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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
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秋10

間一髪間にあった。

 仙田が何か大切な話をしようとしていたのを察した千早はしばらく姿を消すためにトイレに向かった。数分経ち、そろそろ良い頃合いだろうと思って出たのだけど、そこに居たのは血まみれで倒れている仙田と、いつかの自分のように震えて、意識が消し飛んでしまいそうな富田の姿が千早に映る。そしてその先、こんな惨状にした犯人が。

 真っ黒で炎のようにメラメラと容姿が揺らいでいる化け物。姿を捉えると光の速さであの時の悲劇を、千早の全てを壊したあの姿が脳に刻まれて震えた。

 震えて怖くて今にも悲鳴を上げそうになったけど、だけど不思議と気づいたら二人の前に立っていた。

 剣を振って丸太のように太い腕を押さえる。だけどその威力は車にぶつかった時のような破壊力であり、完全に勢いを殺す事は出来なくて、腕だけど剣のような鋭さを持つ凶器に少しだけ血しぶきが飛ぶ。

「ック!!」

「ち、千早……さん!」

 震える声が背後で聴こえる。今まで聞いた事もない絶望の言葉。絶望は富田を呑み込み、目の前に現れた千早という希望の光すら呑み込んでしまっていて、富田の意識は遠いどこかだ。

 富田のそんな声を聞くと足が震える。そんな声を出さないで! って言いたくなる。

 だって富田の言葉全てがあの日の自分の言葉のようだから。一秒一秒にあの日の出来事が刻まれて、千早の内側で眠っていた感情の一つが、真っ赤なオーラを纏って目を覚ます。

「アアアアアア!!!」

 千早が思いっきり剣を振るって何とか巨悪の攻撃を防ぐ。

 怒りが身体に纏うけれど、それに身を委ねてしまってはならない。

 それはきっとヒーローから一番遠い気持ちであり、行動になってしまうから。

 千早はグッと歯を食いしばって込み上げてくる怒りを咬み殺す。

 私が守らないと。もう一度繰り返すわけには行かない!!!!

 千早が剣で弾くけど、相手は三本の腕を駆使して千早を殴り飛ばす。

 千早は口元から血を垂らしながらまだ死んでいない瞳で睨みつけるけど、何一つ奴にダメージは与えられていない。

 一歩、また一歩と絶望が近寄って来る。

 千早は立とうとするが、気持ちが折れそうで今にも負けてしまいそうだ。

「や、辞めろ!!」

 意外な人物の力強い声。

 仙田と千早を守るように、生まれたての小鹿の如く足を震わせて、子供のように鼻水を垂らし、恐怖の極致によって失禁してしまった富田が絶望の前に立って、二人を守ろうとしている。

 さっきまで絶望に侵されていた富田なのに、今は誰よりも前に立っていた。

 何故。と考えるけど、それはきっと富田の性格故の行動だったんだろう。

 富田は優しい人だ。それは仙田や美空、そして千早に対する行動を見ていれば解る。

勇気なのか、無意識故の行動なのかは解らないが、そんな富田に少しだけ見惚れてしまい、行動が遅れた。千早も我に返って立ち上がろうとするけど、時すでに遅し。

 富田の行動を、千早の決意を、見守るほど奴は空気を読んでくれない。仙田を刺したまだ血の付いている腕を振り下ろして富田の命を奪おうと走り出す。

「辞めて――」

 千早が届かない距離だと解っていても、富田を引っ張ろうと手を伸ばす。

 手の先の富田は半ば無意識で巨悪が富田と接触――


「――またせてしまったね。君たち」


 殺意に満ちた腕は富田の寸前で止まる。同時に全てを出し尽くした富田は、役目を終えた機械のようにそのまま後ろに倒れ込む。千早が駆け寄ると既に気絶していた。

 千早の瞳に映るのは依然として立ち塞がる絶望と、そして希望であった。

 誰かを連想させるような赤いマント。まだ新しいのか皺ひとつない。ぴちぴちの戦闘服は、アメリカのヒーローをイメージさせる。

 言うまでもない。ヒーローだ。

 初めて見た。こんな状況なのに鳥肌が立って、自分が目指すべく姿が実在して嬉しかった。

「君は……ハハハ、そうか」

 ヒーローは小さく笑うと奴と向き合って一撃、お見舞する。

 流れ星のように速く、一瞬の一撃。全てを呑み込む闇すらも晴らしてしまう希望の拳は、あんなにも強かったのにたった一撃で奴を吹き飛ばし、地面に吸われるように消えて行った。

 静寂がまた公園を包む。

 まるで夢を見ていたかのように先程の異常な光景、騒がしさは消え去っている。だけど夢ではない。だって目の前に居るのだから――ヒーローが。

「あの!」

「ちょっと待って」千早の口を静止させるようにヒーローが手を出す。「この子は気絶しているだけだが、こっちの子はかなり重症だ」

 仙田は血まみれで、灰になってしまうのか不安になるぐらい真っ白だ。

「これをこうすれば、うん。多分大丈夫」

 ヒーローはポーチから謎のエメラルド色に光る液体を傷口に零す。小さくて優しい蛍のような光が傷口を覆っている。

「あ、多分とか言っちゃいけないんだ。大丈夫だよ。えっと、夏海ちゃん」

 ヒーローはアハハと少しだけ『しまった』みたいな顔で苦笑いをしてから千早の名を呼ぶ。

「え、何で私の名前を」

「あれ、覚えていないかな。っていっても仕方ないか。什造さんのお葬式の時に君に赤いマントを渡したの僕なんだけど」

 什造というのは千早の父の名であり、父の葬式の日に確かに赤いマントを受け取った。このヒーローが羽織っているような真っ赤な情熱の赤いマントを。

 顔は覚えていない。そんな余裕当時は無かったから。目の前のヒーローもそれは承諾していたようで、被っていたマスクを外してその素顔を見せる。

「本当はダメなんだけどね。君には、什造さんには感謝しているから」

「あの、あなたは一体。父とはどういった関係なんですか」

 友人ではないと思う。目の前のヒーローはまだ二十半ばで父とは年齢差があるから。

「僕はまだ無名のヒーローさ。什造さんとはそうだな、師弟関係だったかな。今、僕が背負っているこの赤いマントも什造さんに憧れてマネしているんだ」

「あの、父は。お父さんはどんなヒーローだったんですか!?」

 千早は未だ震える足を何とか動かして這いずりながらヒーローの腕を掴む。

「偉大な人だったよ。僕が見てきたヒーローの中で一番カッコよくて優しくて。まさに尊敬に、いいや敬意を示す相手だった。だから亡くなったと聞いた時は信じられなかったさ。君のこともいっぱい聞いてたよ。優しくて明るくて。いずれ自分がヒーローであることを明かすって、その時の反応が楽しみだって何度も繰り返し言ってたんだ」

 懐かしむように、時折思い出し笑いをして、父の事をたくさん話してくれたヒーロー。

「あの、わ、私もヒーローを目指しています。こんな私でも……お父さんのようなヒーローに成れるのでしょうか!?」

 千早の叫びは必死で、その答えを知りたいという欲で満ちていた。

 興味津々の千早に少し笑みを零したヒーローは立ち上がり、

「それは君の歩む道だろう。それに答えは無いさ。君次第だ。だけどね、この二人を守ろうと戦った姿はまさにヒーローだったよ。ヒーローになるべき者に一番大事なのは優しい人だと思うよ。人を想う気持ちがヒーローには何よりも大切だ――っていつも什造さんは言っていたよ。だから頑張りたまえ。そして同じ目線で立てる時を楽しみに待っているよ」

 ヒーローはアハハと鼻の下を人差し指で擦りながら照れるように笑う。

 少し経つと遠くからサイレン音が複数聞こえた。

「こちら側の事情を知っている警察と救護班を呼んでおいた。まだまだヒーローと悪の戦いは水面下で行われてて色々な大人の事情で公に出来ないんだ。政府は公にしたいらしいが、結果誰も信じてくれていないのが現状。でも、今から来る人たちはこちら側の人間だから安心して大丈夫。では、またね。会えて良かったよ」

 最後に優しく微笑みかけたヒーローは、地面を思いっ切り蹴って空に消えて行く。

 千早はそんなヒーローの後姿を目に焼き付けた。

 やがて、ヒーローが呼んだ警察たちが来て千早と富田、重症の仙田は保護された。

 ※

 うぅ。と何かの悪夢を見ているようにうなされて、目を覚ます。

 ゆっくりと目を覚ますと冷たい光が眼球に刺さる。眩しくて開いた瞼をもう一度下ろして、またゆっくりと開く。

 天井は真っ白で蛍光灯が等間隔で設置されている。

 視界を動かすと外との境界線を設けている清潔感あるカーテンが見えた。窓の外に見える紅葉の木が一本。とても綺麗だ。

 腕に何かの温もりを感じる。優しくてまるで母のような温かさ。綾人はその正体を知りたくて身体を起こそうとしたけど妙に重かった。

「富田さん!!!」

温もりが手元から離れて、まだ起きれていない綾人の顔の前に現れた。

 雪のように白くて、ガラスのように透明な肌。綺麗な瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。

「ち……はや……さん?」

 少しずつゆっくりと話す綾人に生を確かに感じた千早は、溜まっていたものが爆発するように綾人の手をギュッと握った。

「良かった。本当に――よかった」

 見た事ない千早と今の状況に困惑するけど、次第に記憶が蘇って来る。

 黒い絶望に気づいたら、綾人は誰よりも前に立っていた。

 ――守らないと。

 最後の記憶の糸はそれだった。

 なぜ動けたのか、どうして行動に至ったのか、聞かれても答えられないぐらい自分でも理解できなかった。ただ、絶望に染まった心の奥底で『守らないと』その僅かな光が綾人の背中を押して誰よりも前に立たせたのだ。

「お二人がご無事で……また失わなくてよかったッ!!!」

 千早は綾人の手に額を当てて心の底から言葉を漏らした。

「心配してくれてありがとう、千早さん」

 何が正解か分からなかった綾人は、とにかく自分の事を心配し、涙を流してくれた千早に感謝したくてその言葉を選ぶ。

「私、美空に電話してきます。少し待っててください」

 涙を拭って鼻を赤くした千早が部屋を出て行く。

 ここは多分病院だと思うけど、見た事ない景色から少し遠い病院なのだと理解する。あれから何時間経っているのか、学校は、友だちは、両親は。今どんな状況なのかとにかく知りたい。

千早が去って数分。扉の外から誰かが駆けて来る気配を感じてそちらに視線を送った直後、「綾人!!!」いつも聞いていた明るい声だったから言うまでもなく誰か判る。

勝喜もまた千早のように涙を頬に垂らして、鼻水を出し綾人に抱きつく。

「マジで元気で良かった!」

ぎゅうッと勝喜が大切なモノを離さないように、抱き着いた。

「勝喜、ちょっと苦しいから」

 そう言うと「ごめん、ごめん」といつものように笑いながら放してくれた。そんな勝喜は綾人と同じように病院服である。ちなみに千早は学校の制服であった。

「そうだ! 勝喜の方こそ大丈夫なの? そのケガ」

 勝喜はお腹を貫通されていた。その時の光景は鮮明に脳に刻まれており、思い出す度に脳が拒絶し、トラウマとして植え付けられている。

「あー、何か平気だ」お腹辺りを押さえながら不思議そうな顔で、「ヒーローが助けてくれたって千早が言ってた。何かすげぇ薬で応急処置をしてくれたとか。だから三日間寝てたらしいけど、とりあえずは落ち着いたよ」

「三日?」

「そうだぞ! お前、一番重症の俺よりも寝込んでいたんだからな!」

 勝喜の嘘を言っていない顔にボーっと受け止めきれなかった綾人であったが、やがて時間の経過でまだ混乱しているけど何とか受け止めきれた。

「そうだったんだ。三日以上……ね」

 勝喜がまた綾人を抱きしめる。

「マジで無事でよかった。マジで……マジで!」

 勝喜の体温が服越しに綾人に伝わる。勝喜の声も、涙も。襲われたトラウマは間違いなく現実の事だけど、今こうして千早とそして勝喜と話せている事も紛れもない現実であり、掴み取った勝利と言っていい。

 綾人は気付くと涙が出ていた。

 あの時、血まみれの勝喜を間近で見た時、心配と不安と共に最悪の事態が何度も何度も頭によぎった。夏場のうっとうしい蚊のように、頭の中で何度も払ってもその光景が浮かんで、刻まれていて。だから今のこの時間が、現実が嬉しくて仕方なかった。

 しばらくして千早が入って来て少しだけ勝喜と三人で話していると勝喜が何かを言おうとしたけど看護師に連れていかれて曖昧となった。

 千早の話を聞くと、今回綾人たちを保護してくれた警察やこの病院の人たちは世間で認められていないヒーローを支援というか存在を知っている人たちらしい。

 その人たち曰く学校や両親たちには別の理由で保護した事となっている為、口裏を合わせて欲しいと千早を通して訊いた。

 警察などの国民を守る立場の人が『ヒーロー』関連の話をしたら大バッシングされる事だろう。なので、口裏合わせという結論が出たと推測できる。

 命を救ってもらった綾人は批判するような理由も無いのでそれに乗っかる。

 やがて医師が来て翌日に綾人は退院した。勝喜はもう少し様子見ということで病院に残る事に。

 非日常に巻き込まれた綾人はしばらくその経験談に興味持った周りに散々振り回されたけどそれも時間が経てば落ち着いてようやく元の日常に戻る事が出来た。

『今日、暇か』

 学校が終わると勝喜からチャットが来ていた。綾人は別に用事が無いので「暇」と言う事を伝えると、『良かったら病院に来てくれないか。話がある』

 無表情なチャットだけど何故か重い空気を悟った綾人。だけどもう逃げちゃいけない。

綾人は覚悟を決めて病院に向かう。

 病室についてゴクリと唾を飲み込んでからノックして返事と共に開ける。

「ごめん。綾人!」

 入るや否や。勝喜がベッドの上で土下座をして見せたモノだから綾人は言葉を失ってあたふたしてしまう。

「色々謝らないと行けない。お前に。千早の件で」

 その言葉を聞くと以前綾人が悩み、苦しんでいた事を思い出させる。色々あり過ぎて頭から抜けていたけど一気に引き戻されたようで一歩後ろに下がってしまう。

 ――ダメだ。逃げちゃ。

 自分に言い聞かせる。

「千早さんの件って?」勇気をふり絞って口を開く。

「俺さ、夏祭りの日。告白したんだ。千早に」

 ――!!!?

「そんで振られた」照れるように薄く笑う勝喜。

「振られたの? え、待ってよ。でもあの時、『夏海』って。千早さんのこと下の名前で呼んでたよね?」

「ああ。あれはお前を貶めたくて言った嘘だ。本当はそんな風に呼んでない」

 勝喜は視線を逸らしてばつが悪そうな顔をしている。

「そう、だったんだ」

「マジでごめん。お前に色々強く当たっていたのも嫉妬してたんだ。千早と仲が良い事に。俺よりも千早を知っている事に。いつもは前に出ない綾人だけど、千早の事になるといつも俺の前に居て。それが羨ましくて悔しくて。本当にダサくて自分が情けねぇ。許してもらえるとは思ってない。ただ謝らないと行けないって思ったから。本当にごめん」

 勝喜は頭を下げたままだ。悔やんでも悔やみきれないのだ、きっと。

 綾人の拳に力が入る。

「……バカ野郎」綾人は握る拳の力を抜く。「そんな事で謝るなよ」

「でも、綾人、俺」

「いいよ、もう。俺もきっと逆の立場なら同じ事してたと思う。隠し事とかするつもりじゃなかったけど、それが逆に勝喜を追い詰めて。俺の方こそ、色々と足りなかった。ごめん」

 勝喜も嫌な事を経験したはずだ。それは勝喜に抱いた気持ちと同じように勝喜もモヤモヤして過ごして来たんだろう。

 本当はもっと早くに謝れたと思う。だけど変なプライドが邪魔して綾人は謝れなかった。

 だから勝喜からこんなことを言ってくれて正直嬉しかった。

「またさ、四人で出かけないか。受験前に」

 勝喜は心配そうな眼差しで、子犬のような弱弱しい瞳で綾人を覗く。

「もちろん。今度こそ皆で楽しもうぜ。勝喜」

「ああ、もちろんだ!」

 ようやく勝喜に太陽の笑みが戻って綾人もホッとする。

 二人きりの白い世界で綾人と勝喜は、陰が掛かった友情の花を再び開花する事が出来た。

 そして綾人は気付いた。自分の目指すべき道に――


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