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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
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過去の縛り


 教室に着くなり、サッカー部が昨日の試合で負けて、三年生の引退が決まった事を知った綾

人は勝喜になんて声をかけたらいいのか解らずにいた。

 チャイムが鳴る少し前にサッカー部の三年生たちが一斉に校舎に姿を現した。きっと、最後

の朝練で後輩たちに全ての想いを託したのだろう。

 それぞれが所属するクラスに生徒たちが帰って行く。


「うい!!!」


 バタンと扉が勢いよく開くと勝喜が、ニッコリとした笑顔で立っている。

 夏の太陽のように明るくて、勝喜の事を心配していたクラスメイトたちは想像と大きく異な

る勝喜の態度にしばらく何とも言えない顔で固まっている。

 綾人も同じで、勝喜の何ら変わらない態度にしばらく気持ちの整理が付かなかったが、そん

な綾人の心境を知らない勝喜はいつものように綾人の席に歩いて来る。


「昨日はそのー、ごめんな。ビックリさせて」


 勝喜が最初に話しかけたのは千早であった。


「いえ、大丈夫です」


 千早は相変わらずの平常運転である。


「昨日、何かあったの?」

「お、綾人。別に大したことじゃねーよ。てか負けちまった。がっはっはっは!」


 何かモヤモヤする綾人であるが、正体は判らない。


「お疲れ様。雨の中の試合だったんだよね。聞いたよ、勝喜が先制点を決めたって」

「まあな。あの劇的なシーンに全米は泣いたよ」

「ははは……そう」


 どんな姿でクラスに顔を見せるのか不安だったけど、何ら変わらなくてホッとした。


「負けちまったけど、収穫もあったんだよ」

「収穫?」

「そう。俺さ、自分には何も無いと思ってたけど、あったわ。好きなモノ。将来とかテキトー

に決めよって考えてたけど、スポーツ系に行こうと思ってるんだ」

「え、そうなの?」

「ああ。昨日負けて、そんでいろいろ言われて気付いたわ。俺サッカー好きなんだなって。だ

から、やれることはやってみようかなって」


 勝喜は途中照れくさそうに千早に意味深な視線を送っていたが、綾人は気付かなかった。

 それよりも綾人の心は林がざわつくように落ち着きの無い風が急かしていた。

 勝喜にも将来の道が見えている。

 千早ほど明確ではないけど、きっちりと自分の将来を見つけ始めている勝喜の顔は眩しくて、

綾人は直視する事が出来なかった。

 ――あんなに悩んだのに、自分は未だに見つけられていない。

 悔しさ、不安、嫉妬、心配、恐怖。今まで思い出さないように胸の奥で封印していた負の感

情が一気に綾人に押し寄せて、現実という壁が再び目の前に現れた。


「んで、負けちまったことで部活も終わり。残り僅かの高校生活に向き合えるってことでこれ!」


 勝喜が後ろポケットから取り出したシワがある一枚の紙。


「夏祭り。みんなで行かないか?」


 勝喜は目をキラキラさせて綾人を、そして千早を見る。


「夏祭り、か」

「そうそう。まあ受験とかもあるけど、一旦それは置いてさ。最後の夏楽しまねぇか?」

「俺はいいけど」


 正直、勉強をずっとしていても何も変わらない気がした綾人は、何か変化を求めて半ばやけ

くそであったが、ヒントを得るために夏祭りに参加する。

「私は、遠慮しま――」

「まあまあ。千早もヒーローの勉強とかで色々あるかも知れないけど、いいじゃんか。せっか

く最近仲良くなれているんだし。何かヒーローについて考え方が変わるかも知れないぞ」


 多分何も考えずに言った言葉に千早が一瞬ビクンと身体を震わせた。


「ヒーローの考え」ボソッと珍しく独り言を口にした千早は口に手を当ててしばらく考える素

振りをし、「分かりました。参加しましょう」


 まさか過ぎる言葉に驚く綾人と、やっりぃ、っと指を鳴らして千早に色々と話かけている勝

喜を見ていると、どこか別世界の二人に思えて少しだけ疎外感と共に行く気が薄れた。


「じゃあ詳しくはまた後でって言う事で。じゃあな」


 勝喜は嬉しそうに少し弾んだ足取りで席に帰って行く。

 

「ということで、夏祭りに行く事になったんだ」


 太陽が傾き始めた時間帯。第一ボタンを外して少し緩めに着ている制服の胸元をパタパタ仰

ぎながら綾人はドリンクを一口喉に通す。

 今日も太陽は素晴らしい元気を発揮しており、セミが喜ぶ以外誰もが猛暑でヤラれている。

 毎回毎回同じファミレスに通う事で店員の顔と名前を覚えたが、それはあちら側も同じだ。

来るたびに言葉では歓迎されているが、顔が迷惑と言わんばかりの顔をするようになったので、

少し申し訳ないと思った綾人は、お小遣い日ということで、中々の量を注文した。そのおかげ

で少しだけ店員の顔が優しくなったように思えた。


「へぇー。良かったじゃん。もう夏休みでしょ?」

「うん。そうだけど」

「なら行って来ればいいんじゃない? 何をそんな浮かない顔をしてるのよ」


 ソファーに寄りかかった綾人の会話相手である鈴峰は、特に表情を変えず言った。


「いや、そうなんだけど……」

「何、うじうじしてるのよ! 主語を入れなさい。主語!」


 綾人の先の進まない遠回しの言い方に苛立った鈴峰は少し声を張る。綾人は咄嗟に目の前の

ポテトを手に取って鈴峰の口に押し込んだ。「うん、美味しい」


「だからさ、鈴峰さんは来ないのかなって」

「え、わたし?」

「そうだよ」綾人はズボンがしわくちゃになるぐらい強く握りしめて、変な汗を背中に掻きな

がら勇気をふり絞る。「このままでいいの、鈴峰さんは」


 自分の意見を言うのはとても勇気のいる事だ。特に綾人のように人とあまり話さない人にと

っては、とてつもない高さのハードルを飛ぶのと同じ怖さがある。

 けれど綾人は勇気をふり絞った。今の状況が続く事は絶対に間違っていると思ったから。


「いいって。何が?」


 今度は鈴峰が進まない会話をする。何を言いたいのか分かってとぼけているのか、それとも

本当に分かっていないのか。


「だから千早さんとだってば!」


 今度は少し声を張った綾人に、はいはい。みたいなテキトーな態度で鈴峰が綾人の口にポテ

トを放り込んだ。「うん、旨い」別に求めていないけど、まあ嬉しかった。


「そんな事言ったって」


 鈴峰はがらりと不安定な天気のように表情を曇らせる。

 そのような表情をちょくちょくするから綾人は間違っているという答えに辿り着いたのだ。

 鈴峰は少し強がりだ。だけど彼女の本心はふとした瞬間に瞳に、空気に、顔に出る。

 鈴峰の内心を考える度に、胸が締め付けられるような痛みをいつからか綾人は覚えた。


「夏海は私のことをきっと――」

「だから何で急に悲観的になるのさ。もっと鈴峰さんは背中を押してくれる人じゃん。多分」

「多分って。おい!」

「鈴峰さんのおかげで千早さんと仲良くなれたよ。千早さんはどう思っているは解らないけど、

俺は仲良くなれたと思っている。勝喜のおかげもあるけど、でも全てのきっかけというか、鈴

峰さんが居たからこそ今の状況があると俺は思っているよ。少しだけ会話が増えた事も、出か

けられたことも、写真を取れたことも。全部のきっかけは鈴峰さんだよ」


 綾人の真っ直ぐとした真剣な顔に鈴峰はポテトをゴクリと呑み込んで渋い顔でため息を零す。


「それは言い過ぎ。確かに気にかけてねって言ったよ。色々と夏海の話もした。けど、全部行

動したのは富田君と仙田君だよ。私は何もしてないよ」


 あはは、と力の無い笑みを零した鈴峰。


「ごめん。そう言うよね、鈴峰さんは。じゃあ質問を変えるね。鈴峰さんは今の状況で満足し

ているの? このまま千早さんと疎遠でいいの?」

「どうしたの今日の富田君。別人みたいだよ?」

「自分でも思っているよ。変だなって。でもいつまでも誰かの後ろで頷くだけは嫌だなって思

って、まだ行動とか小さいけど変わって行かないといけないって思ったんだ。その最初の一歩

というか、ずっと気になっていた事だからさ。だから、教えてよ。鈴峰さん」


 未だに綾人は自分のズボンを強く握りしめている。その手は汗でびっしょりだ。


「そりゃあ、辛いよ。苦しくて、寂しくて、不安だよ」鈴峰は綾人から視線を外すと、窓を眺

めた。澄んだ空を自由に飛ぶ小鳥たちを追うように視線はどこか遠くを見ている。「わたし凄く

ワガママなんだ。富田君たちに気にかけてねって言ったけど、三人で出かけたり、写真撮った

り。その話を、画像を見て嬉しい反面凄く苦しくなったんだ。あー何でわたしは居ないんだろ

う。仕方のないことだけど、でもやっぱり寂しくなるんだよね。気づけば昔の動画ばかり見ち

ゃってさ。夏海が君たち二人によって少しずつ変わっているのは判るよ。話とか聞いていれば。

凄く嬉しい。嬉しいんだけどさ――」


 鈴峰の声音は徐々に震えて行って最後には瞳から涙がこぼれ落ちた。「あれ、何で、涙なんか」

自分でも理解出来ずにえへへと笑いながらその涙を拭くけれど、鈴峰の想いとは裏腹に涙は止

まらない。


 ――これが彼女の抱えていた本心なんだ。


 分かっていた事だ。一番の仲良しに忘れられ、たった一人、叶うことの無い想いを胸に宿し

て千早が居なくなったその日から彼女は悩み、考え、苦しんで想っていたのだ。それがやっと

綾人を通して少しずつ叶い始めたけれど、けれどその輪の中に鈴峰は居ない。

 誰よりも想っていた彼女が届かないモノをただ見ているなんて辛い以外無いだろう。

 本当はもっと早く行動に移すべきだったんだ。綾人にもっと勇気があれば。


「ほら、やっぱり辛いんじゃん」

「違う、これは……」

「違くないよ。心が泣いているもん。嘘ついても気持ちは嘘をつけないんだよ。もう我慢しな

くていいよ。今までこんな俺に助言とかしてくれてありがとうね。今度はこんな情けなくて弱

い俺だけど協力させてよ」

「……う、うん。わたし、わたし、会いたいよ。夏海に――!!!」

 鈴峰は顔を腕で隠してグスンと鼻を鳴らして震えた声で答えた。

 いつもと変わらない世間話が通うファミレスで、彼女は泣いて全てを吐き出した。

本日はここまで。次回は次の土曜日予定です!

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