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将来の夢はヒーローです。  作者: 死希
交差する夏
20/47

自己紹介


朝があまり強くない綾人は、今日は引っ張られるようにスッと起きれた。寝起きも最高だ。

今ならステップを踏みながら階段を降りれる気がする。もちろんやらないけど。

 今日は奇跡の日。千早との食事会。勝喜と三人で。

 意識すると妙な緊張感が心臓の鼓動を急かす。

 綾人なりに精一杯のオシャレをして出発しようとした時に、昨日寝て返せなかったチャット

が数件ある事に気付く。


『夏海に変な事しないでね。それと撮れたらスリーショットおなしゃす!』


 鈴峰のチャットから始まり、勝喜がそれに答えてそれから少しだけ続いたチャットをスクロ

ールしながら綾人は目に通す。


「そう言えば鈴峰さんはいいのかな、千早さんと――」


 そこまで口にしたが、再び口を結ぶ。

 千早と会いたいはずだが、現状会う事は叶わない。それを知っているから口にするのを綾人

は辞めた。

 けどいつか、二人を会わせてあげたい。

 密かに綾人はそう思っていた。こうして休みの日に千早に会えるのも、話す機会やその勇気

をくれたのも情けないが鈴峰が居たおかげだ。そんな彼女が、あんなに仲良かった千早に会う

ことも出来ず、知られずに裏方で終わるのは絶対に間違っている。

 いずれ綾人はあの時の二人のような日が来る事を密かに願っていた。


 ※


 待ち合わせをするとだいたい一、二分程遅刻する勝喜であるが、今日は誰よりも早く待ち合

わせ場所に着いた。

 場所はショッピングモール。地元にある有名なショッピングモールで道路をまたがった巨大

施設に売っていない物などほとんど無い。

 とりあえずここに来れば時間が潰せる。という理由でカップルとか中高生の客も多い。

 きちんとした場所を決めないと迷子になる。今のご時世、スマホがあるから常に連絡が取れ

て会えないということは無いけど、心配性な綾人が勝喜と千早に伝えてこの場所に決まった。

 待ち合わせ時間より十五分程早く到着したので、もちろん誰も来ていない。なので勝喜はし

ばらくスマホをいじっていると、


「おはようございます」


 誰かが隣で囁いたことに気づいた勝喜は、スマホからそちらに視線を移す。

 快晴な空には雲一つない。青い空がどこまでも続く。そんな空を見ていると自分が海の中に

いるような錯覚を起こす。快晴の下、長い髪を首元に流し、白をベースとしたシンプルな服装

をした女の子がいた。ぱっちりした目元の奥には何も感じない不気味さというか、冷たい氷の

ような温度を感じ取る。


「あ、お、お」


 コミュ力マックスのリア充属性勝喜でも、綾人のように口の中が言葉の渋滞で何一つ発する

事が出来なかった。

 一度深呼吸をして渋滞を整備し、


「めちゃくちゃ可愛いな」


 挨拶なんて二の次。とにかくこの言葉を最初に千早に伝えたかった。

 目に入った瞬間、心の中で何かが開花する快感を覚えた勝喜は、気付くと頭の中がその言葉

でいっぱいになって苦しくなった。

 勝喜の言葉を聞いても千早は一切表情を変えず淡々としている。


「結構早いね。来るの」


 腕時計を見ると待ち合わせ七分前。勝喜が言えた事ではないが、千早も中々早い。


「あなたの方が早いじゃないですか」

「あはは。言われると思った。今日が楽しみでね」照れ臭そうに笑う勝喜。

「そうですか」

「千早は?」

「普通です」

「俺的には嬉しかったけど少し意外だったかな。こういうの絶対来てくれないと思ったから」


 こちら側が半ば強制で作ったテスト対決。何とか勝利してこういう状況になっているが、千

早からしたら迷惑しかないはず。なのでそこを突かれたら正直こちら側は言える事が無かった。


「約束でしたので」

「本当にありがとな。代わりに今日は千早にとって何か残る日にしてみせるよ」


 勝喜がにっこりと太陽のように笑っても千早は何一つ変わらない。

 勝喜自身、千早に対して特別な想いを寄せていた事に最近気付いた。

 最初は本当に興味本位だった。けど見ているうちに少しずつ引き込まれるように心が吸われ

て、今に至る。

 ヒーローの練習を公園でしている。綾人とは別に一度勝喜もその光景を見た事があった。

 桜が散りながら剣を振る冷たい少女のそれを眺めていると少しだけ切なさで胸が痛くなった

のを覚えている。

 勝喜は千早を何も知らない。きっと綾人よりも。

 だからこそ気になったのかも知れない。ミステリアスで周りに媚びなくて、きちんと自分の

歩む道を見据えている。

 きっとそんな所に心を奪われたのだ。


「あ、お待たせ!」


 背後で聴こえた声に勝喜は振り返る。綾人だ。

 いつもよりも気合いが入っていると分かりやすい服装。

 綾人は千早に対してどう想っているのか。本人は気付いていないだろうけど、あの恰好を見

たら勝喜は気付いてしまう。それに誰よりも一緒に居るから尚更。


「あれ、勝喜。今日早いね」

「まあな。だって楽しみだったし」

「では、行きましょう」


 千早がボソッと呟いた事で綾人の視界にも千早が映ったようだ。

 勝喜以上に免疫のない綾人は、言葉以前に顔面を真っ赤にしてまさに梅干しの擬人化状態だ。


「あ、ちょっと待って。飯の前に服とか見ていいか」

「いいね」と綾人。

「約束が――」少し眉をピクンとした千早。

「もしかしてこの後用事とかあるの、千早?」

「いえ。無いですけど」

「だったらいいじゃん! 今日は息抜きデイということで」


 こういった場面でただ食事をして帰る。というのはあまりにももったいない。

 綾人は気付いていないかも知れないけど、今日は勝負時なのだ。

 この日を逃したらまた何も変わらない距離感で千早と過ごす事になる。それだけは阻止しな

いと行けない。今日は綾人の活躍によって勝ち取った変化を遂げるきっかけの日なのだから。

 ここで少しでも千早を知るため、仲良くなるために勝喜は誰よりも考え、考え抜いた。

 勝喜らしい言い方でその場を自分のペースに巻き込む。こうなれば勝喜のモノだ。


「とりあえず行こう!」


 勝喜は千早の手を引っ張って綾人と共にショッピングモールの中へ。

 広いショッピングモールで目を回すことなく、何度も来たことのある言ってしまえば庭のよ

うな場所で勝喜を先頭に二人を色々と連れて行く。

 まずは服屋。何件か回って買いはしなかったけど、こういうのは寄る事に意味がある。

 ゲーセンとか、スポーツ用品店とかにも足を運んだ。


「そう言えば勝喜、大会のほうは順調なの?」

「まあな。次勝てば全国」

「マジで?」

「フフフ、俺が居るんだぞ。あたりめーだろ!」鼻を伸ばして大きく笑う勝喜。


 最期に映画。見たい映画があると勝喜が言ったので綾人も乗っかる。

 千早は過程で世間話を挟みつつも食事のことを言って来たが、そこは上手く回避して少しで

も一緒に居る時間を増やそうと勝喜と綾人は努力した。

 結果、どこかで千早も諦めたのか、それとも少しは楽しんでいるのか。勝喜の暴走にあまり

言葉を言わず、結構すんなり映画にも参加してくれた。


「流石にご飯にしませんか」


 青春感動系の映画だった為、目元を赤くした二人とは裏腹に何事も無かったように立ってい

る千早に少しだけカッコいいと尊敬の眼差しが向いてしまう。


「そうだね。って、もうこんな時間かよっ!」


 昼を過ぎて、流石に空腹になってきた三人はご飯にする事に。


「千早さんは、何が好きなの?」


 ここは意外にも綾人が最初に口を割った。

 何故かズボンをギュッと掴んで勇気をふり絞ったような素振りでその言葉は若干震えていた。


「蟹みそが好きです」


 淡々といつものように答えた千早であるが、その言葉と容姿、態度からは何一つ結びつかな

くて脳の方が混乱を起こす。


「ごめん、千早。何が好きなの?」

「蟹みそです」


 うん。聞き間違いではない。

 綾人も困り顔で鏡を見ているかのようだった。


「だったら、そうだな……あそこに回転寿司あるけど、行くか」


 勝喜の頭の中では千早の好物のある店に行く。というプランがあったのだが、まさか過ぎる

好物発言にとりあえず何か言わないと、と思い、視線の先にある回転寿司を選んだ。

 このメンバーというか、きちんと確立していない仲の状況で回転寿司というのは少しミステ

イクだと思ったが、もう遅い。妥協しよう。

 店に入ってテキトーに寿司をタッチパネルで頼んだり、自分で取ったり。言葉通り千早は蟹

みそを七割ぐらいの割合で食べている。


「これで約束を果たしました」

「そうだね」


 千早の言葉に綾人が相槌を打つ。

 千早は髪の毛を耳にかけて蟹みそが乗ったお寿司を食べる。綾人は熱いお茶を啜って女子か

よ。と突っ込みたくなるチョコレートパフェを光らせて食べている。


「どう、美味しい、千早?」

「はい」

「良かったわ。なあ、綾人」

「何か新鮮だな。千早さんと学校以外で会うの」

「そうですか。あなたとは公園でよく会いますよね」

「えっと、そう言う意味じゃ」

「あのさ、千早。一つ聞いてもいい?」


 薄々気付いていた勝喜は、今の発言で確信に至った。


「はい。何でしょう」

「ここで問題。ブブン! 俺と綾人のフルネームは何でしょう」

「ちょ、勝喜!?」


 意図の読めない綾人は眉を潜めて、チョコレートパフェが乗ったスプーンを口元で止めて勝

喜をジッと見つめる。


「まあいいから。分かる、千早さん」


 千早は考える素振りなく即答で「知りません」


「やっぱりな。じゃあ、転校初日に千早に話しかけたクラスの中心的女子は」

「知りません」

「やっぱ周りに興味ないから覚えないのか、名前?」

「そうですね。別に今後関わる事が無いので」


 冷たい言葉に勝喜は眉を顰めて綾人も少し暗い顔になる。

 耳を澄ませれば回転寿司は人で賑やかになっている。隣の通路を楽し気に走る子供とは裏腹

に勝喜たちの席は何だか暗くて重い空気が漂っていた。


「ちょっと寂しいけど、でも千早がそう思ってるならそれでも良いと思う。でもせめて俺は名

前を覚えて欲しいな」

「ちょ、勝喜さ!?」


 何故お前が。と乙女のように顔を赤くした綾人を一旦無視する。


「何故ですか」

「何故って。俺がもっと千早と仲良くなりたいから。そんな相手に名前を覚えてもらってない

のは嫌かな」

「あなたの都合ですよね」

「そう。けど、頼む!」勝喜は手を合わせて頼み込む。多分傍から見たら財布を忘れてお金を

出してと頼み込んでいる奴に見えているかも知れない。「千早にとっては関係ないかも知れない

けど、少しでも距離を縮めたいって俺は思っている。だから頼む!」

 言っている事が無茶苦茶なのは分かっている。もっと頭がいい奴なら豊かな語彙力を使って

心に響かせる言葉が出るのかも知れないけど、残念ながら勝喜にはそんな武器は無い。

 だからせめてもの抵抗で、勝喜は自分の本心を真っ直ぐに伝える。

 勝喜のその姿が千早の空虚な瞳にどう映ったのか。

 千早は一度ため息を零した。


「お名前は」

「!?」

「どうしたんですか。そちらから言ったのでは」

「え、えっと俺は仙田 勝喜。よ、よろしく」


 勝喜は手を差し伸ばすが千早は特に動作をしない。


「では、仙田さんで」

「はい!」


 緊張の糸が一気にほぐれて少しだけだらしない顔になった気がするが、勝喜の瞳は店にいる

どの子供よりもキラキラしていたはずだ。


「――お、俺も!」


 チョコレートパフェを食べきって少し鼻にチョコレートを付けた綾人は、ガチガチの表情で

バンっとテーブルを叩き、大きな声で叫ぶ。

 店員が一瞬席に来ようとしたが、状況を察して去って行く。


「いいですよ」

「は、はい」声を裏返した綾人。「トミタ アヤトデス」幼稚園児の自己紹介のようで少しだけ

面白かった。


「では、富田さんで」

「あ、ありがひょおごゆざウイ」

「な、なんて!?」と勝喜。


 綾人は壊れてしまいました。

 しばらく沸騰したヤカンのように綾人から湯気が出ていたので隣が暖かかった。

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