夏祭り2
電車の窓に映る自分がまるで別人みたいで少し可笑しくなる。
今日は夏祭り。行く予定は無かった。というか自分は行っちゃいけないって思っていたけど、いつも控えめで弱弱しい富田が鈴峰の背中を押してくれたから、鈴峰も勇気を出して行く事にした。
不安と緊張で一日落ち着きの無かった鈴峰は、気を紛らわすために浴衣を着たり、いつもはしない編み込みヘアーにしたり、うっすらと化粧したり。そうした結果まるで別人のようになってしまった自分が可笑しかった。
「気合い入ってるって思われたら嫌だな」
ボソッと小さく呟いてから一度空気を思いっきり吸う。心臓の鼓動が速くて速すぎて、血管を通してその鼓動が身体全体に響き渡る。
夏海――
鈴峰は電車を降りて待ち合わせ場所に向かった。
そこには三人の人が立っていた。
富田君に、仙田君に。それから――
「お待たせ」
自分でも声が出なかった事に驚いたけど、意識はそれよりも視界の先の人物に注がれる。
「夏海」
ボソッと呟くと鈴峰の足は生まれたての小鹿のように震えていた。心臓が口から出そうで、ここ数年溜めに溜めた気持ちが絡まって、ぐちゃぐちゃになって、外の世界に旅立とうとしている。
その後に何て言葉にしていいか解らなくて頭が真っ白になった。
瞳が震えて奥歯を噛みしめるけれど、涙が溢れて。
何か言わないとって思って、名前を呼ぶ。
彼女の顔が瞳に映るたびに脆い壁のように崩れそうになる。
嬉しくて嬉しくて。心の底から叫びたくなった。
「なん、で」
夏海は目を震わせて自然と一歩後ろに下がってしまう。
夏海を見て不安が頭によぎったけれど、それでもこの場に居る事が嬉しくて嬉しすぎてもう一度名前を呼んだ。
「夏海」
※
何で、何で、何で、何で。
千早は目の前の景色が意味分からな過ぎて、何も言葉が出ない。
今日はヒーローのヒントを探すために、仕方なく来た祭りなのに、三人って話だったのに、何で、何で目の前に居るの――美空!!
「夏海」
震えた声音で涙を浮かべて、だけど本当に嬉しそうなぐちゃぐちゃな顔で、美空は千早の名前を呼んだ。
呼ばれるたびに、壊れてバラバラになった心の欠片が共鳴するようにお互いを求めるようと動き出す。その度に壊れてしまう前の記憶が、降り続ける雨のように脳に蘇る。
表現出来ない感情が様々な形に変化して行くのが分かって、得体の知れないそれに恐怖して、目の前の現実が受け止めきれなくて、千早は背を向けてしまう。
「待ってよ、夏海!」
美空が叫ぶ。悲しみの声で。
けれど千早は歩く。ゆっくりと恐怖で震える足で少しだけ。
「――!!?」
背中が急に暖かくなった。グスンと鼻を啜る音がすぐ後ろで聴こえる。
「独りぼっちにして、ごめんね」
千早の服をギュッと握りしめて、顔を沈めて、一生懸命泣くのを抑えようとするけれど、我慢出来ずに泣いてしまう美空。
千早の事を想って、自分のしてしまった罪を白状するように言った。
――何でそんな事を言うの。私が勝手に居なくなったのに。何で謝るの。何で私の事をいつまでも待っているの。
足が止まった。頭の中は『何で』でいっぱいだった。
独りになったのは自分なのに、なのに自分を責める美空の言葉に胸が張り裂けそうになる。
美空の涙一粒一粒に色々な想いが詰まってて、その一粒一粒が千早の服に零れ落ちるたびにこの数年美空がどのように想って過ごして来たのか、頭に浮かび上がる。
苦しみが、悲しみが、悩みが、不安が。繋がるように千早の胸に染みわたって、自分がしてしまった事の大きさを知る。
両親を失って、自分を失って、全てが壊れて、先が見えなくなって、途端に『失う事が怖くなって』だから、両親と同じぐらい大切だった美空を失うのが怖くて、失うぐらいだったら独りを選んで、何も言わずに千早は姿を消した。
その後も数か月は美空から連絡が来た。無視をするたびに胸が痛くなったけど、それもいつからか来なくなった。ホッとした反面悲しくもあった。
千早は美空を想って行動していたつもりだった。
そんなの都合の良い解釈だ。自分が現実から逃げるために美空を言い訳にした自分の弱さだ。
結果、千早は独りで傷つかず、美空はずっと苦しみ傷ついた。
美空の事を知って、自分の過ちに気づいて、壊れてしまった千早はいつの間にか膝をついて、人混みに紛れて泣いていた。
あの日以来の涙。久しぶりの感覚。自分でも涙の感情を忘れていて戸惑ったけど、それ以上に胸の中はいっぱいだった。
「謝らないでよ」
自然とそんな言葉が出た。
「ごめんね。ごめんね。わたし怖かったの。夏海に嫌われるのが。だから追うのを辞めて、諦めようとしてた。けど無理だった。ずっと夏海が好きで楽しくて忘れられなくて。会うのが怖かったけど、富田君に言われて来たの。一番辛いのは夏海なのに、一番の親友なのに、手を離してごめん――」
「違う! 違うよ! 私が勝手に逃げたの。自分の行動を正当化するために美空を傷つけた。あの日、私の全てが壊れて判らなくなって、逃げたの。ごめん、ごめんなさい!」
気づけば千早は大きな声を張って、大粒の涙で胸から溢れ出る言葉を吐き出していた。
自分であって自分ではないような。
今の自分と過去の自分の言葉が混ざってそんな言葉が出たのかも知れない。
もう自分でも分からなかった。
ただ一つ分かった事は、千早と美空はしばらく人の目を気にせずにお互いに謝りながら泣いていた事だ。




