冬1
吐く息が白い。室内とは全く別世界の外の世界に漂う白銀の寒さ。寒気が毛穴を通って体内で真っ白な花が咲くように身体全体に届き渡って身体が縮こまる。ネックウォーマーとか手袋で対策をするけど、それでもやっぱり気付くと肩に力が入ってて綾人はため息をついてしまう。
気づけば季節は冬になっており、いつ雪が降るかも分からない不安定な天気が続いている。
不安定な天気とは裏腹に綾人は凄く清々しい気持ちであった。それはミントガムを食べた後に残るスッキリとした爽やかさに似ている。とにかく綾人は背筋を伸ばして迷わず、真っ直ぐにシャーペンを机に置いてある一枚の紙に押し当てた。
『ヒーロー』
進路希望調査書に記入したその文字には決意の想いが込められていた。
放課後、綾人は担任に呼び出しをくらった。
今年もそろそろ終わろうとしており、この時期になるとほとんどの人が行くべき道を見据えて進み始めているだろう。
だからこそ、今回の進路希望調査書は今までと意味も重みも違う。
今まではまだ悩む期間があった。春を、夏休みを、追い込みの秋を。悩み悩んでその過程で何かしらを見つけてこの時期に挑むはずだ。
言ってしまえば今回の進路希望調査書は希望ではなく、答え合わせのようなもので生徒たちが進むべき道を決めて、残りの時間、教師陣がそれを全力サポートする態勢を作る最後の仕度なのだ。
教師陣も色々と準備をするのだが、イレギュラー対応ももちろん存在する。
「で、本当にいいのか」
担任と二人きりの教室で机をくっつけて向かい合わせで話す担任の顔は険しさが三、困った困惑顔が七といった所だ。
「はい」言い切った綾人。
綾人の真っ直ぐな瞳にため息を零して、「誰に影響されたかは言うまでもない。担任として生徒の夢を否定するつもりは無いけど、軽い気持ちというか一時の勢いで決めるのは辞めときなさい。千早にも幾度となく言っているけど、あるかも分からない国の妄言に従うのはお前たち若い連中の人生を捨てるようなものだ。だから――」
「大丈夫ですよ。先生。俺、ずっと悩んでました。やりたい事がなくて。だけど周りはどんどん見つけてそれに焦って、それでも見つからなくて。その時にとある出来事が起きたんですよ。その時に失う怖さと自分の無力さに気づきました。俺って結構人の後ろで頷いていたり、思っていても言えなかったり、結構内気何ですよ。それでも良いって思ってました。今までは。だけど今のこのご時世それじゃダメなんだって、このまま無力の自分でいたらきっといつか失って、無力さに後悔して取り返しのつかない事になっちゃうんじゃないかって思いました。その為に何が出来るか、そんな未来にしない為、悲しむ人を減らすには何が一番いいのか。それで思いました。ヒーローになりたいって」
四月から八か月間担任である教師は一人一人生徒を観察し、それぞれの特徴をよく理解していた。それは綾人も例外ではない。
富田 綾人という人物はとてもおとなしい性格の生徒だ。あまり目立たないけれどクラスの中心人物である仙田 勝喜とは仲がよく、とても優しい生徒だと把握していた。ただ、ひな鳥が親鳥の元を離れるというか自分の殻を割って欲しいというか。何か大きな変化があればきっともっと成長を遂げるだろうと思っていたのだが、その結果が『ヒーロー』とは。
綾人の口から出た成長の言葉がそのようなモノになる何て担任は思っても見なかったけど、ここまで真っ直ぐな姿も見た事が無かったので、
「分かった。その代わり後悔だけはするなよ。お前が選んだ道なのだからな」
「はい」
「全く。お前と言い千早と言い。これは上から怒られるな。二人も志願者がいるんだから」
呆れたような、けれども応援している面影で担任が渡して来たのは纏められた資料であった。
「ヒーローの資料だ。お前も知っていると思うけど、世間ではそのような職業は存在しないとされているから、あくまでもオカルト好きの奴らが集めた本とか、国が一応出している公式本とか。千早の進路希望で集めたがまさか千早以外にも渡す羽目になるとは」
「ありがとうございます。頑張ります。本当にありがとうございました!!」
担任も色々と思う事があったはずだ。それでも『ヒーロー』という存在するかも不確定な職業を目指す綾人の背中を押してくれたことには感謝しか無かった。




