秋9
土曜日は昼頃から千早と一緒に公園で千早の練習風景をひたすら眺めた。今までは軽く見ていただけでただ単に『練習している』としか思わなかったけど、間近で見ると素人の綾人でも分かるように一つ一つの動きはキレッキレで既に完成しているように思えた。
千早の姿に見惚れていると、バーチャル世界を映し出すメガネをクイッと外して、剣と共に綾人に差し出す。
「一度付けてやってみますか? どう言うモノか」
「え、いいの?」
「はい。感覚はゲームに似ていますので」
高校生にとって超が付く高級装備品を震える手でガッチリ持って、綾人は装着する。
スイッチを押すと瞬く間にプログラムが起動して、千早が視界から消える。瞬きをすると異世界に転移したように公園だった世界は果ての無い荒野へと変化を遂げた。
戸惑っていると千早が声を掛けて来た。
「今回は視界の良い荒野で。敵は少し先にいます。真っ黒いのが敵です」
千早の言う通り少し進むと、黒い人型のような者が立っており、綾人に気付くなり猛スピードで襲って来た。
綾人はあまりにもリアルなそれに腰を抜かしてしまう。一度ゲームオーバーになってメガネを外す。尻もちをついて変な汗がびっしょりと身体を濡らしていた。
綾人は一度呼吸を整えて、もう一度挑戦する。
二回目は少しだけ慣れた事もあり、剣を振るえばバーチャル世界の自分が剣を振って黒い奴との間に火花が散る。
戦う事多分十分ぐらい。ようやく終了してシステムが閉じる。元の公園の景色が見えてメガネを外す。
綾人は額に滝のような汗を掻き、長距離走を完走し終わった後のように息が切れていた。
「お疲れ様です」
そう言って千早は真っ白なウールタオルを渡してくれた。
ありがとう、と綾人は受け取って汗を拭き、メガネと剣を千早に返す。「これ、凄い疲れるね。精神的にも、肉体的にも」
「最初はそんなモノですよ」
「巨悪の存在が公表されていないってことはこの敵は?」
「どうでしょうね。ゲームのキャラのような想像を用いた容姿なのかもしれませんね」
「そっか。色々と大変だったけど、でも、楽しかった! ありがとう、千早さん」
「お役に立てたのなら良かったです」
「今日はもう遅いから帰ろっか。また明日も昼ぐらいからでいいのかな?」
「はい。私はもう少しやっていきます。明日もよろしくお願いします」
千早に大きく手を振って別れる綾人。
そんな綾人と千早を陰で見守っていた男は拳に力を入れて決心する。
翌日も内容は変わらず、少しだけ千早に借りて戦って、疲れて。千早の話を聞いてまた悩んで。そんな一日も終わろうとした時。
今日は一段と暗くなるのが早かった。気づけば夕日は海に沈もうとしてて、今日は神々しい月明かりもお休みのようで空の舞台に主役は居ない。
真っ暗な世界を照らす光は外灯のみ。公園に設置されている外灯はカチカチと己の寿命が近い事を誰かに知らせており、それを好むように虫がジジジっと音を鳴らして羽をぶつけている。
冷たい風が二人の背中を押す。今日はとても寒い。
「そろそろ終わりにする? 暗いし」
「そうですね。明日学校ですもんね」
二人の言葉はどこまでも届くように辺りは静寂に包まれていた。
「あ、あああ。あれ? グウゼンダナ。アヤト」
公園の出口からロボットのように硬い動きでがちがちの言葉を口から漏らす男が現れた。
「勝喜?」
「仙田さん?」
二人はその男を知っている。そう、二人の前で偶然を装って、だけどバレバレな登場を果たした勝喜は、二人の顔を直視できなくてキョロキョロ公園を見渡しながら歩いて来た。
勝喜の鼻は赤い。多分、一時間近く出て行くタイミングを見計らっていたのだろう。
「どうしたの。勝喜」
「いや、偶然というか。そのー」勝喜は頭を掻きながら風に消えてしまいそうな声で呟く。
千早が何かを察したようにトイレに向かい、二人っきりになった。
いつ以来の会話だろう。新鮮さとぎこちなさが混ざって、変な化学反応が起きている。
「あ、そうなんだ」
中身のない言葉。二人はお互いにどう切り出すか悩んでいた。まるで友だちの友だちと二人っきりになってしまったような気まずさだ。
沈黙に耐えられなくなった勝喜は、自分の胸を思いっきり叩いて、「自分で決めたんだろ。言え。俺」と大きく深呼吸をして力強い瞳で綾人と向き合う。
綾人も何かを察したようでゴクリと唾を飲み込んだ。
「綾人。お前に言いたい事が」
「――勝喜!!! 後ろ!!!!」
「え――」
勝喜の言葉なんて耳に入らなかった。それ以上に勝喜の後ろで起きていた有り得ない出来事に意識を持って行かれたから。
勝喜の背後で――急に現れた大きな黒い影。
三メートルぐらいある闇の具現化が勝喜の背後に立っていた。
その姿が目に入った瞬間、過去の記憶が動き出して一つの存在を思い出させる。
勝喜は綾人の聞いた事もない鬼気迫る声に異常さを感じ、ゆっくりと振り返ろうとするが、正体を視界に入れるや否や、鮮血の血が世界に飛び散った。
「え」
生命の命を繋ぐ赤き糸は、決壊したダムのように開かれた出口から一気に吹き出て行く。
勝喜は身体に熱さを感じる。まるでその部分だけが炎であぶられているように熱い。
熱の正体を視界に入れる。腹部だ。黒い何かが背中から一直線に勝喜の腹をえぐり抜いていた。そこから溢れる見た事もない大量の血。感じた事もない感情が爆発して悲鳴を上げる。
「あ、あ、ああああアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「勝喜ッ!!!」
綾人が駆け寄る。勝喜の腹に刺さった黒い剣のようなモノが容赦なく引き抜かれて、勝喜もろとも綾人は吹き飛ばされる。
「勝喜ッ勝喜ッ!!!」
綾人は即座に起き上がって、今にも消えてしまいそうな勝喜の肩を揺らす。
「あや……と……ごめ……な」
唇が紫色になって、氷のように冷たくて、太陽のように元気な勝喜の顔は萎れてしまった花のようで今にも枯れてしまいそうだ。
勝喜は目を瞑ってそれ以降話すことは無かった。
綾人は何度も何度も呼び掛けた。肩を揺らして、涙を零して、滅びてしまった世界を悔やむように何度も何度も叫んだ。けれど、返事は何一つない。
綾人は受け止めきれない現実と異常な光景に過呼吸になり、今にも壊れてしまいそうだ。いや、もしかしたら壊れてしまったかも知れない。
意識が朦朧とする綾人に遠慮なく、黒い何かが綾人に向かって走り始めた。
距離は数メートル。黒い何かは猛獣のように速い。まさにライオンが餌に喰らいつく瞬間のように。
――!!!
またしても赤き血が地面にこぼれ落ちていく。ポタリポタリ、と。
何かと何かが衝突する激しい音。
――千早だ。
千早が綾人と勝喜の前に立って、練習用の剣で巨悪の鋭い腕を押さえていた。




