運命のテスト
テスト当日。
クラスは負の感情で充満しており、今日の曇り空のようにあまり良い気持ちはしない。これ
はテストを経験して来た学生なら誰でも解るだろう。
視線を広げれば教科書やノートと睨めっこをしている者がチラホラと居た。勉強を諦めた者
はヘラヘラとしている人も居れば、机に額を押し付けてこの世の終わり、みたいな絶望の悶え
声を上げている――勝喜が居た。
「大丈夫、勝喜?」
「うううううう。大丈夫」
低い声が綺麗な机から反射して耳に届く。
それを聞いて小さく息を零した綾人は、
「大丈夫だって。一週間以上頑張ってきたじゃん」
あの日から毎日、勝喜は勉強尽くしの生活を送った。
キツイ部活の後に綾人の家で勉強し、土日は鈴峰の協力の元、ファミレスで数時間の勉強と、
顔を覚えられた店員からの冷たい視線に耐えて頑張ってきた。
おかげで最初の小テストで52点を取った勝喜は最後の勉強会の日には85点を取る程の飛躍
的な成長を遂げた。
では何故、勝喜がうなだれているか、というと。
頭のいい千早という情報がある以上、勝利に必須なのは九割を超える事だ。
つまり現状では勝利がほぼほぼ消えた事によって、うなだれているのだ。
「くぅ。綾人。あとはお前に任せたぞ」
「まだ負けてないじゃん。ほら、最後の瞬間まで解らないじゃんか。ドーハの悲劇的な展開も
あるかも知れないし」
「例えが暗すぎるぞ。バカ。でも、そうだな。奇跡は信じてる奴に起きるもんだもんな。よっ
しゃ! やってやんぞ!」
単純なのか、純粋なのか。けれど、これこそが勝喜の良いポイントなのは間違いない。
それにこちらには最終兵器がある。
「鈴峰さんと研究したテストの中心的になる問題集を解いたのならきっと大丈夫」
最終兵器はヤマを張る事だ。勘に頼るような希望的観測ではない。きちんと頭のいい二人が
考えに考え抜いたヤマ張りなので、信用するには十分である。
「解いて来たぜ。今日の朝も見返して来たからな」
「じゃあ大丈夫。だと思う」
「もっと、自信を持ってくれよ。あーやと君。自信ある者には福来たる。って言うからな」
「そうですね。勝喜先生。じゃあ、またテスト明けに」
うーい、と覚悟を決めた顔に切り替えた事で綾人は安堵し、自分の席に戻る。
席に着いて今回のライバルである千早を横目で捉えた。
いつもと変わらずどこか遠くを眺めるように前を見据えている。
「お、おはよう。千早さん」
綾人はズボンをグッと握りしめて口を動かす。けれど、返事はない。
「ご、ごめん! 何でもないです」
「……あ、少しボーっとしてました。おはようございます」
ゆっくりと首を動かした千早は感情の込められていない言葉で挨拶を返してくれた。
どこか調子が悪いのか。それともあり得ないと思うけど、テスト+今回の対決で緊張してい
るのか。と一瞬頭によぎるが、まぁあり得ないのですぐにその考えは切り捨てる。
「えっと約束」
「はい。守りますので。では」
そう言って再び前を向いた千早。直後、運命の時間がチャイムと共にやって来た。
テスト終了のチャイムで皆が溜めに溜め込んだ息を零して、硬かった空気がお湯を掛けたみ
たいに一気に柔らかくなって少しだけいつもの雰囲気に戻った。
じゃあ、また明日のテストでな。
空気を読めよ。と言いたい担任の一言で平和を取り戻したクラスは、残酷な明日という未来
を知り、一気に地獄の底に落とされて空気が氷のように凍り付く。
千早は早々と帰り、綾人は緊張の糸がほぐれてしばらく動く事が出来なかった。
今まで通りのテストだけど今までとは違うテスト。終始手元は震えていてシャーペンで書く
文字は綾人の内側を示すように弱弱しい線で描かれていた。
いつもこの時間元気な勝喜だが、今日はあまり元気が無い。しぼんだ声が綾人の耳に届いて
勝喜は部活に消えて行く。
一息ついて綾人も帰宅した。
計三日間の地獄の時間が終了する。一日一日は永遠とも言える長い時間だと感じていたけれ
ど、終わってみると案外早く、やり切った気持ちと後悔が心の余韻に姿を現す。
一文字一文字不安と自信の混ざった答えを書いていく感覚が未だに指に残っている。
今までのテストとは重みが違う。
千早の件を除いてもこれから先の未来に関わって来る時期のテストだ。
自分が書く一つ一つの解答が今後の未来の有利不利を決めて行く。未だに未来が見えず迷走
している綾人でもそれなりの緊張は現れる。
テストが終わり、夕方頃にグループチャットが鳴った。
『どうだったー?』と鈴峰。
『死んだ』と勝喜。
『まあ、普通かな』と綾人。
『『で、でたーー!!! 普通とか言ってどうせ九割超えて来る奴~!!』』と二人。
一連の流れを見てクスっと笑って過ごしていると、気付けばテスト返却日に。
綾人&勝喜VS千早。
九科目中、五勝四敗。
――ふたりは見事な勝利を飾った。
「これで俺たちの勝ちだ!! っしゃーやったな綾人!!!」
ここ数日の勝喜と比べるとまさに別人のように、星を目に入れたみたいにキラキラした子供
の純粋な瞳で、少し面倒くさいテンションを宿しながら綾人の席に走って来る。
「何とかなったね」
「マジで助かった。本当綾人とすず――」
「ああああああ!!! 勝喜!?」
「ん? あ、そうだった。ヒュ~ヒュ~」
鈴峰のことは秘密にしている。なので、隣に座っている千早に気づかれる訳には行かないの
で綾人は少しだけ注目を浴びるが大きな声で変人となる。
勝喜も流石に察してくれたみたいで、アニメでしか見たことの無い下手くそな空回り口笛を
披露しているので少しだけ笑いが零れそうになった。
「まあ、まあ、まあこれは俺の頑張りに免じて」
両手を合わせて頭を下げる勝喜であるが、今回は勝喜の飛躍的な成長を見れば何でも許せて
しまう。
今まで平均ぐらいの点数だった勝喜は、今回の勉強会と独自の努力によって己の平均点を十
五点から二十点以上伸ばし、六教科が八割を超えて、更にヤマが完璧に当たった数学に関して
は九割を超えてクラス二位となるとんでもない力を見せつけた。
隣で静かにしている千早も負けておらず、総合点数は綾人に続いて学年四位。勝喜がダメだ
った所を綾人がカバーしたのだが危うい所であった。
「約束をどうぞ」
静かに口にした千早。特に悔しいとかそう言った事は思っておらず平常運転といった所だ。
「じゃあ、えっと」
あまりにも唐突な事に綾人はハッキリしない態度が出てしまう。
もっと、こうー。過程があると思っていた綾人。だけど、無駄な事というか千早の事を考え
れば納得の行く行動でもあるが、
「俺たちと飯行こう!」
ニコッと笑った勝喜がスパッと言い切った。
「え、ちょ」
勝喜のあっさりとした答えに戸惑いが隠せない綾人。そして同時に思う。
――また先を越されてしまった。
「いいのですか。あなたはそれで」
千早は綾人を横目で見る。
「えーっと」
「綾人」勝喜がグッと綾人の首に腕を回して、「ここは任せてくれ。俺に」ウインクする。
「じゃあそれで」
こういった場面は勝喜の方が適任であろう。テストの結果では綾人。その後の流れは勝喜。
悔しいが適材適所という言葉がある以上、仕方がない。
「分かりました。いつですか」
「いつでもいいよー。千早に合わせるから」
「なら明日で」
「明日!? 部活の後ならいいぜ。綾人は」
「俺も大丈夫だけど」
「ならそれでお願いします。では」
相変わらずクールというか、何と言うか。その言葉だけを残して千早はクラスを早々に去り、
帰ってしまう。
「やっぱりあっさりしてるな。千早。そこがまあ良いけど」
千早が出て行った方向を眺めながら勝喜が独り言のような言葉を漏らす。勝喜の瞳の奥には
何か、特別な視線を僅かに感じ取る。
「でも、ご飯で良かったの?」
「あー。何かごめんな。綾人がほぼ勝ったのに。俺が指定しちゃって」
「いやいいけど。多分、俺だけじゃ何も決められなかったと思うし。でも何でご飯の誘いなの
かな、ってそれだけ聞かせてよ」
「特に深い理由は無いんだ。一番妥当かなって。学校とは違って色々と話せる機会でもあるし、
それで見えて来るモノもあるかなって。それにさ、千早の事知れたら嬉しいじゃん!」
勝喜の真っ直ぐな言葉の裏にある想いに綾人は気付けない。
こうして綾人と勝喜の活躍により明日、千早と食事をすることに決まった。




