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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
参 二人の皇子(1)国継ぎの皇子
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1:国継ぎの皇子とあらざる者

 暗い夜闇の中、雨がしとしとと降り始めていた。


「波蘭!待って!」


 子珞は思わず、そう叫んだ。誰かに手刀を叩き込まれて、起きてみれば、彼の理解の範疇を超えている状況が起きていた。状況が把握できていない。さっきまで波蘭に抱きかかえられて、彼女は街を走っていたが、今は林の中にいる。


「母上は?」


 波蘭の口が歪んだ気がした。


「お母上は今日が最期と悟られ、屋敷に火を放ち、私たちを逃がしてくださいました」


 子珞は息を飲んだ。

「もしかして毒?」

 頷く波蘭に子珞は目を潤ませた。


 毒が仕込まれているのではないかと彼は前々から思っていた。なぜなら、母の顔が徐々に青白くなっていき、眠りにつく時間が多くなっていったからである。しかしながら、その対処はできていると思っていた。


「お母上の形見は私の腰にある巾着にあります。背に子珞様の刀もあります。どうか私がどうなろうともご自身だけでもお逃げください」


「どういう……」


 子珞がその言葉を言い終わる前に、波蘭の腕が子珞の目の前を覆った。彼も瞬間的に目を閉じる。ガツンと金属と金属の当たり合う音がした。目を開ければ、見えない影と波蘭が小刀同士でぶつかり合っているのが見えた。


 彼は恐怖を感じた。この見えない影のような者は本気で自分たち二人を殺そうとしているのだということに、ようやく気が付いた。


 彼らが何度か打ち合っている最中、別の影が子珞の首を狙って何かを放り投げたのが分かった。


 目の前がゆっくりと過ぎていく。子珞の耳には何も聞こえなかったが、波蘭が何か叫んでいるのが見えた。そして、覆いかぶさってくる彼女の体とぶすりと何かが刺さる音が耳に届いた。波蘭はゆらりと立ち上がった。そして、自分の手に持っていた短刀を素早く投げた。


「ぎゃっ」という声が響き、黒い装束を着た男が木の上から落ちてくる。彼は絶命していた。


「武門波家を舐めすぎ」


 波蘭は強がっているものの、先ほど子珞に投げられた毒の塗られた暗器が背にある。そして、毒は徐々に彼女の体を蝕み始めていた。


「私から離れないでくださいね。絶対、貴方は私が死守します。命に代えても守り抜きます」


「嫌だよ。波蘭も一緒に生きてよ」


 波蘭はその言葉を聞き、ふっと息を抜いた。その瞬間、全身が殺気立った。


「そのお約束、守れなさそうです」


 彼女は先ほどと同じように、子珞を包みこむようにして守った。無数の暗器や短刀が背や脚に刺さっていくのが分かる。


「私は、貴方の乳母で本当に良かったですよ」


 波蘭の笑みが彼に届く。それは、いつも怒ってばかりの彼女とは違う慈愛に満ちたものであった。


 ざくりと音がして、生ぬるいものが子珞の顔にかかるのがわかった。


「そんな」


 見えない何かがそばに寄るのを感じた。避ければ、刃がその場を切り裂く。子珞は波蘭の背にある、母からもらった刀を抜いた。いつも持っている刀と同じ大きさだが、本来ならば大人が持つほど重いはずである。しかし、とても軽く、手に馴染む。


 闇の中、目を凝らすと、二人の男の姿が見えた。眼だけを開けた装束を身に着けている。相手は殺し屋だろう。今のままでは勝ち目はないに違いなかった。しかし、不思議と負けるとも思えない。


 暗器が四方八方から飛んできては刀ではじき返す。重い暗器に思わずよろけた。


『力を欲すると言え。さもなくば、そなたは死ぬぞ』


 頭の中で白香神の声が響く。


 子珞はわかっていた。だが、力を欲してしまったら、今までの自分でなくなってしまうかもしれない。それが恐ろしかった。しかし、母が生き残ってほしいと自分に託したのならば、それは自分の欲ではない。母のためである。


「力が、欲しい」


 歯を食いしばりながら漏れた言葉に、彼の頭の中にいる白香神は美しい顔で笑った気がした。


 そこからの自分は何をしたのかさっぱり覚えていない。眼を開けたら、夜明け前で、周りには人が三人倒れていた。全員、同じ覆面と黒装束をしている。傍には、後ろから刀で貫かれ、胸から血を流し、すでに絶命している波蘭がいた。


「波蘭…ごめん、弔えなくて。俺は逃げなきゃいけない」


 子珞は波蘭に手をあわせた。そして、背にある鞘に刀を収め、腰の巾着をそっと取り外した。


(グスク)には戻れない」


 離宮から燃え移った炎が林の木々を燃やし始めていた。


「父上! 母上! 私はなぜ生まれてきたのですか⁉」


 自分は王になるのではなかったのか、とから笑いが漏れる。五歳の、少年にも満たない皇子は自分の足で林を進み始めた。


*****


「参ノ(さい)様のお亡くなりが確認されました」


 特等医務官である葵ゐの言葉を受け、子穂は思わず椅子から立ち上がり、崩れ落ちた。そしてしばらくの間、微動だにしなかった。


「我らが駆けつけた時、既に離宮は焼け落ちておりました。焼死体は一名。ご遺体の御場所と、我が君がお与えになった宝石を身に着けていたことにより、参ノ妻様と見うけられます。また、屍体医務官が検死した結果、ご遺体から世にも稀な猛毒が多量に検出されたとのことでした」


 子穂は顔を上げた。その容貌の変化に立ち会っていた子孝はぞっとした。今まで柔和で穏やかに見られた笑みのある顔面が消え、顔は蒼白で、眼には冷酷な王のそれが宿っていた。


「今すぐに毒が何処から来たのかを探れ。首謀者を絶対に逃すな。見つけ次第、ひっ連れてこい。私が処する」


「父上」とすぐさま入り口に座っていた子孝は声に出した。

「狭良様に毒を盛った者の私は知っています」


「子孝」


 子穂は表立って伝えてないが、子孝のことを評価していた。皇族の誰にも似ていない非業さを持つ長子の幼年者である。


「母上が毒を盛りました。今回の毒は私もわかりませんが、前々から毒を離宮に送りつけていたことは知っておりました。狭良様には内密にお知らせ申し上げたこともございます」


「狭良はどう返した?」


「大事ない、と」そこで子孝は言葉を切り、息を整えた。

「御人払いをお願いできますか」


 子穂は葵ゐを下がらせ、部屋の周りに人がいないことを確かめる。もちろん、屋根裏には互いの諜報部隊がいるようであった。


「私が"国継ぎの皇子"でないことは、子珞を初めて見た時からわかっていました。私は王になる器ではないのでしょう?」


 子孝は嘘だと言って欲しかったのかもしれない。本当は子孝が"国継ぎの皇子"である、と。しかし世は無常を極める。子穂は表情を変えずに、「"国継ぎの皇子"は子珞だ」と言った。


 子珞が国を継ぐことを昔から知っていたとしても、現実を突きつけられるのとはわけが違う。子孝は一抹の望みを持っていたという、その小さな自分の醜い一面を見せつけられたようで、嘔気を催した。しかし、子穂を前に我慢した。

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