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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
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動き出す青春

 家に帰宅して気づいたらベッドに倒れていた綾人。

 バッグを放り投げて、制服を着たまま無表情の天井をジッと見つめる。

 千早の言葉が何度も何度も何度も、頭の中で再生される。


「あんな平気で言えることなのかよっ」


 瞼を閉じれば千早の顔が映る。


「何で俺に言うんだよ。何で辛そうにしないんだよ。何で、何で――」


 千早と同じ立場じゃないから解らない。もし自分がそうだったら千早のようになってしまう

のだろうか。考えたくも無いし、想像もしたくない。


「ヒーローって、そう言うものか?」


 綾人は身体を横にした。視線の先に映るのは昔テレビで見ていたヒーローのおもちゃだ。

 まだ幼かった頃、母に駄々をこねて買ってもらった。この年になったらこういった過去の思

い出は捨てられてしまう事がほとんどだが、綾人が経験したあの時のカッコいいヒーローが忘

れられなくて、どうしてもヒーローのおもちゃは捨てられずに今も飾ってある。

 恐怖とか、不安とか、絶望とか。そんな感情が芽生えるよりも早く救世主は現れた。そして

不安にさせない絶対的な勝利を背負って彼は笑った。

 ――遅れてすまない、ボク。もう大丈夫だ、私が来た。

 目の前に現れたヒーローは笑った。今でも覚えている。かっこよくて、凄くて、最高で。「あ

あ、もう大丈夫なんだ」って。そんな気持ちになったんだ。

 綾人にとってヒーローは、強くて笑っててどんな状況でも悪には屈しない。そんなイメージ

だ。けど、今の千早はどうだ。

 感情は無く、『壊れてしまう前の私が、願ったから目指す』そんな悲しみに包まれたヒーロー

は果たしてヒーローなのか。もちろん、綾人はただの一般人でそんな基準を口に出来る権利は

ないし、誰も聞く耳を持たないだろう。

 だけど、何か違う気がする。今の千早がヒーローになった時、果たして自分を助けてくれた

ヒーローのように、救われた者は千早に憧れを持つのだろうか。

 答えは出ないけど、だけどきっと悲しみが溢れるヒーローになる事は間違いない。


「何でモヤモヤしてるんだろう」


 気づくと綾人はもう一度天井を眺めていて、その手にはスマホが握られていた。

 スマホは検索画面で『家族惨殺事件』という文字が検索ワードには書かれていた。


「本当、何してんだろ」


 学校が終わると綾人は早々に教室を出て外の世界に走った。今日はあの公園を通らない。

 綾人が向かったのは家ではなく、地元の駅だ。

 地図アプリを起動して電車に乗り始めてから数十分。電車が止まって綾人が降りた駅は今回

が初めてで何だか新鮮だ。

 見慣れない景色を目に焼き付けながら綾人は思う。


「マジで何やってんだろ」


 ため息と自分ですら理解出来ない行動に心底呆れる。けれどもう来てしまったのだ。

 やるべき事をしっかりこなしてから、帰ろうと検討する。

 昨日の夜、気付くとスマホで千早家に起きた事件を調べていた。

 千早の話が本当ならば巨悪が起こした事件の為、そこそこ有名なはず。

 案の定検索のトップに『政府が言う、予言の始まり事件』という文字が目に入り、その記事

を読んだ。

 この事件は政府が言ったようにヒーローが関係して起きた事件という事であり、政府もそれ

を発表したが、不十分な証拠――国民の信頼問題も含まれ――により結局は犯人不明の迷宮事

件となって曖昧な形で今も捜索がされているとか、いないとか。という内容だ。

 詳しく解らなかった為、何を思ったのか綾人は、現場に行ってみる事にした。

 気づけば電車に乗っており、知らない土地を歩いている。

 そして目の前には更地があった。

 そこには確かに建物があっただろうけど、今は何も無い平坦な土地となっている。


「まあ、そうだよな」ポツリと綾人は呟く。


 そもそも千早が住んでいた家があったからって何だって話だ。中に入れる訳でもないし、普

通の高校生の綾人が、調べ尽くした警察が気付かなかったことに気付くなんてまずあり得ない。

 ドラマの見すぎだ。こうして現場に来たのもアニメとかドラマの見すぎだろう。

 心底自分の謎の行動力に呆れてしまう。


「帰るか」


 結局無駄足だった。ということだけ判ったので綾人は重い足取りで駅に向かう事に。


「あのー」


 綾人が背中を向けて歩き始めた直後、弱弱しい声が背後で聴こえた。自分の事だと思わず綾

人は足を止めなかったが、何度も呼ばれるうちに、自分かもと思って後ろを振り返った。

 そこに居たのは一人の少女だ。本当にどこにでもいるような少女。多分女子高生。頬にはそ

ばかすがあり、幼く見える。


「俺、ですか?」


 辺りをキョロキョロするが、他に誰も居ない。一応自分の事を指さして確認する。


「はい。その制服、六橋高校の制服ですよね?」


 少女は少し緊張しているのか、声が小さく視線を震わせていた。


「そうですけど」


 自分が通っている高校を聞かれたのでとりあえず綾人は頷く。


「違ったら本当にごめんなさい。あの、千早 夏海って子、知ってますか?」

「え」ポロっととても小さな声が綾人の口から漏れた。急に言われた名前を綾人はもちろん知

っている。少女の格好から見て同じ高校ではない。面識もない。そんな少女から千早の名前が

出てきたので驚きが隠せなかった。


「知ってますよ。というか同じクラスですけど……」

「本当ですか!? は~良かった。全然知らなかったらどうしようかと思いました」


 少女は一気に緊張がほぐれたのか、長い息を吐いてとても安心したように顔の筋肉が和らぐ。

「あ、すいません。ここで何か険しい顔をしていたので、もしかしたら知り合いなのかなって

思って、夏海の」

「夏海?」

「わたし、夏海と――千早 夏海と同じ中学だったんです。えっと鈴峰 美空です」


 少女は自分の名前を小さな声で呟く。未だに少し綾人の頭はバタバタしていて返事に困る。


「すいません。勝手に話しちゃって。何というか凄く嬉しくてつい。えっと、お名前はなんて

言うんですか」

「俺? 俺は富田 綾人」

「富田君ですね。あの、少しお時間ありませんか?」


 少し頬を染めた鈴峰が覚悟を決めたような力強い瞳で綾人を見つめた。

 鈴峰の力強い瞳には僅かに不安というか照れというか。そんな色が映っていた。


「少しなら」


 人生初めての女子からの誘いに梅干しのように顔を染めた綾人は、恥ずかしい自分の顔を隠

すように視線を沈めて頭を掻きむしって答える。


 駅近くの小さなファミレス。初めて訪れたファミレスで初めて会った女の子と一緒にお茶を

する様子は何と言うか不思議だ。


「えっと、何からお話をすれば。そうだ! 夏海は元気ですか?」

「うーん。どうだろう。少ししか話したことないから元気かどうかは」

「そうですか。クラスに馴染めてます?」


 鈴峰はのぞき込む子犬のような視線で、綾人の目を見た。その瞳は心配の色に染まっている。


「馴染めては無い、かな。中学同じなら解ると思うけど千早さんってほら、あまり人に興味が

無いというか、孤独に生きるというか」


「全然分かりません……だって中学の頃の夏海は凄く元気で明るかったから――でもそっか」


 萎れた花のように肩を落として暗い顔を浮かべた鈴峰。


「千早さんが、明るい?」


 鈴峰が言った言葉が気になり、綾人は眉を曲げて尋ねる。明るいとは真反対に居る人物だと

百人中百人が答える程、千早の態度はハッキリとしているから。


「はい! これを見てくれたら解ると思います」


 暗かった顔が一瞬で太陽のような眩しい笑みへと変わった鈴峰は、自分のスマホを取り出し

て高速の手つきで何かのアプリを起動させ、綾人に画面を見せながら操作する。


「これが千早さん……?」


 鈴峰が見せてきた写真は、千早と鈴峰のツーショット写真であった。何枚も何枚もあり、背

景が一枚ずつ違う事から色々な場所で二人が撮った事は判ったけど、そこは別にいい。綾人が

驚いたのは千早の表情だ。

 どの写真も純粋な笑みを浮かべていたり、変顔をしていたり、その様子はどこにでもいる女

の子のそれであった。

 氷のような冷たさも、人形のような感情の無さも写真からは到底感じられない。


「あと、これとか」


 次は動画を見せてきた。写真と同じで鈴峰と千早の二人だ。二人はどうでも良い話をしては

笑ったりお互いに冗談を言って笑わせ合ったり、その様子を見ていると何だか心が温かくなる。


「どうですか、これが夏海です」

「ごめんなさい。まだ理解が追いつかなくて」


 鈴峰はスマホを閉じて自分の元に戻す。世界の終わりを感じさせる暗い顔で、それでもどこ

か希望を、綾人に心配させまいと弱々しく笑みを見せて。


「ですよね。分かりますよ。これが本来の夏海なんです。あの場所に居たって事は、夏海に何

があったか知ってますよね?」


 静かに頷く綾人。


「あの惨劇の日を境に夏海は機械みたくなってしまいました。どんなに話しかけても冷めてい

て、電話とかも出なくなって。気づいたら引っ越してて。どこに引っ越したかは知っていたん

ですけど、会いに行く勇気が無かったんです。そんな時に同じ高校の制服を着た富田君が視界

に映って、思わず声を掛けてしまいました」

「そうだったんですか。ごめんなさい。まだ混乱してます。けど、うん。少しは落ち着きまし

た。さっきの写真が本来の千早さんってことですよね?」

「はい」

「正直、想像できない。ハハ」

「ですよね。富田君の気持ち判りますよ。わたしも同じなので」

「見た感じ凄い仲が良かったって伝わって来るんですけど、会いには行かないんですか?」

「多分同時に色々失い過ぎて夏海は失うのが怖くなっていると思うんです。だから、わたしか

らも距離を取って、独りを選んだと思うんです。そりゃあ、会いたいですよ。本当に仲良しだ

ったから。けど――」


 またしても張りぼてのような笑みを見せる鈴峰。ボロボロで傷だらけのその笑みは何だか綾

人の心をズキズキさせて、こちらまで苦しくなってくる。


「……そうですか」


 彼女も色々と苦労をして辛かった想いもいっぱいしたんだろう。その結果『千早を待つ』と

いう答えを自分の中で導き出したに違いない。


「凄く勝手で図々しいお願いなのは解っているんですけど、もし嫌でなければ夏海と仲良くし

てもらってもいいですか?」

「え?」

「本当は人懐っこくていい子なんです。そんな夏海を知っているから今の夏海を見てられない

んです。自分を押し殺して孤独で生きるなんて辛すぎます。わたしではダメなんです。だから、

同じクラスの富田君にお願いしたいんです。本当に少しでいいから、あの子と仲良くしてもら

えないでしょうか?」


 鈴峰は手をくっつけて全力で頼んでいる。その声音から本気度が伺える。


「でも、俺も全然相手にされていないし」

「……」


 鈴峰は頭を下げたまま微動だにしない。そんな鈴峰の強い姿勢に綾人は、


「わ、分かりましたよ。けど、鈴峰さんが思うようには出来ないですよ。元々そんなコミュニ

ケーション能力高くないですし。なので、頭の片隅に置いとくって事でいいですか?」

「片隅……ですか。もう少し中心辺りには置いて貰えないでしょうか」


 チラッと片目だけ開いた鈴峰はまるで捨てられた猫のようで、その姿に心が折れてしまう。


「分かりました。分かりました! 努力します」

「やった! ありがとうございます。本当に本当にありがとうございます! わたしも全力で

サポートするというかお手伝いしますので。これわたしのIDです。登録しといてください。

あと、お互いに敬語は辞めません? 何か変な感じで。それからわたしの事は鈴峰と呼び捨て

で構いません。では、またいずれ。支払いは済ましとくので。本当、ありがとうございます。

そしてよろしくお願いします!」


 チャットアプリのIDが書かれた紙を綾人に渡した鈴峰は、元気よく立ち上がり、店の伝票

を人差指と中指の間に挟んで、何度も何度も頭を下げてから店を出て行った。

 疾走感ある一連の流れは嵐のようで綾人は呆気に取られてしまう。

 綾人を包み込む急激な沈黙。沈黙が一つの答えを導いた。


「女子の連絡先。貰っちゃたよ!」


 渡された紙を眺めて、僅かに心が躍る綾人の口元は無意識にも僅かに緩くなっていた。


「マジで、何やってんだ。俺」


 店を出てやっと落ち着く事が出来た綾人は改めて自分が凄い状況になってしまった事に理解

して深いため息を零す。


「けど、約束しちゃったし。やれることはやってみようかな」


 半ば強制とはいえ、言ってしまったのは綾人だ。どれだけ期待に答えられるか解らないけど

綾人なりに頑張ろうと心に決めた――連絡先ももらっちゃったし。

 最後にもう一度ため息を零した。

 貰っちゃったしな。

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