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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
参 二人の皇子(1)国継ぎの皇子
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3:安寧なる生活

 子珞が林を出ると、小さな町にたどり着いた。首都の琉城とは比べ物にならないくらい小さな町であるが食べ物が沢山あった。


「この薄汚い溝鼠が」


 吐き捨てられたその言葉に、彼は一人納得した。


 確かに子珞は薄汚かった。皇子が着る花織の着物も泥や汗、雨水に染められて、茶色に濁っている。また、結んでいた白く長い髪は何日も歩いたことで、シラミの卵が植えつけられていた。


 どうして、こんな状況になっているのだろう。波蘭と別れて以来、白香神は話しかけてこない。


「こりゃあ小汚い子だね」


 話しかけてきた女性は薬の香りがした。


「お前、足が膿んでいるいるじゃないか。一旦ワシの家にいらっしゃいな。怪我の手当てをしてあげよう」


「先生の家が汚くなっちまいますよ」


「こんな子見過ごしていたら、どんな知識持っていたって、何の役にも立ちやしないさ。何か訳ありなんだろう? ワシの家なら安全だから、一旦休んでいきなさい」


 女性の長い髪をまとめているカラジは日の光を浴びて、黒緑色の綺麗な色をしていた。


「ありがとう、ございます。私がここにいること、内緒にしてくれますか」


「わかったよ」


 女性は嘘をついていないようにみえた。そして、子珞はその女性の家にやっかいになることになった。


 足の傷は思った以上に酷く、膿んでいた。清らかな水で足を洗われ、膿を体から出すための薬湯に浸けられた。滲みて滲みて涙が出た。その後に、大きなたらいで風呂に入らせてもらった。足に悪いものが入らないように足だけは外に出していたが、女性が髪の毛も洗い、シラミの卵も薬でなくしてくれた。


 女性も子珞も自身の名を名乗らなかった。代わりに女性は彼のことを「シロ」と呼んだ。


「名前を聞けば情が移っちまうからね。代わりの名前さ。お前さんは行くところがあるんだろう」


 子珞は頷いた。


 しかし、物事とはうまくいかないもので、足の膿が原因だったのか、体の疲労が原因だったのか、彼は高熱を出し、一週間の養生を余儀なくされた。

 その間、初めて食べる民衆の食べ物に驚きながら、その生活に慣れていった。女性は服も民衆と同じものを繕ってくれた。靴は動物の皮で作った丈夫なものを用意してくれた。言葉遣いも一人称を「俺」に変えた。長かった髪も、衿足の長さまで切り落とし、訳ありに見られないように、と気を遣ってくれた。


 一週間後、旅立つときが来た。

 家を出る時、女性は言った。


「シロ、逃げたいこともこれからたくさんあるだろう。でも逃げるんじゃなくて、新しい道を見つけ出すんだ。大丈夫。シロならできるさ」


 その真剣な瞳に何か意味があるのだろうと思い、子珞は深く頷いた。


*****


 子孝は眉をひそめた。子珞の姿がいくら探しても見当たらない。夜明け前に三人の(ころしや)と乳母の波蘭の死体は発見された。しかしながら、その周りに子珞の姿は見当たらなかったとの報告があった。探索は継続的に続けるよう指示を出している。


「子珞はきっと無事だ。私がやるべきことは」


 彼は机の上に置いてある書類に目を見やった。夏一族の悪行が記されている。本日、正午より、国王と宰相、三司官、表十五人の長官と次官、上級士族たち、各地の按司(あじ)を集めて、急遽会議が開かれる。もちろん、夏家の当主も三司官の一人として来たる。そこで、夏家に対する弾劾を行う予定だ。


 病により床から起き上がれない国王に変わり、皇太子子穂が国王代理を務める。皇后に一番近い存在とされている壱ノ夫人も会議に参加することになっている。


「ふう」と自然にため息がでる。

 夏家が没落するとどうなるか、それは子孝の立場が危くなることを示していた。

 そして、八歳の自分の話を誰が聞いてくれるだろうか。いや、聞かせるのだ。六歳の頃から朝儀には参加していた。国王の承諾は得ている。自分の立場も守ってくれることも、約束している。


「何を今更。尻込みをしているというのか」


 母の半狂乱になる姿を想像して、背筋に悪寒が走った。夏家は総力を挙げてもみ消しに当たる姿は、目を閉じなくても想像が容易だ。


「皇子様、大広間にて始まります」


 書記官補佐の脇筆者わきひっしゃが呼びに来た。子孝は頭に入れた資料を念のため、巾着袋の中に入れ、大広間に向かった。子孝の出番は会議の一番最後となる。そして、安寧な壱ノ皇子としての生活も最後だ。

 もともと、安寧とは言えない生活をしていたが、と彼は自嘲した。

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