「そなたにも夏家の血が流れているのだぞ」


 子孝はそれは自身にとって唯一の恥であると考えていた。そして消せない刺青のように、その血は自分の身体に巡っていることも。彼は最敬礼を崩さずに、きっぱりと言い切った。


「わたくしは、白澪王家の一人として、国のためにまっとうな人生を歩んでいきたいと思っております。夏家が国の害なすものであるのであれば、わたくしは自分の外戚であろうと許してはおきませぬ」


 子穂は一息ついた。

「他の者で、夏家を擁護する者はいるか」


魯修(ろしゅう)! 伍黄炎(ごこうえん)! そなたたちも我らの計画に賛同したではないか! 」


 夏簾藤は声を張り上げ、賛同者の名を挙げた。


「わ、私は」

「その、話を聞いただけなのです」


 言い訳を言っている。彼らが夏家と束になって、罪を犯していたことは言質が取れている。言い逃れはできまい、と子孝は思った。


「夏家については一族郎党、今回のことに関与した者すべての罰が決まるまでは、黒壁の棟(ろうや)に幽閉とする。夏玉麗については、証拠が集まっていることから、司法が必要ないのでな。その立場に免じて、服毒の刑とする。絞首刑や首切りの刑にならないだけ良いと思え。平等之側(ひらのそば)、それで良いな」


 裁判を司る平等之側(ひらのそば)が「何の釈明もございますまい。殿下の良きように。この平等之側(ひらのそば)、その判断に間違いはないと存じ上げます」と言葉を伝える。


 子穂は頷いた。

 そうして、夏家の処分が確定した。


 次の日、夏玉麗は目を覚まし、久々に訪室した子穂を見て微笑んだ。


「申し訳ありませんわ、陛下。このような寝起きの姿で…」

「なぜ、なぜ…参ノ妻を殺したんだ」


 その静かな問いかけに、彼女は愛らしい瞳を丸くさせて言った。

「わたくし、赤い髪の女は嫌いですの。そして、悪いのは陛下ですのよ。あの女を愛したから!わたくしを愛してくれていれば……!」


「そなたの服毒の刑が決まった」

 その言葉に夏玉麗は高笑いを響かせた。


「そうですか! あの呪術師の言っていた通りですわね。わたくしが呪ったものは自ら返ってきたのですから! 陛下、愛しています。あの女よりも。あの卑しい小僧もいなくなって、わたくしは済々致しております」


安謝湊(あじやみなと)に連れていけ」


 子穂は怒鳴り声をあげるのを押しとどめた。戸の傍に子孝が他の武官と共に立っていた。


「まあ! 子孝、お父上ったら、悪い冗談を仰っているのよ。服毒の刑ですって。わたくしが、夏家の媛であったわたくしが服毒ですって。おかしな冗談よねえ」


 子孝は敬礼し、入室した。そして、父王を見、彼が頷くのを見て、子孝は「失礼します」と母の方に向かう。


「母上、手を出してよいことと悪いこと、私の体を持って私に教えてくださったのは貴女ではありませんか。なぜ、してはならないことに手をだしてしまったのですか」


 彼女は押し黙った。


「まぁ、すでに私に度が過ぎた折檻をなさっておりましたけれども」


 参ノ妻が召されるまでは善人であったはずなのだ。良き娘であれ、良き夫人であれ、良き母であれと、壱ノ皇子であった子孝を国民によって良い国王になれるように、厳しくも優しく接してきた。いつ、どこで道を踏み外したのか。


「母を許して頂戴」


 噛み締めるように呟いた言葉に、子孝は無残にも切り捨てた。


「私は許すことができません。私の方こそ、不甲斐ない息子で申し訳ありません」


 子穂とした思い出話の後、子穂と共に向かった安置所で狭良の遺体の前で泣き崩れる父の姿を、傍で見たからこそ許すことができなかった。否、許してはいけなかった。


「陛下の仰る通り、安謝湊(あじやみなと)へ」


 武官たちが、母を無理やり立たせ、引き摺っていく姿を、子孝は心を無にして見ていた。


「さようなら、母上」


 父が右腕を広げ、こちらに向けている。子孝はその腕の元に歩を進めた。子穂は子孝の肩に手を添えると、夏玉麗が向かう先とは反対の方向に歩き出した。


 子孝は一度も振り返らなかった。

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