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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
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秋6

 秋も半ばになり、夏の暖かさから冬の寒さに衣替えが始まった時期。高校の制服も冬仕様のモノへと代わり一人一人新鮮に見えた。まだ吐く息は白くないけれど、首元を覆う物は必須の寒さである。太陽もそんな寒さを嫌うように、地球から少し距離を置いたことで暗くなる時間も早くなっていた。

 その影響か。最近テレビを点ければ物騒な事件が目に映る事が多い。どれも行方不明事件や殺人事件であり、全て未解決事件となっているらしい。

 クラスに入ると少しだけ不思議な事が起きているのを綾人は最近知った。

春から続いていた悪い空気がここ最近感じなくなったことだ。ギクシャクした空気が無くなったというか、少なくとも皆仲良し! という空気ではないモノの、あからさまな嫌がらせとかは無くなり、平穏なクラスに戻りつつあった。

 そう言えば千早が包帯を巻いていた時があった。その日付近から悪い空気が減っていたのではないか、と今更ながら綾人は気付く。

 何か関係があるかも知れないと思った綾人は、今日千早に訊いてみようと思ったのだが、千早の席はいつまで経っても空席であり、やがて朝の朝礼で担任が「千早は風邪で休み」というのを聞いて欠席だと知る。

 初めての欠席に少し驚くと共に、最近のニュースから少しだけ不安になるけど、千早の家を知らないからお見舞いも出来ない。

 いつもより静かな一日。千早が居る時は、いつも何かしら話していた。最初こそ一言返事とか無視があったけど色々な事を経験して最近は少しだけ話してくれる時間が増えて嬉しかった。

 けれど今日は居ないので何か寂しい気持ちが心を染めていた。何て言えばいいのだろうか。無意識にも毎日千早と会うことを楽しみにしていた自分がいたから、千早が隣に居ると思っていたから、勝手な気持ちなのだけど、裏切られた気持ちというか、会えない切なさみたいのがあって、今日の綾人は少しだけ暗い気持ちでいた。

 なんでこんなモヤモヤするんだろう。この気持ちは一体……?

 暗い気持ちになるのはもう一つ理由がある。それは話し相手が居ないからだ。

 いつもなら勝喜が飛んできて色々と話してくれるけど、夏祭りの日から綾人は勝喜と話していないし、勝喜も綾人を意識してか、こちら側の席には一切来ない。

 このまま話さないで卒業してしまうのかな。不安になるけど、だけど今回の件は勝喜にもいけない部分がある。こっちから頭を下げるのは絶対に間違っていると綾人は考える。

 気づけば高校生活も半分を切っていた。未だに進路希望調査書は白紙で流石に両親や担任が気に掛けてくれるけど、焦っても見つからないし、見つけ方も判らない。綾人のように悩んでいる人が少ないのは、きっと何となく大学に行く。という人が多いからだろうか。勝喜や千早には目指すべき道がある。綾人はこのまま暗闇の道を進んでいいのだろうか――良くないよな。


 放課後になって、今日は担任との面談日であり、将来の夢というか進路について十五分ほど、話したけど進歩は無かった。

 他にも図書室で職業について調べたが、結局見つからずに夕方になってしまった。

 誰も居ない校舎に寂しさが漂って、その静けさには僅かな神秘さを感じ、ここが世界のどこにもない幻想郷のような空間なのだと錯覚する。

「あ」

 扉を開けると最初に映ったのはルビーのように赤く、燃える炎のように力強い夕日だった。

夕日の光が教室を照らして、綾人の席の窓側に立つ一人の男の背中を映した。

「勝喜」

 男の名を口にする綾人。いつぶりに話しかけただろう。多分二か月近い言葉だ。

 綾人の言葉に勝喜はビクッと身体を動かして振り向く。「なんだ」夕日の情熱の赤とは裏腹に冷たい氷のような声音である。

「なにしているの?」

 時刻は夕方五時半。普通の生徒ならもう帰宅している。部活動をしている者ならまだ活動しているが、勝喜はもう引退している。制服を着ている事から部活の手伝いをしていた。という訳ではないようだ。

「別に」そう呟いた勝喜は手を冷たい机に置いた。千早の席だ。「今日は休みか」

「そうみたいだね。風邪って言ってたし」

「そうだったな」勝喜とは思えないほど、落ち着いている声音。

 また沈黙が二人の間を駆けた。綾人はそのまま自分の席に行ってバッグを手にした直後、

 ブゥゥゥ! ブゥゥウ!

 二人のスマホが同時になる。

 ほぼ同じタイミングでスマホを取り出す綾人と勝喜。内容は鈴峰からだ。

『夏海が風邪を引いたんだって!? 聞いたよ! 二人どうせ暇でしょ。これ夏海の家の住所。お見舞いに来て。わたしも用事終わったら向かうから。夏海はプリンが好きらしい……よ』

 という内容と共に住所が書かれている。最後の文章は買っていけという事だろう。

「鈴峰さんからだ。お見舞い」

「行けば?」

 綾人の言葉を汲むように勝喜が紡いだ。

「え、勝喜は?」

「行かねー。やることあるし」

 勝喜のその言葉が嘘か本当か。

「あ、そうなんだ」

 違和感を覚える。今までの勝喜なら千早に対して積極的で情熱的で強引な所もあったけど、もの凄い行動力があったはずなのに、今の勝喜はどうも別人に思える。

「お前、聞いて? その――夏海から」

「え――」

 勝喜の言葉に違和感を覚えた直後、その正体を知って、意識がどこか遠くに行ってしまうかのように綾人の脳の機能が停止した。

 夏海?

 その名前が誰を指すのか、考えなくても分かる。問題は目の前の勝喜が何故そのように呼んだのか、だ。勝喜がたった一言発しただけでここ数か月モヤモヤしていた霧が晴れて、点と点が繋がるように綾人の中で電撃が走った。

 あの夏。やっぱり二人に何かがあったんだって。

 綾人にとってとても残酷な答えが一つだけ浮かび上がる。

「どうした?」

「いや、えっと」

「その反応。やっぱ聞いて無いんだな。あいつから。俺さ、告白したんだよ」

勝喜はポリポリと頭を掻きながら夕日を見つめるように綾人に背を向ける。

 勝喜に何かを言わないと行けなかったけど、綾人は口を結んでしまう。いや、結ぶというよりもそこまで意識が届いていなかった。

 何で、こんなに胸が痛いんだ。棘を呑み込んだように心が傷まみれになっている気がした。痛くて苦しくて、今にも吐きそうだ。

 本当はお祝いしないと行けない。それが今の綾人の出来る行動のはずなのに。けれど勝喜の言葉が指す呼び名。それはつまりそう言う事ってことでだから――

 考えなくても答えが姿をあらわにして、より一層綾人は苦しくなる。

 ――胸を苦しめる答えのない気持ちの正体はなんなんだ。

 気付くと綾人は走っていた。

勝喜を置いて、静かな教室を壊すように扉を強く開けて、誰も居ない廊下を全速力で走って、気付くとどこか知らない所で壁に背を預けていた。

 荒い息が冷たい空気を取り込むことで少しずつ落ち着いて行く。同時にパニックで回路が焼き切れた脳も冷気によってその熱が消え去っていく。

「何で逃げたんだ、俺」

 自分でも理解出来ない行動。目の前の現実が受け止められず逃げてしまった。

将来の夢に恐れて考えないようにしてきた自分を思い出して、何一つ成長していない自分に失望して、絶望して、悲しくなって、今にも泣きそうになる。

 深呼吸を何回もするけど、だけどこの気持ちは晴れないし、どんどん自己嫌悪は増していく。

 膝をついて綾人は顔を沈めてしまう。

 目の奥がジーンと熱くなって何かがこみ上げてくる。

「もう、いやだ」

 心の底から漏れた本当の弱音。綾人は闇に姿を隠すように瞳を閉じようとするが、

『もう着いた?』

 スマホが綾人を呼び戻そうと振動する。

鈴峰からのチャットだ。

こっちの事情を知らないチャットに少しだけ水を差されたみたいに、負の連鎖からちょっと抜け出せた気がする。

『今から行く』

 独りで居るときっともっと苦しくなる。多分今の状態で千早を見たらもっと苦しくなるかもしれないけど、それ以上に千早が心配で何より顔を見たかった。

 ※

 夕日に染まる教室にただ独り残っている勝喜は窓を叩いて、苦しそうに顔を歪めていた。


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