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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
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秋8

 千早が元気に登校して来たのは翌日のことだった。週末だから休んで週明けから来ればいいのに、きっと綾人ならそうするけど千早は違うらしい。本当に真面目な人だ。

 千早は登校するとすぐに隣の綾人に礼を改めて言ってそこで少しだけ話した。もちろん学校で千早と話せることは綾人にとっては嬉しい限りだけど、何故かモヤモヤが残った。

 綾人の反対側の壁側に座る勝喜がモソモソと落ち着きの無い感じで何度か綾人と目が合ったが、特に何かあった訳ではないのでそこの進展は特にない。

 学校が終わってたまたま千早と帰りが一緒になって公園までの距離を二人きりで歩く。

 気づけば植物たちの葉の色が橙色や赤色に変化しており、次の生命に繋げる準備中で、春や夏と同じ道なのに一季節一季節雰囲気がガラリと変わっていることに気付いた。

公園の桜の木ももう桜ではなく、葉を一つも持たない老木のようになっていた。そんな木を見ていると少しだけ切なくなった。

半年後の春にもう一度この木は光を取り戻し、桜色の世界を見せてくれるだろうか。

 その頃綾人は何を思って、どこに向かっているんだろう。考えるけど、考えたくない。

「ねえ、千早さん。千早さんはヒーロー以外にやりたい事ってないの?」

「無いですね」

「じゃあさ、もしヒーローにならなかったとしたら、自分はどうしてたと思う? 何を考えて生きていたと思う?」

 気持ち悪い質問と思われても仕方ない。けど知りたかった。夢を持って進んで来た人が、その夢を持っていなかった世界を。

「分かりません。けど、何かしら見つけるのではないでしょうか。自分にとって影響した何かに憧れて。今の状況からもし私に夢が無かったとしたら、自分探しの旅に出ると思います」

「自分探し?」

「はい。最近色々な人と関わって色々な事に気付いて、色々と悩んでいます。けどそれらの原点は私にヒーローになるという夢があったからです。なのでそれが無かったら今の自分は居なかったですし、自分を見失ったままだと思います。だからきっと旅に出るか、自殺をしていたか。二択に一つだと思います」

 相変わらず怖い事をサラッと言う千早に少しだけ寒気が走る。

「富田さんは何かないのですか?」

「……うん。ずっと探しているんだ。将来自分が何をやりたいのか。けど見つからない。現実逃避もしちゃってて、もう秋じゃん? みんな受験勉強とかしている時期なのに俺は何もしてない。それが怖くて、もっと視界を狭めてて、抜け出せなくなっているんだ」

「そうなんですか。確かにこの時期に何をするか決めていないと色々と不安に思うかも知れませんね。『やりたい事がない』という考えは私には解りませんけど、過去に自分に大きく影響した大きな衝撃とか感動とかなかったのでしょうか。そう言ったのから将来の夢に結び付いた人も数多く居るって以前テレビでやってましたけど」

「感動か」

 呟く綾人の言葉はシャボン玉のように空に上がってやがて破裂する。その破裂が脳の奥底に眠る輝きを呼び覚ます。

「ヒーロー……ヒーローに会ったことかな」

「え」

「昔さ、本当に小さい時にヒーローの敵である巨悪って言うのかな? に出くわしたんだ」綾人が言葉を紡ぐ度に千早は前のめりになって僅かに感情を見せる。「その時はもう怖いとかそう言った感情が無かったんだ。危機感とかそういうのを感じる前に襲われたから。けど、間一髪にヒーローが助けてくれたんだ。大きくてたくましくて。その時さ、子供だったけど思ったんだ。『助かったって』凄い安心したよ」

「だから私がヒーローの存在を聞いた時に即答で答えたのですか」

 春の出来事だ。あの時は確か千早とほとんど会話をして無かった。今いるこの公園で綾人は千早の言葉が終わるよりも早くヒーローが居ると言い切った。

「そうだね。周りの人がバカにしてたからさ。その時は。俺もヒーローを見たけど正直現実か判らなかったんだ。目を光らせて親とか友だちとかに言ったけど誰も信じてくれなくて。それが凄く悔しかったけど、世間でも都市伝説とか何とか言われてて自分でも子供だったから夢でも見てたんだなって、気づいたらそう考えてて。だから千早さんには感謝しているんだ」

「私にですか?」

「そう。あの時、キッパリと『ヒーローを目指している』って言った時、正直心の中で眠っていた何かが目を覚ました気がしたんだ。あーやっぱりヒーローは居るんだ。昔の俺みたいにヒーローに憧れて目指している人が居るんだ、って思って、凄く嬉しかった」

「そうなんですか。一つ質問良いですか」千早は髪を耳に掛けて紡ぐ。「富田さんを助けたヒーローはどのような方だったのですか。覚えていたら教えてください」

「うん。って言っても本当に一瞬だった。覚えているのは真っ赤な赤いマントを羽織っていて、とても大きくてカッコよかった。幼い俺に『遅れてすまない、ボク。もう大丈夫だ、私が来た』って言ったんだけど、その言葉を今でも覚えているぐらい、本当に輝いていた人だった。また会ってみたいな。その人と」

 まるで子供が将来の夢を語るように綾人はきっと目をキラキラさせて話していただろう。そんな綾人の横で千早は小さな優しい笑みを零して、

「そうですか。やっぱり偉大だったんだ」

「え、何か言った?」

 優しい顔の千早はまさに年相応のモノであり、初めて間近で見た気がして、心が何かに満たされて行く。同時に熱い何かが頬を染めて綾人は視線をそらしてしまう。

「いいえ。ただ改めて色々と気づかされました。そして私も目指すべきヒーローが見えた気がします」

 千早の輝く瞳には光が差さっており、色々と吹っ切れてまた一歩進んだようだ。

 千早が何かを見つけて嬉しそうにしている傍ら、不安が強くなる綾人。

「脱線してしまいましたが富田さんは今、将来に悩んでいるんですよね」

「そうだけど」

「なら、ヒーローを目指してみたらどうですか」

「え!?」綾人の眼球が限界まで開く。

「あなたに感動を、色々な衝撃を与えたのがヒーローならば目指してみればいいのではないでしょうか」

「いや、俺には無理だよ」

「何故ですか?」

 いつもの千早と違って今日はグイグイと攻め込んで来る。

「何故って。だってヒーローについて何も知らないし、今からなるのは現実的じゃないと思うし。何より千早さんのような、しっかりとした動機もないから」

 否定が否定を連鎖させる。今の自分の状況がこれを生んでいるのだろう。

「なら今から知ればいいのではないでしょうか。現実的かどうかは頑張り次第だと私は思います。それに私も動機という動機はありません。最初に富田さんに言ったのは嘘です。私は復讐を目的にヒーローを目指していました。それはきっとヒーローとして間違っていて、一番遠い存在だったはずです。けど気づきました。復讐でヒーローになるのは違う。そのような事をするぐらいなら自分を磨いた方が何倍も良い事に。私が目指すべきヒーローは、絶対そんなことしません。まだその人のように立ち振る舞う事が出来るとは思っていません。けど、頑張ろうと思っています。なので私は尊敬されるような動機じゃないですし、むしろダメだった例だと思います」

 千早はまるで過去の自分の失敗を噛みしめるように話す。けど決して卑屈にはなっていない。過去の自分を受け入れて今の自分が居る事を理解しているような口調だ。

 綾人は何故だか言葉を失ってしまう。

 千早の言葉が胸の奥深くを響かせる。

 これは悩んでいるのか。

 ヒーローになる。なんて考えた事も無かった。少しだけ自分と自分を救ってくれたヒーローを重ねてみる。

めちゃくちゃカッコいい。

綾人の記憶にいつまでも残るように、自分も誰かの記憶に残って、あわよくばそれがきっかけでその人の人生観が変われば、それは凄い事でめちゃくちゃカッコいい事だ。

 ワクワクした。悪くないな。って思ったけど、

――それは理想だ。現実はきっと厳しくてそんな存在になれるのは一握りの人材だけだ。

プロ選手がいい例だろう。高校で超がつく有名人もプロになればみんな同じ箔を持っている。そこから頭一つ出る事は到底楽な道ではない茨道だ。

 ――でも待ってくれ。高校まで無名の人もある日成長を遂げて一流と呼ばれる選手になる事もある。今の綾人は間違いなく無名だろう。だけど、もしかしたら輝ける一握りの幸運を持っているかも知れない。

 理想と現実が螺旋階段のようにグルグル回って、綾人はそれを往復している。

 確かに動機なんて何でもいいかも知れない。そこに山があるから。と言って登る登山家が居るように、動機何て結局大きかろうと小さかろうときっかけに過ぎないのだ。その先自分がどうなるかは動機の大きさなど関係なくその人のポテンシャル次第であろう。

 あーー!!! 分かんない。何もかも分からない。

 今までは真っ暗な道を方向も判らない中、ただ進んでいた。それで焦って不安で怖くて。現実逃避をした結果、何の成果も無く元の道に帰って来た。

 だけどある日突然、千早の言葉で一つの道が示された。

 同じように先が見えなくて、きっと色々な不安や怖さが住み着く道になるだろう。だけど今まで自分が進んで来た道と違うのは、看板が立っているかどうかだ。

 千早によって出来た道の入り口には『ヒーロー』と書かれており、明確なゴールがある。

 これこそが大きな違いであり、その道の前で綾人は今、立ち止まっている。

 きっとこれが『悩む』ということなんだろう。綾人は悩んで苦しんで、自分の未来を、人生を決める大きな決断を迫られている。誰もが一度経験することで、今まで綾人はそれをサボって来た。先延ばしにして来た。その全てが今の綾人に降りかかっている。

「ごめん。凄くパニックになっている。今」

「でしょうね。それが普通だと思います。これからの自分を決める事ですので」

「俺からも一つ聞いていいかな。何で千早さんは俺をヒーローに誘ったの」

 それを聞きたい。気まぐれとか、何となく口にする人じゃないから。そこにはきっと明確な理由があって、参考がてら綾人は知りたかった。

「私は最近ヒーローになるべく人は優しい方だと気づきました。あくまで私一人の主観ですけど、第一にそれが大事だと思います。人を想う気持ちが無ければ人を助けられないと思います。なので富田さんには向いていると考えました。富田さんが私に積極的に話してくれたから、今の私が存在しています。今もきっと私は失礼な態度をしていると思います。自分でも感情というモノが判らないので。最初にあなたが私を見捨てなかったから、周りに知り合いが――『友人』が出来て、何よりも美空と再会出来ました。今ではそれがとても幸せな事であるのだと感じています」

 もう昔の千早は居なかった。そこに居るのは様々な経験を得て、再び元に戻ろうとしている人間臭い千早だった。千早の言葉は他の人よりも冷たいけれど、けど千早なりに前を見て進んでいる。生まれたてのひな鳥が命を主張するように鳴くのと同じで、千早も成長しようと必死にもがいているのだ。そんな千早が眩しくてより一層満たされて行く。

「優しいかな、俺。結局色々な人に助けてもらってばかりだし」

「それもまたいいのではないでしょうか」

「今日の千早さんには敵わないな」綾人は笑う。今まで無かった自分に新しい可能性を導いてくれたのだから。「少しだけ考えさせて欲しい」

「もちろんです。それはあなたの人生であるのだから」

「ありがとう。土日もここで練習するの?」

「はい」

「なら俺も来ていいかな。邪魔はしないから。そのー色々と目で見たいな」

「良いですよ。なら、連絡をしましょうか。せっかく連絡先を交換したので」

「うん! お願い」

 千早からそんな言葉が出るモノだから、餌をもらった犬のように綾人は飛び上がりそうになるけれど、グッと堪える。

 結構長い時間話してしまった。気づけば夕方も終わりに近づいていた。これ以上長居するのは千早の邪魔になってしまうと思った綾人は公園を後にして自宅に帰った。

 綾人はまだ気付いていない。自分が将来に真剣に悩み、そして自分から景色を見るために行動するという、今まで背中を向けて来た大きな壁に向き合ったという成長に。


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