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昼下がり

作者: ryugen

 虎助は轟音で目を覚ました。今日の昼寝はどこか浅かったらしい。

 こちらは廃品回収車です。ご家庭内でご不要になりました。テレビ、エアコン、ステレオ、ーーーー壊れていても構いません。またわからないことがありましたらお気軽にご相談ください。

 重たい目蓋を擦りながら、予めかけていたアラームを切り、スヌーズを止める。

 だが問題は解決していない。彼はそれに気づいていた。気づいていも太刀打ちできないからたちが悪い。大きなアラームはゆるりと家の前を流して抜群の轟音とスヌーズ機能で執拗に鼓膜を攻めてくる。 

 「勘弁してくれ、なんで窓空いてんだよ……」

 自分で開けたのだから仕方がない。

 送り梅雨を終えて晴れ晴れとするはずの心はいつもよりどしりと重い。案外虎助は梅雨のが好きだ。纏わりつく湿度と少し早めに吊られた風鈴を抜ける通り風が虎助の気持ちを冷やすのだ。

 いつもなら行かない。今日でなければ決して立ち向かおうとはしなかった。この勇気はどこから来たのだろうか。たぶん寝起きで気が立ってるせいだ。梅雨が明けてゆとりがないのもあるかもしれない。いや、いやいや、いつも以上にあの車が煽るせいに違いない。


 玄関の戸を開け靴のかかとを踏み潰して外へかける。階段を下り睡魔ときちんと履かない靴で転びかけながらも地面を踏みしめて、廃品回収車を追いかけた。

 けつを捉えた。虎助は勢いよく飛び出しトラックの前を横切る。すかさず踵を返しでんと胸を張って構える。

 トラックは急停車し後ろの家電製品はぐらんと揺れた。

 「……」

 ドライバーは何も言ってこない。帽子にサングラス、頭はボサボサでいかにも不審者な風貌だ。

 「おいこら、うるさいぞそれ。とめてくれよ」

 虎助は母に聞いたことがある。廃品回収車のほとんどが違法であることを。一般廃棄物処理業の許可がなんやかんやでダメなんだとか。だからこんなに強気になれる。まだ小学生の虎助は、まさにヒーローになった気分なのだ。

 「どいてくれ仕事してんだ」

 低い声いかにも大人の男。体を外に乗り出したドライバーの腕には筋が立ち血管浮き出ている。

 虎助は少し後悔した。気を抜けば張った胸は猫背になりそうだ。喉は締まり声も出なくなる。右足も左足も下がりたくて仕方がない。当たり前だ、強気に出れたのは立場が上だと思えたからなのだ。今となっては正義感も形を変えて後悔は大きく恐怖へと変わっている。

 後戻りはできない。眼を飛ばした以上若さは得てして目を晒すことをしない。虎助いかにもなんともないかのように装いながら背中に汗をたらす。

 ドアは開きドライバーは降りてきた。座っていたからわからなかったがやはり大人というのは大きい。

 虎助の鼓動は速く、大きく、強くなった。何か話さなければいけない。行動しなければいけない。

 刻一刻と時間を刻む。経てば経つほど口は糸で縫われていくかのようだ。

 「おい坊主大丈夫か?」

 先に言葉を発したのはドライバーさんだ。不思議そうに顔を覗き込む。

 鬼のようにガンを飛ばしてくる。まさにK-1のインタビューを受けるファイターさながらのメンチのきりあいに虎助は涙をこらえる。

 「っ……何が?」

 声が出た。ついに出た。だが体は正直だ。股間は縮まり尻の穴はすぼんで腹まで巻き上がるような感覚だ。声が出たくらいで喜んでいられない状況を正確に捉えている。

 「本当に大丈夫かよ汗すごいぞ」

 「俺の話聞いたのかよ、うるさいって音が」

 「何が?何で?」

 「だから、それは…」

 ドライバーは頭をかいて戸惑っている。困った表情は今もなお、虎助にはガンを飛ばすオニに見えてるのだろう。今もまだ廃品回収車のお姉さんはスピーカーの奥で喋っている。

 もうダメだ殺される。何を言ったってむだかもしれない。むしろ俺が間違ってるんだ。ドライバーのお兄さんは仕事をしてるんだ。これが仕事なのに僕は…

 ドライバーは足をずりながらトラックに戻る。

 虎助の口はかわき、額の汗は頬を伝って顎から落ちる。

 不意にお姉さんの声が消えた。虎助は鼻をあかして驚いている。

 ドライバーは虎助に近づくと飴とタオルを渡して頭をなでいう。

 「夕方には帰るんだぞ、母ちゃんには心配かけんなよ」

 意外な言葉に虎助はしばらくの間何を言われたのか気づかなかった。ドライバーは車に乗りこちらに手を振らながらUターンをして行ってしまった。しばらくすると遠くの方から廃品回収車のお姉さんの声が聞こえてきた。

 虎助は意識が戻るとおもむろに歩き始め車道のはじによると、段差プレートのスロープの上に腰を下ろし体育座りをして俯く。ゆっくり鼻をすする音が聞こえる。大きな声で泣いた。まわりなんか気にせず泣いた。しばらくすると近所のおばさんやらが心配そうに集まってくるが虎助は何も言わない。やがて空は曇り夕立ちが激しく降りつけた。虎助は泣いた。絶えず泣き叫んだ。その号哭雨にも負けない強い音で赤い夕焼けを灰色に染め上げ輝かせる。

 夕立ちの空にはほんの少しの光がぬけている。

 

 

 

読んでくれてありがとうございます。

子供の頃一度は経験したことがある感情に焦点を当ててかいてるうちに、子供の頃の記憶が色々と蘇ってきました。今となっては何ともないことでもあの頃はすごく怖かったなとか思います。

虎助もこうやって一つ一つ大人になっていくのかなと思うと楽しみです。自由にはばたいてほしいものです。また次回もぜひよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 細かい描写が好きです。 また、子供ならではのシチュエーションから 登場人物の心情が丁寧に描かれていて面白かったです。 あの時は怖かったけど 今になってみれば良かったと思える 可愛い無謀さ…
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