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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
7/47

千早の過去。

 放課後、今日は委員会も無く結構早めに帰る事が叶いそうだったけど、運悪く担任の荷物運

びや、それ系列で結局帰る時間が遅くなり綾人は少し不機嫌だった。

 帰り道、何故あの時担任に見つかってしまったのか。見つからなかった世界線の事を考えつ

つ、帰りが遅くなったことに対してイラつきと後悔で抑えられないため息がいくつもこぼれ落

ちていく。

 ため息ばかりを零す哀れな綾人に神様が気を使ってくれたのか、校門を出た辺りで、


「あ」

「どうも」


 バッグを肩に引っかけた千早とばったり顔を合わせた。何とも言えない微妙な間が永遠のよ

うに感じたけれど、それは意外にも千早の言葉で破られた。


「これから帰りですか?」

「は、はい!」


 意外な言葉に背筋をピンっと伸ばし、元気に手を挙げる姿は小学生のようであり、子供にも

負けない声で綾人は千早に答える。

 傍から見たら変人の綾人を間近で見ても千早の感情は一切揺れ動かない。


「公園の方なんですか、住まいは」

「そうだよ」


 気づかれないように一度深呼吸をして、ようやく普通に答える事が出来た。


「でしたら公園まで一緒に行きますか?」

「ふぁ!?」


 次は甲高い声が出た。そんな自分がバカらしくて一周回って笑えて来る。


「帰り道が一緒なので言っただけですが。まあいいです。私は行きます」


 綾人があたふたしている様子に待つ気配は無く、早々に千早は公園がある方角に歩いて行っ

てしまう。綾人は咄嗟に「ま、待って」と後を追いながら声を掛けた。


「えっと、一緒に歩いても大丈夫なの? 俺」

「?」

「いやだからさ、何か勘違いとかされると迷惑じゃない? 男女が一緒に帰るって何と言うか、

うん、経験ないから凄く神聖な事に思えるんだけど」


 視線を泳がせながら少し鼻元を赤くした綾人は、誰が見ても判る照れ顔でブツブツと言う。


「よく判りませんが、ただ同じ方向だから言っただけです。それ以外には特にありませんが。

私は間違った事を言いましたか?」


「い、いや! そんなことないよ。ただこういうの初めてだから何と言うか分からなくて」


 体温が熱く、自分の心臓の鼓動がうるさくて今にも叫びだしたい綾人とは裏腹に、千早は氷

のように冷たく、人形のように一切の変化を見せず淡々と歩いている。

 隣から見ても判る。千早という人間は全く持って他人に興味を示さないんだと。


「「……」」


 三分程、お互いに前を見て何も言葉を交わさずに歩いていた。すれ違った自転車に乗る子供

たちの賑やかな声とか、道路を通る車のエンジン音とか、自由に空という舞台を動き回る鳥の

鳴き声とか、普段から聞いているけど全く意識したことの無い音が今は鮮明に耳に残る。

 沈黙というのは怖い。三分が三十分程に感じる。


「あの、さ。千早さんが持ってるそれって、結構高いよね?」

「バーチャルメガネと剣ですか?」


 千早は肩にかけたバッグに視線を落としてから綾人に視線を戻した。


「そう、詳しくは知らないけど何か販売停止してから値段が高騰したとか」

「らしいですね。私は販売している時期に買ったのでそれほどでしたけど」

「それでも結構高いでしょ、確か」

「まあザっと――」


 まるで世間話をするようにポロっと零した二つの合計金額。とてもじゃないが、学生にとっ

ては手が届く値段ではなく、しばらく言葉も出ずに驚きの表情で綾人は一時停止をしていた。


「凄いね、それ。もしかして千早さんのご両親って結構なお金持ち?」

「そうでもないですよ。自分でお金を稼いだので」

「自分でお貯めになったのですか!? そう言えば、千早さんがヒーローを目指した理由って?」

「――公園に着きました。最初ここを見つけた時は満開だった桜も、もうほとんど残っていま

せんね」

「あ、そうだね。結局今年も、誰にも気づかれずにこいつは散っちゃうのか」

「そんな事は無いのではないでしょうか。あなたはここが好きと言いました。私もこの桜の木

を含めてここが好きです。この子を見ている人は少ないかも知れませんが、こうして好きな人

も少なからず居るというのは事実です。なのできっとこの桜の木も喜んでますよ」


 風でなびいた髪を押さえながら淡々と千早は呟いた。


「確かに言われて見れば」

「では、私は練習をします。ここでお別れですね」

「そうだね。えっと、頑張ってね。千早さん」

「はい。ところでさっき、何故私がヒーローを目指したのか聞きましたよね?」

「うん」

「教えましょうか」

「いいの!?」

「はい。特に隠すような事でもないので」

「じゃあ、お願いします」


 最初から夢を持っている人は居ない。それは千早も該当するはずだ。ならば彼女がどのよう

な過程でヒーローを目指すようになったのか、興味がある。

 もしかしたらこれからの自分に対してヒントになるかも知れないし。


「私は巨悪に家族を皆殺しにされました」

「――は」

「ある日、家に帰るといつもと違う空気を感じました。玄関を開けて最初に感じたのは生理的

に受け付けない臭いとそれに混ざった血の臭いでした。そして視線を上げると壁も床もどこも

かしこも血に染まってました。引きずられたような血の跡や飛び散った血しぶき。もちろん、

そんな非現実的な出来事の世界に当時の私は何とも言えない感情に包まれて、吸い込まれるよ

うにリビングに向かいました。そこには見た事も無い苦しみ、嘆き、絶望に包まれた両親が倒

れてました。体中は血に染まり、冷たくなってました。そして私の前に現れた真っ黒な人のよ

うな形の者。私を見るなり巨悪の存在は私を襲ってきました。震えて恐怖の先にある恐怖に包

まれた私は動くことが出来なかったのです。あと一歩で死ぬ直後、虫の息だった父が私を助け

てくれて、巨悪と一緒にその場で亡くなったのです。後ほど分かったのですが、父は私に秘密

でヒーローをやっていたらしいのです。そんな父に恨みを持った者が復讐に来たのでしょうね。

以前、あなたに言ったと思います『私は壊れてしまった』と。あの日、私の中で私は死にまし

た。その日を境に不思議と感情が消えて父と母の死に対してもたまに苦しい時はありますが、

基本的に悲しみの感情を持たなくなりました」


 綾人はただ、千早が吐き出す何も感じないただ冷たい言葉を聞く事しか出来なかった。

 綾人が眼球を震わせて、今の状況が理解出来ていなくとも、千早は淡々と言葉を止めない。


「ただ一つ、芽生えたモノがありました。それが『ヒーローになる事』でした。まだ感情豊か

だった私が最後に残した気持ちなのでしょうね。きっと。私と同じ想いをさせないためにヒー

ローになり、全ての巨悪を倒す。そう決めたのです。世間がヒーローの存在を否定しても構い

ません。私は世界の危機を知りました。なので、誰が何と言おうと私はあの日失ってしまった

私の為に、ヒーローにならないと行けないのです」


 千早の目に光は宿っていない。

 今の話が全て本当の事なら、それはとんでもない事である。

 両親が殺された。高校生とか、大人とか関係なくそれは非日常な事だ。そんな事が起きたら

――それ以上綾人は考えたく無くて思考を停止させる。

 一つ言えるのは、人に言う事ではない。ということだった。

 けど千早は違う。何一つ感情を変化させず、声音も一定のまま淡々と言い切った。

 まるで登録された言葉を話す機械のように。

 ――特に隠すような事でもないので。

 両親が死んだ自分の過去をそう表現した千早が不気味だった。話が進むにつれてその内容と

千早の淡々とした態度の違いに鳥肌が止まらなかった。得体の知れない何かを見たような気分

に綾人は陥っていた。


「という過程です。では、また学校で」

「あ」


 背中を見せた千早に声を掛けようとしたけど、何と言っていいか判らず、喉元で止まってし

まう。

 結局、綾人は千早の背中をただ見届ける事しか出来なかった。

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