すれ違い
今日は委員会の仕事で遅くなり、いつものように一人で帰ろうとした。千早は多分いつもの公園で猛暑の中、汗を掻きながら頑張っているだろう。
彼女は凄い。どんな天候でも変わらずに頑張っている。凄いけど、少し心配になる。
「おい、綾人!」
下駄箱に着くなりバッグで軽く叩かれた綾人は顔を横に向けると、ニヤリといつもの純粋な子供のような笑みで「よお」と手を挙げた勝喜と出会う。
「勝喜! そっか。部活無いのか」
「ああ、なんだ、嫌味か?」
「違う違うよ。で、どうしたの」
「一緒に帰ろうと思ってさ。たまには?」
「珍しいね」
「まあやっと落ち着けたからな。どーせ千早の所通るんだべ? そこまで一緒に行こうぜ」
勝喜は何も変わらない声音で言ったのだけれど、そんな言葉に綾人は傷ついた。
千早の場所に行くまでの付き合いか。
いつからか、勝喜はどこか遠くの人のようになってしまった気がする。何と言うか、千早にばかり興味が行き、どこか綾人に冷めた態度を取っているような気がしてならない。
「いいよ」けれど断る理由はないので、一緒に歩き始める。
たわいもない今まで通りの会話がしばらく続いた。その過程で綾人は夏祭りの事を口にする。
「勝喜、夏祭りありがとうね。また機会を作ってくれて」
「なんだよ。いきなり」
「いや、いつも良い意味で千早さんを巻き込んでくれて助かるなって。俺もそのくらい行動力が欲しいよ」
「急にどうしたよ。これは嘘とかじゃねーけど、俺は俺の為にやってるだけだからさ」
「? そっか」何か違和感を覚える。「ところで夏祭りって何人で行くの?」
「そりゃあ、俺とお前と、千早だよ」
「鈴峰さんは?」
「誘ってない。てか誘っちゃダメだろ」
勝喜の声音が少し尖る。
「何で?」
「何でって。千早と鈴峰って何か色々とあるんじゃねーの?」
「そ、そうだけど」
事情の知らない勝喜を思い出して綾人は視線を沈めた。
「なら誘えねーだろ。それで千早と鈴峰が嫌な思いしたら全部台無しじゃん」
「確かにリスクはあるよね。でも俺、鈴峰さん誘っちゃった」
「は?」
綾人の予想だにしない唐突な言葉に勝喜は、眉を顰めて尖った声音と戸惑いの言葉で綾人を睨む。
勝喜の足取りがドシンと強く地面を蹴る力強いモノへと変化した。
「鈴峰さんのおかげで今の状況に居ると思うんだ、俺も勝喜も。そして千早さんも。勝喜だって見たでしょ。中学時代の二人。鈴峰さんはいつも遠くから俺たちを応援して来てくれた。だからさ、そろそろ鈴峰さんの背中を押す時だって俺は思っている。今まで色々と救ってくれたから。だから誘ったんだ」
「何でお前、勝手なことしてんの?」
勝喜のあまりにも分かり易い怒りの言葉。喧嘩したことの無い二人だったから、少し綾人の足取りが重くなる。
「確かにさ、鈴峰のおかげの部分はあるよ。けど、それはお前が中心じゃないのか。俺は自分の意志でやってきたつもりだ。鈴峰と千早の過去に何があったか俺は知らねぇよ。お前は知っているだろうけどよ。別に言いたく無ければ言わなくていい。でも、千早が拒絶するのに無理に会わせるのは間違ってんじゃねーのか。俺は夏祭りを楽しみたい。鈴峰には悪いけど、鈴峰の存在でそれが壊れるのは最悪だ」
「けど、待ってよ! 決めつけは良くないよ。千早さんだってきっと鈴峰さんを見れば」
いつもなら退くはずの綾人が一歩踏み込んであまり出さない声を頑張って出したものだから勝喜は戸惑いを見せるけど、歯を食いしばって顔を近づける。
「お前こそ決めつけてんだろ! 千早の気持ち。お前は確信してるのか? 二人が昔みたいになれるって。それとも何か。お前は知ってて俺の知らない二人の過去がその強気の意志に関係あるのか!? なら聞かせてくれよ。その過去を!!!」
「それは……出来ない」
綾人の声は急激に弱くなる。風に吹かれる炎のように弱々しく見ていて不安な声だ。
綾人の弱くなった態度に勝喜は鼻で笑って、
「ほらな。言えねぇんだろ。あの時、ファミレスで鈴峰と綾人は上手く隠せたと思ったかも知れないけど、バレバレだったぞ。他にも千早の何かをお前は知ってるよな。俺の知らないモノいっぱい知ってる。それをあからさまに隠される俺の気持ち分かるか?」
「そ、そんなつもりじゃ――ごめん」
否定しようとしたけど、通せなかった。だって、秘密にされるのはとても悲しいから。きっとその時感じた疎外感は、あの日を境に二人に何か変化があった勝喜と千早をただ眺める事しか出来なかった自分と同じものだと感じ取ったから。
「ッ」勝喜は奥歯を強く、強く噛みしめる。「お前さ、千早の事どう思ってるんだよ?」
「千早さんの事。どうって、何が」
「ああ、もう良いわ。何で気づいてねぇんだよ。何でそんなやつが俺よりも知っているんだよ!」
勝喜は早歩きをして綾人を置いて行く。
「もういいわ。先帰る。鈴峰の件も好きにしろよ。俺は失敗すると思う。それでぶち壊しになったら、俺はもうお前と――じゃあな」
勝喜の背中を見ながら綾人はただ立ち尽くしていた。勝喜の背中は怖くて冷たくて、いつもいたずらっ子のように笑う勝喜とはまるで別人のようだった。
勝喜のそんな背中を見て、綾人は思う。
――最近の勝喜は、何か嫌いだ。




