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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
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本気の姿勢


 最後のチャイムが鳴る時にはクラスの雰囲気は回復しており、傍から見たら何もなかったよ

うに見えるだろう。けれど内情は違う。明らかに女子たちは本音か不明だが、ボスである佐々

木の元、千早に対する視線が変わった気がした。

 だからって何が出来る訳でもない綾人は、いつものように勝喜と少し話してから勝喜は部活

に、綾人は委員会の仕事をしに、何も変わらない放課後を過ごす。

 再び教室に戻って来たのは夕方五時を過ぎた頃だった。既に誰も居ない教室に一人で居ると

世界に置いて行かれてしまったような妙な寂しさが心を満たした。

 実際はそんな訳なく、しばらくすると吹奏楽部の楽器音や野球部の汗臭い声が聴こえて来て、

自分の居場所を再確認する。

 荷物を背負って教室を出る前にもう一度教室を見渡す綾人。

 今まで空席だった自分の隣に座った新たな住人。彼女は誰もがバカにし、ネタとして扱われ

る『ヒーロー』を目指していると言い張って、それがきっかけにひと悶着があった。

 今日一日で起きた出来事はここ数か月で一番の内容であり、何もしてない綾人も何だか疲れ

てしまった。

 とにかく無事に一日終えた事に安堵の息を漏らして綾人は学校を後にした。

 綾人の家は徒歩で三十分程離れた場所にある。道路沿いをずっと歩いて、人気の少ない裏道

をただ真っ直ぐ進むと家に着く。

 静かで人の気配のない裏道が綾人は好きだった。特に裏道を半分ほど進むと見える大きな公

園を気に入っていた。

 大きな公園なのに何故か子供はいなくて、そのせいで公園内にある遊具はどれも錆び付いて

おり、遊ぶにはそこそこのリスクが問われるだろう。

 子供が寄り付かない公園という何で存在しているのか不明なミステリアスさが綾人は好きだ

った。

 何よりも公園の真ん中にそびえ立つ大きな桜の木。立派に桜色の命を開花させて、見る者全

てを魅了する力があるはずなのに、花見をしている人を見た事ない桜の木がお気に入りだ。


「あっ……」


 綾人は公園の前で足を止める。一つの変化に気づき、その変化に意識を持ってかれたからだ。

 それは誰も居ないはずの空間なのに、静寂しか住み着いていないはずなのに、今日は違った。

 大きな桜の木の下。一人の少女が、剣を振っている。

 花粉症対策のメガネみたいな透明で目元を完全に守れるメガネを付けて、真っ白な木刀に似

た剣を振るっていた。

 少女が振っている剣やメガネを綾人は見た事があった。

 政府が販売を決定し、大きな波紋を呼んだ剣だ。いずれ訪れる悪を倒す為、ヒーロー学校を

目指す者たちを対象に販売した剣。そしてVRを用いた仮装空間を展開させて実戦練習をする

メガネ。

 なかなかの値段であり、尚且つ『ヒーロー』という存在すら認められていない職業のために

販売したものだから、大きな波紋を当時呼んでいたのを覚えている。

 一応ゲーム感覚で多少は売れたようだが、半年ほどで販売が停止した幻の品。

 それを見に付けた少女が公園で素振りをしている。

 顔は判らないけど綾人は少女が誰なのかを薄っすらと解っていた。

 しばらく素振りをする少女を眺めていると少女は足を止めて、メガネを外す。

 咄嗟に綾人は悪い事もしていないのに姿を隠してしまう。

 壁越しに気づかれないように忍者の如く綾人は覗く。


「やっぱり」


 ボソッと綾人は声にならない声で呟いた。

 メガネを外したことでハッキリと見えた顔。それは見た事ある顔で今日の教室で色々な意味

で注目された転校生、千早 夏海であった。

 千早の額には汗が垂れており、息も荒い。

 学校のバッグが桜の木に立て掛けてある事から、家に帰らずここに寄った事が判った。

 息を切らした千早はバッグから水筒を取り出して喉を潤し、また再びメガネを付けて自分の

世界に戻って行く。

 一連の流れを何故か気配を殺して眺めていた綾人は、静かにその場を後にした。

 判らないけど何故か胸が熱くなった。空っぽの心がざわざわとしている。


「本当に目指してるんだ、ヒーロー」


 妙な興奮を宿したまま綾人は帰路を歩いた。


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