秋2
「なっつみ!」
太陽が真上に昇って暖かい光の雨を地上に降り注ぐ午後一時。
待ち合わせ時間よりも早く来たのは家でジッと出来なかったからだ。
鈴峰は元気な声でこちらに向かって来ている女子、夏海に手を振った。
夏海は特にアクションを起こさずに淡々と鈴峰の隣に辿り着く。
「お待たせ」
感情の込められていない言葉。昔の夏海と比較したらやっぱり別人だ。夏海の見た目をした別人である。けれど目の前に居るのは鈴峰の大好きな夏海なのだから未だに違和感が拭えない。
「行こ、夏海!」
鈴峰はニシシっと大きく笑って夏海の手を握り、歩き出す。
夏祭りの後から再び連絡を取るようになった鈴峰と夏海。
昔のようにはまだ行かないけど、あの日を境に二人の関係は再構築されつつある。
今日は特に何をやるでもなくショッピングモールに行こうと言った鈴峰に夏海が乗って来た。
未だ誰にでも感情を見せない夏海であるが、けれどやっぱり富田や仙田とは違って鈴峰には特別な態度を示している。
紛れもなく昔の自分が心の中で生きている証拠でもあり、夏海も何かを掴もうと鈴峰に歩み寄っているのかも知れない。
九割は鈴峰の意志だが、色々なお店に回った。服屋に化粧品店に。
鈴峰は薄っすらとしたナチュラルメイクをしているけど、夏海はすっぴんだ。それでも可愛いから全然ありなんだけど、やっぱり化粧した夏海も見て見たいと思って鈴峰が誘うけど、案の定乗って来なかった。
それからゲームセンターでプリクラを撮った。
モリモリ設定をした機械の力は凄くて、無表情の夏海の顔を盛りまくった結果、何とも言えない面白写真になって鈴峰はしばらく笑いで腹筋がおかしくなった。その時の夏海はどこか不機嫌そうなのはきっと鈴峰だから感じ取れた小さな表情の変化なのだろう。
「ねえ、夏海は蟹みそまだ好きなの?」
「うん」
「じゃあ今度食べに行こうよ」
「いいよ」
そう言って鈴峰はパスタを口に運ぶ。一通り遊んだ二人はファミレスで休憩中だ。
「ならまた連絡するね」
「うん」
「そう言えば夏海、何でハンカチ二つ持っているの?」
鈴峰は夏海のバッグに視線を落として言う。
ハンカチを持つのは分かるけど、前に二人で出かけた時もそうだったが、何故か夏海は二つのハンカチを持ち歩いている。それも片方は夏海の好みとは違うモノだからより気になった。
「以前、私に貸してくれた人の物。渡す機会が無くていつも持ち歩いているの。どこで会うのか判らないから」
ハンカチをギュッと握って夏海は目を瞑った。
「そっか。同じ学校の人?」
「同じクラス」
「??? なら渡せばいいじゃん。いくらでもあるでしょ、機会」
鈴峰は純粋に疑問だった。見知らぬ人とかなら持ち歩く理由は分かるけど、同じ学校、それも同じクラスなら毎日顔を合わせるだろうし、渡す機会はいくらでもあるはずだ。
「ダメ。私が話しかけたらもっと悪い空気になるから」
相変わらず無表情、無感情だからどのような心境なのか読めない。
「何か色々あるのね。ならさ、富田君とか仙田君に言えば? 同じクラスでしょ?」
「間接的に渡すのは何か違う気がする」
「夏海らしいね」
今の発言に昔の夏海の面影を感じて嬉しい気持ちと懐かしい気持ちが押し寄せて優しい笑みが零れた。
「そう言えば、夏海は受験どうするの?」
「ヒーロー学校に行く」
「ヒーロー学校って未知に包まれている学校だよね。色々な噂があるけど、怖くないの?」
入学者数、授業内容。全てが不明。もしくは噂で埋もれている為、真偽は不明である。
未知で溢れ、世間一般ではバカにされている所に行くのは怖くないのか気になって質問した。けど、質問を口にしてから鈴峰は後悔する。夏海の性格を知っているから。
「私が入りたいから入るだけ」
やっぱり。夏海は少し頑固だから自分で決めた事は曲げない。だから昔に助けられたし、こういった部分が時折見えると昔の気持ちが蘇って嬉しくなる。
「そっか。受験勉強はしてるの?」
「うん。一応基本的な事と実技があるかも知れないからそれもやってる」
「色々とやってるんだね。応援しているよ。ヒーロー目指すのってやっぱり……」
鈴峰の表情に陰が掛かる。心臓の鼓動が少し嫌な鼓動に変わっていく。言ってはいけないことだったのでは、と急に不安になった。
「そう。あの悲劇を繰り返さないため――って昔に富田さんには言ったけど嘘。復讐するため」
「!!」
言いそうにない言葉がサラッと夏海の口から零れて、胸が締め付けられたような痛みに襲われる。こんな事を言う子ではなかったのに。それほどあの日起きた悲劇は夏海を変えてしまった出来事なのだと再認識する。
「と思ってた。けど、今は判らない。自分がどんなヒーローを目指したいのか。何が正しいのか。分からなくなっているの」
「何でそう考えたの? 夏海が自分の考えに対して疑問に思う事ってあんまり無かったじゃん?」
「そうね。自分でも分からない。ただ、ハンカチを貸してくれた人が言った言葉が心に突き刺さって、たまに痛くなるの。その痛みが自分の考えに響いて悩む」
「へぇー。何か凄い人なんだね。その人。今度会わせてよ」
「……それは無理かもしれないけど、善処するよ」
声音が少し暗くなった夏海は、どこか自信なさげだった。夏海にも色々とあるのだろうと察したから追及はしない。
「美空は今後どうするの? 受験」
「もう決まってるよ。メンタルケア心理系に行こうと思ってる」
「メンタルケア?」
「そう。前も言ったけど凄い後悔しているの。あの時夏海を追わなかった事。もっとわたしに知識とか行動力とかあったらきっと違う未来になっていたんじゃないかってよく考えてた。あの二人を見て改めて色々と考えさせられたわ。でね、どんな人も抜けられない絶望に膝をついてしまうことってあると思うの。そういう人を助けられる人になれたら良いなって思って、目指す事にしたんだ」
鈴峰もまた夏海が変わったあの日以降、変わった一人だ。
夏海を追う事を諦めた自分。何も出来ず時間が経って行くもどかしさ。夏海と会えなくなって苦しんだ日々。それらがあの頃の後悔に繋がって鈴峰は高校に入ってすぐに将来の夢を決めた。
いつか会う夏海に、そして同じ目に遇ってしまった人たちを救うために目指す事にしたのだ。
「私のせい?」
「違うよ。これはわたしのため。それに夏海はいつも抱えがちだからヒーローになって苦しむ時が来るかもしれない。そしたらわたしが治してあげるよ。今度こそ、ね?」
「……」
「浮かない顔すんな」視線を落として晴れない顔をする曇り空の夏海の頬をむぎゅッと摘まんで、「ヒーローなるんだろ? だったら前向きなよ。夏海ヒーロー!」ニコッと太陽のように鈴峰は笑った。
二人の関係はまだバラバラだけど、一つの光が差しつつあるのは間違いないはずだ。




