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魔法院語り:『杖作り』ウーニン  作者: うにシルフ
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第二章 朝から大宴会(これでも酒、一滴も入ってないんだぜ…)

「それではぁ、エミリーの誕生とぉ、ウーニンの作業終了を祝してぇ、かんぱぁ~い!」

 魔法院大食堂の中に響き渡ったノーリスの絶叫にも似た音頭で、宴会は始まった。

 ここ大食堂は同時に250人(室内200、テラス50席)が食事できる広さがあり、しかも一応24時間営業。おかげでよほどかち合わなければ待たされる事なく食事できるし、徹夜作業となった時でも食べる物に困らない事は、学生や研究員達にとってとてもありがたい事だった。その上メニューが豊富で味も良いと、クリーハの街では知らない者がないくらい高い評価を受けている。

 流石に夜間はメニュー数が限られるし、あと酒の類は一切置いておらず、それが残念でならないと思う者は少なくない。まあ、酔っぱらって研究に支障が出ると困るから置かないと決まっているのだが。

 そんな大人数を収容できる大食堂と言っても、まだ朝の6時では閑散としていた。徹夜明け、もしくは早出の研究員達が十数人、研究室や自室のベッドに向かうため、黙々と軽い食事を取っているだけで、『静かな朝』そのものだった。

 そこに突然20人ものやかましい集団が現れ、穏やかな空気をぶち壊した。

 ちょっと時間を戻して──

 そのやかましい集団は入ってくるなり先頭のノーリスが、

「おばちゃん。これからラナさんが『宴会』を開くんで、よろしく!」

 と宣言した。

「ちょっとアンタ達、仕事前だってーのに、宴会かい?」

 おばちゃんと呼ばれたジーナ・ロングンが怪訝な顔をして厨房から出てきた。

 ジーナは食堂の1スタッフであるが、その豪快な性格と一番の働き者として、魔法院の皆から慕われていた。と同時に「ダメなものはダメ」とスッパリ言い切るので、一部の者からは恐れられてもいた。ノーリスもその1人だったりする。だから明らかに及び腰、揉み手&中腰になって言い訳じみた説明をした。

「まーまーま、今日はウーニンの奴がよーやっと新しい人工精神体を作り上げたものだから、師匠がそのお祝いに宴会でもって……」

「またラナさんがらみかい」

 ノーリスの言葉を腕組みしながら聞いていたジーナは、『宴会番長』ラナの仕切りと聞いて、深いため息をついた。

 ラナが関わっているとなれば大騒ぎにならない訳がない。全く酒が入らないというのにあれだけ盛り上がれる事に、ジーナは呆れるのを通り越して関心すらしてしまう。もっとも他の利用者に迷惑がかかっているのは事実であり、頭の痛い問題だった。

 だから食堂(主にジーナ)側も一方的に傍若無人を許している訳ではなく、被害を最小限に抑えるべく、様々な方法で宴会の早期終了を図っている。この事を一部の者はラナ対ジーナの宴会攻防戦などと呼んでおり、それを楽しみにしている変わり者すらいる程だ。

「で、そのウーニンと新しい人工精神体ってのは、どこにいるんだい?」

 一通りノーリスと一緒に入ってきた一団に目をやり、そこにウーニン等はおろかラナすらいない事を尋ねるジーナ。ノーリスは身をすくめながら「あ、後から来ると思います。俺達一足先に研究室から飛び出してきて……」とその質問(尋問?)に答えた。

 ジーナに睨みをきかせられ、カウンター近くで居心地悪そうに立っている事しか出来なかったノーリス達。その間にも食堂に出入りする研究員達は増えてきて、何事だろうと不思議そうに、あるいは「またあいつら何かやったのか」と目をやりながら、さっさと自分の朝食を腹に収めている。

 その時間はノーリス達にはとても長く感じ、心の中で「早く来てくれ」と叫んでいた。

 そこに「お待たせ~。みんなもう始めちゃってる?」とイナを先頭に、ラナや本来主役であるはずのウーニンとエミリーが大食堂に入ってきた。

「何やってたんだよ。遅いよ!」

 ずーっとジーナからのプレッシャーを受け続けていたノーリスが半泣きで叫んだ。

 ノーリス達先行組とイナ達が食堂に来た時間の差は5分程。確かにウーニン達がグズグズしていたおかげで遅れはしたものの、遅いと非難される程でもない。何せノーリス達の方が、勝手に先に行ってしまったものだから、責任の半分以上は彼らにあるといえるだろう。

「ラナさん、今日は朝っぱらからなのかい?」

 ラナの姿を認めたジーナが、険しい顔で詰め寄った。それに気圧されたラナは後ろに隠れるような感じでエミリーをジーナの前に差し出し、

「あ、この子、エミリーって言うんですけど。丁度今さっき生まれたばかりの人工精神体でして、えと、それでその親がこいつ、ウーニンでして、半年間も頑張ってエミリーを完成させたんですよ。だから今日は誕生祝いと慰労を兼ねまして……」

 ラナの言葉はいつもの様な歯切れの良さがなく、表情も何となくバツが悪そうだった。

 誰に対しても臆することなく対等に話が出来るラナだが、どうやらジーナに対してはあまり頭が上がらない様だ。

 まあ、それも仕方ない事。

 今でこそ食堂のおばちゃんとしてすっかり板のついたジーナだったが、かつては『魔法院のワルキューレ』として名を馳せた存在だった。そんなジーナの現役を知っているラナからしたら、ジーナは尊敬と共に畏怖する対象の先輩だったのだ。

 本編とは直接関係ないため詳しくは語らないが、ジーナ現役当時の活躍は、魔法院の外にも知れ渡っており、彼女が引退してかねてから望んでいた食堂の職員になった事を惜しむ声は多い。

 そのためジーナと話す時のラナは大抵下手に出てしまう。特に今日の様に咎め立てられる様な口調をされた時には。

「ふ~ん。この子が……」

 差し出されたエミリーを、値踏みでもするかの様に見回すジーナ。

その眼光の鋭さに、思わずウーニンの後ろにでも逃げたいと思ったエミリーだったが、ラナにしっかりと掴まれていて身動きできずにいた。

 とはいえ彼女は人工精神体。いざとなれば物理的に触れる事が出来る『実体』から、見えても触れる事の出来ない『顕体』などになってしまえば、いとも簡単に逃げ出せるのだが、ジーナが発する圧迫感からか、その事に思いが至らず、小さな怯えた声を出しながら耐えるしかなかった。

 そんな我慢も限界に近づき、ウーニンに助けを求めようとしたその瞬間、ジーナの表情がいきなりほころび「いい子だね」と言った。

 それはとびっきりの笑顔で、見ている者を惹きつける力があった。

 おかげでエミリーの緊張も解けたのか、強張っていた体から力を抜いて、改めてジーナを見つめ返してみた。すると先程まで肉食獣の様な凶暴さを秘めている様に見えたジーナの顔が、今は慈愛に満ちたものに映り、そんな瞳を持つ人の事を怖がっていた自分が恥ずかしくなった。

「ウーニン、ちゃんと可愛がってやるんだよ」

 ジーナはウーニンの方を見てそう言うと、やれやれとばかりの大きなため息をつき、

「今日はこの子、エミリーって言ったっけ? に免じて多少は大目に見ようじゃないか」 と宣言した。

「おっしゃあー」

 大食堂のボス、ジーナ(本来の責任者はちゃんと別にいるのだが、なんだかんだで事実上彼女が取り仕切っていた)のお許しが出たと大喜びする宴会参加組。

 さっきまでジーナのプレッシャーでちんまりしていたのが信じられないくらいはしゃいでいる者さえいる。ラナも勢いで「宴会を開く」と言ってしまった手前、やっぱ早朝からの宴会はムリかと、内心ヒヤヒヤものだったので、ホッと胸をなで下ろしていた。

 そこに「ただーし」とドスの利いたジーナの声が響いた。

 一瞬にして宴会組の歓声が止み、その瞬間の姿勢のままで固まっていた。

「あんまりハメを外す様なら、叩き出す、様な事はしないが、次のメシの時、覚悟しときなね」

 そう釘を刺してきたのだ。

 許可した以上、宴会自体は認める。しかし関係ない者達からしたら、羨ましいとは思いながらも巻き込まれたら大変とばかりに、早々に立ち去るべく、折角の朝食をかき込む者までいたのだ。そんな健気な者達の姿を見ると、これから一騒ぎする連中に一言言っておかずにはいられないジーナだった。

 その一言のために宴会組は、しおしおのままテーブルに着く事になった。

 そこで話は最初に戻って──


「ほーれ、第一陣の料理だ。後は出来次第持ってくるから、食べながら待ってな」

 一同しおれていたとはいえテーブルに一通りの料理と飲み物が揃うと、盛り上がらずにはいられない面々であった。まあ辛気くさく飲み食いしたって誰も楽しくないし、得もしない(他人からしたら迷惑を被らない分マシかも)。主賓であるエミリーだって嬉しくないだろう。だからちょっとだけ心の中に『遠慮』の気持ちを持って、宴会モードへ突入したのだ。

 乾杯の頃にはそれまで食事をしていた客達は姿を消し、それより多くの新しい客が入ってきた。が彼らも朝っぱらから宴会している一団には近寄ろうとはせず、遠巻きに白い目を向けていた。

 一方宴会組はと言うと、盛り上がっていた。「ホントに酒が一滴も入ってないの?」と思える程に。

 もちろん最初の内の話題は、エミリーや『強兵』の事が中心であり、ウーニンやラナに技術的な質問がぶつけられていた。

 宴会参加者の大半は人工精神体研究室の研究員である。

 いくら導師クラスのラナが完全サポートしていたとはいえ、専門外の者に自分達が行っている研究より上を行かれたもんだから、口惜しさ半分、羨ましさ半分で、多方面からウーニンに質問をぶつける事で鬱憤を晴らしながら、エミリー完成に至った秘訣を盗み出そうとしているのだ。

 そういうところは研究者・術者としての性かも知れないが、ウーニンとしてはラナや人工精神体研究室室長のアドリーから教わった事を忠実に実行しただけだから、むしろそれを専門的に研究している彼らに対して説明しても、あまりプラスにはならないのでは? と思えた。

 しかし宴会まで開いてくれた手前、何にも答えないわけにはいかず、質問には自分なりの解釈や苦労した点などを加えて話し、結局は高いハードルを課した事がかえって良い結果に繋がったのでは? とまとめるくらいしかなかった。

 それを聞いて「自分も負けない人工精神体を作ってやる!」と発奮したり、「私、ムリっ!」とテーブルに突っ伏してイジける者いたりと、反応は様々。

 それだけエミリーに注ぎ込まれた技術レベル、そして完成度は高く、人工精神体の事を知っている研究員だけに、今ここにエミリーが存在している事が奇跡的だと分かるので、反応が大きく分かれたのだ。

「まあ、良いお手本が身近にいるんだから、参考にして、自分に合った研究に励めばいいんじゃないか」と、握った串焼きの肉を食いちぎりながらラナが言うと、一同から「はぁ~い」と声が上がる。

 そこでエミリーに関する質問タイムは一区切りとなり、日頃の研究について、席の近い者同士喧々囂々が始まった。

 始めこそ技術論や研究の方向性など、比較的まともな内容だったが、いつの間にか自分の研究が上手くいかない事や、上司に対するグチなどで盛り上がり出す。そちらの方が話が弾むものだから手に負えない。中にはグチの対象だった相手が食堂に入ってきて、冷や汗かきながら話題を強引に変えている者まで出る始末。

 中でも一番大きな声を出していたのが、この場の年長者にして、一応代表者であるラナだった。

 その内容は、今回エミリーと『強兵』を完成させたウーニンに比べ、2歳年上であるにも関わらず、今まで目立った実績を残してない、人工精神体研究室の後輩ノーリスを徹底的にグチるものだった。

 魔法院に入る事ができただけでもそれなりに優秀な術者になれる素質がある証明なのだが、大半の者は基礎課程の4年かそれプラス自由課程数年の在籍で卒業してしまい、どこかの研究室に残れる者は少ない。その中でも高い適性が求められる人工精神体研究室に入れただけでも、ノーリスの能力は低くないはずなのだが…

 その『お調子者』に代表されたお気楽な性格が災いしてか、研究者としては向上心に欠けるところがある。

 そのため他人のサポートや追実験などでは評価されているのだが、今回ウーニンが行ったようなオリジナリティ溢れる独自の研究成果というものがない。まあ、エミリーなどは溢れすぎだが。

 そこがラナからしたらもどかしいと言うか腹立たしいというかで、ついついいじりたくなってしまうのである。

 その時引き合いに出されるのはノーリスと仲の良いウーニンやイナ達だったりする。

 彼らは他部署ながら実績を残しているし、実のところ人工精神体研究室でノーリスより後輩というのはまだ駆け出ししかいないので比較対象にできない。と言う訳でいつもウーニン達と比べられてしまう。

 特にエミリー&『強兵』を完成させた事で、更に差が開いてしまった。

「しっかし、これだけのモン見せつけられて、まぁだ発奮しないかねぇ」

「んな事言ったって、エミリーと同じような精神体作ったって、どうせいつものマネっこって言われるだけでしょ? もし作る事ができたとしても」

「そんな事ないぞ。エミリーレベルの人工精神体となると、私にだって難しい。少々機能を削ったものだって、充分評価の得られる成果物となるだろ」

 ノーリスの髪を掴んで頭を振り回しながら、成長の遅い後輩を嘆くラナの姿は、とてもシラフには見えない。

 しかし何度も言うように、一滴の酒も入ってないのは変えようのない事実だ。

 まあ、調味料として料理に使われているだろうが、そんなものは調理の過程で飛んでしまっている。とても人を酔わせる事なんてできないくらいに。

 にも関わらず宴会に参加しているもの達が高揚しているのは、酒が出せない大食堂で盛り上がれるように『進化』した姿なのである。それを『進化』と言ってよいものかは分からないが。


「そうだ、ウーニンが分かってないだけで、本人ならわかるのでは?」

 宴会も良い感じに盛り上がってきた中、話の流れとか関係なく、1人の研究員が急に立ち上がり叫んだ。

 それに同調した数人がエミリーの周りにやってきて、先程ウーニンから受けた説明だけじゃ足りないと、本人に直接質問をぶつけてくる。

「『強兵』に頼らなくても、魔法使えるの?」

「『魔法の杖』に縛られてるって、嫌じゃない?」

「君も『強兵』もかなりの速度が出せるそうだが、何故そこまで速い必要があるのか?」

「この中にかっこいいと思う人っている?」

「って言うか、正直ウーニンの事どう思う?」

 後半の質問は多分女子からのものだろう。

 しかしいきなり囲まれて矢継ぎ早に質問されても、エミリーとしては困惑と言うより混乱するしかなかった。

 何故ならまだ本格的に目覚めてから1時間と経っておらず、自分に何ができるかとか、好き嫌いとか把握しきれてなかったから。

 もちろん落ち着いて考えれば、自分に備わっている能力など分からない事もない。

 でも信頼できるのが生みの親のウーニンと、いつもその側にいたラナくらいしかいない中、よく知らない相手からいきなりあれこれ聞かれても、満足に答えられる訳はなく、ただオロオロとするばかり。

「詳しい事は調べて分かったら教えるからさ、今日のところは勘弁してやってよ」

「えー、本人から直接聞きたかったのに~」

 見かねたウーニンが助け船を出すと、質問者達は残念そうに文句を言った。が、彼らは思いの外あっさりと引き下がり、またそれぞれの会話に戻っていく。

 この辺はさすがに人工精神体研究室に所属している者達である。

 新しく作られた人工精神体が、術者の意図と異なる能力や性格を持って生まれる事はよくある事と知っている。同時に精神的に不安定で、混乱が暴走につながりやすい事も。だからあまり追求はせず、とりあえず聞きたい事が聞けなかった不満を、ウーニンへ一応ぶつけて溜飲を下げたのだ。

 ウーニンとしても収拾がつかなくなる事態を避けられた事に胸をなで下ろしている。

 質問が続けば同調する者も増えたであろう(自分の時がそうだったし)。そうなればますますエミリーは混乱してしまう。ので拍子抜けするくらいあっさり引き下がってくれて、非常に助かったのだ。それに簡単に調べようのない質問もあったし(はっきり言えば「ウーニンの事、どう思っているか?」である)。

 この一連のやりとりに、エミリーは嬉しくなった。

 それは慣れない相手に囲まれ、あれこれ質問攻めにされた時にはホントにびっくりしてしまったが、考えてみればそれは自分に対する興味の表れだと分かるし、ただ単純に騒いでいるだけのような者からも、自分の誕生を祝ってくれていると感じ取る事ができる。この場の雰囲気そのものが温かいのだ。

 だからこの場にいられる事、そして生まれてきた事自体が嬉しく思えたのだ。それに一応ウーニンも庇ってくれたし。

 しかしそんな温かい気持ちのエミリーに冷水をかけるような言葉が聞こえた。

「でもな~。アタシはてっきりウーニンはイナ一筋だと思ってたのにな~」

 それを聞いた瞬間、ウーニンとイナが完璧にシンクロして吹き出した。

「だよな。でもこれでウーニンの気持ちがどう動くか分からなくなったけど……」

「でも、どっちにも相手にされない可能性も否定できないし」

「確かに!」×α

 と外野の会話が笑いで収まるのを待ってから、苦笑しつつウーニンが反論する。

「確かにね、僕なんかと常日頃仲良くしてくれるのがイナくらいだから、そう思われるのは仕方ないかもだけど、お互いそんな気ないよ。全くこの誤解、いつになったら解けるのかな」

「そ、そうよ。いつもいつも……」

 入学以来、言われ続けてきたため、ウーニンの対応は随分手慣れた感じだったが、この手の話題を出された時のイナの反応は、相変わらず顔を真っ赤にして否定する、動揺感溢れるものだった。

 実はイナ、誰とでもすぐ仲良くなれる社交性豊かな性格でありながら、恋愛事となると全否定してしまう、超奥手なタイプだったのだ。

 まあ、正確には『奥手』とはちょっと違うようなのだが、イナがはっきりとした事を誰にも話した事がなかったので、皆の認識は『奥手』という事になっている。

 もっとも最初の頃のウーニンの反応は、今のイナからみても比べものにならないくらい動揺したものだったけど。

 そしてこの話題になって、一番心穏やかでいられなかったのはエミリーだった。

 イナのように激しく表に出てない、と言うより出さないよう必死に耐えていたのだが、表情が固まっている上に、誰かが何か言うたびに耳が動いていたので、見ていればエミリーの動揺に簡単に気づいただろう。

 幸い皆話題の中心だったウーニンとイナに注目していたため、エミリーから視線が外れていたのだが、ただ1人ラナだけがエミリーに目を遣っていて、その反応に意味ありげな笑みを浮かべていた。

 一同一頻りその話題で盛り上がったらすぐ落ち着いて、またそれぞれの話に戻っていった。そして解放されたウーニンとイナが「疲れた~」とばかりに大きなため息を漏らす。そのタイミングがあまりにも合っていたので、更にエミリーを不安にさせたのだが、大半の同席者はすでに2人から興味を失っており、誰もその事にツッコミを入れたりはしなかった。

 2人の関係についての話は、宴会の度に一度は出てくる『お約束』だった。

 故に皆も一応は盛り上がったりするのだけど、本気でそう考えている者はほとんどいないので、すぐに別の話に移れるのである。

 しかし宴会に初参加、というか生まれたばかりで、一般的な常識はある程度知っている(=知識として与えられている)けど、魔法院での常識なんて全く分からないエミリーにしてみたら、宴会での『お約束』なんて知らないし、そもそもコロッコロと話題を変えられる面々の事が理解できずにいた。

 だから隣にいるウーニンにボソッと尋ねた。

「人間ってみんなこうなの?」

 先程も少し述べたが人工精神体、特に独自の判断ができるような高度な人工精神体は、

形成される過程で社会常識などの一般的な知識が、その知性度に応じてすり込まれる。

 これは半ば無意識の内に行われるので、自然と術者というフィルタを通した世界観がすり込まれるので、時にとんでもなく歪んだ人工精神体ができてしまう事もある。

 もちろん通常の人格・性格形成の時のように術者が意識すれば、余計な情報を与えずに済むし、また人工精神体を作り上げるためのエネルギー『パエア』は、そのほとんどが外部から取り込まれるため、そちらの影響の方が強く現れる事の方が多い。そのためあまりにかっとんだ性格の人工精神体は、術者が意図して作らなければ、中々できるものではないのだ。

 エミリーもウーニンが丁寧に作業を行ったため、一般常識に関しては非常にまともである。故に今目の前で行われている『宴会』及びこの場に集まった面々の行動が理解できないのだ。

 そんなエミリーの内心が分かったウーニンは苦笑しながら言い切った。

「嬉しい事、楽しい事があるとね。今日の場合はエミリーが生まれた事かな。まあ、きっかけなんてどうでもよくて、ただ騒ぎたいから騒ぐなんて場合もあるけど……特にウチの連中はお祭り騒ぎが大好きだから、他の人達と比べちゃいけないけど、でも今日のこれはちょっと度を過ぎているかな」

「ふ~ん…」

 ウーニンの言葉につまらなそうに返事を返したエミリー。

 彼の言葉に決して納得できた訳ではないけど、とりあえずここにいる者達が、(すり込まれた)常識からしたらかなり外れているというか、はっきり言って変わり者の集団だと分かったし、かつ改めて自分が誕生した事を祝ってくれている事が確認できて嬉しくなった。もっともそれが表に出ないように、必死に抑えていたが。


 そんな朝っぱら&酒の一切入らないという一風変わった宴会も、終わりの時がやってきた。

 大食堂内の柱時計が8時の鐘を打ち鳴らし、本格始業まで後1時間である事を告げる。

 もっとも実際にはこの8時の予鈴と共に研究等を始める者が多く、事実現時点でこの場に残っていた者は、ウーニン・エミリー・ラナ・イナ・ノーリスの5人となっており、他の宴会参加者達は自主的に仕事=研究に備えて引き上げたり、周りの痛い視線に耐えかねて、自らの研究室(大半が人工精神体研究室)へ逃げ出していた。

 一応『作業後の休息』という名目で遅刻すると申し出ているので、その点に関しては問題ないのだが、『休息』すべき時に『宴会』しているのは如何なものだろう。それも他の者が仕事をしている時に。

 もちろんラナだって弁えてはいるので、今回だって1時間くらい飲み食いしたら解散、というつもりでいたのだが、『宴会』が一度始まってしまったら、意識的に止める事は難しい。特に今回のように盛り上がり過ぎた時には。

 とはいえ、その責任全部をラナに押しつける訳にはいかないだろう。

『お調子者』ノーリスは、イジられながらも場を盛り上げる太鼓持ちと化していたし、イナもあちこちの会話に割り込んでは追加情報を吹き込んで、更なる会話の活性化に一役買っていた。

 ウーニンやエミリーだって積極的に話に加わっていた訳ではないものの、その存在や業績そのものが話のネタになっていたので、この影響も無視できないだろう。

 という訳で、最後まで残っていたこの5人が、今回の宴会そのものだったといえる。

 テーブルの料理が少し淋しくなってきたため、ラナが何度目かの追加注文をしようとする。しかしそれは叶わなかった。

 いつの間にかジーナが5人のテーブルまで来ていたのである。

「アンタ達、いつまでバカ騒ぎしてんだい。周りはみーんな仕事や勉強を始めようってのに」

 ジーナの声が食堂中に響く。

 その声は確かに怒鳴り声だったが、決して大きすぎるものではない。ただそこに込められた怒気というか迫力は、先程宴会を始める前のものより強かった。表情も冷酷なまでの真剣さで遊び人達を睨み付けている。そのため5人だけでなく、他の客まで震え上がらせていた。

 しかし本当に怖いと感じていたのは、そのプレッシャーを直接受けている5人だろう。 魔法院に属している者なら多かれ少なかれジーナから注意された事があるはずだ。中でもラナやノーリスはハメを外しすぎるので、特に叱られる機会が多かった。もっとも回数が多いからって慣れるものでもなく、現に今も縮こまり、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えていた。

 この洗礼を初めて受けたエミリーは、天敵に睨まれた小動物のように身を強ばらせ、ジーナへの認識を「やっぱり怖い人?」とするかどうか葛藤していた。

「だからもう今日の『宴会』はお終い、お開きさ。とっとと研究室に戻ってお仕事に励むんだよ。あとラナさんには『宴会』によって減った分の売り上げの責任をとってもらうって事で、2割り増しの請求書を出しておくから、キッチリ払っておくれよ」

「そんな~」

『宴会』を途中で打ち切られたのと、ジーナの一存で支払いが増えてしまった事を嘆くラナ。実際その日の内に研究室に請求書が届き、その額面を見たラナが「今月物入りなのに~」と再びダメージを受けていた。

 しかし実のところ『宴会』で出された料理の盛りは5割り増しであったので、そう考えれば損はしていない。

 ジーナもまたエミリーの誕生を祝っていたのだ。

 ただ『宴会』が思いの外長引いたので、ちょっとばかり戒めのつもりで、請求額を増やしたのだ。ただし現時点でその事に気付いてなかったラナは、『宴会』が強制終了させられた時、ノーリスに引きずられて研究室に戻る有様だった。

 そんなこんなでドタバタの内にエミリーの誕生祝いは終わったのであった。



次話へ続く──


これは『圧縮版』の1-2の前半にあたるエピソードです。

本当はもっと短くして1-2全部を1つの章にしたかったのですけど、魔法院の雰囲気を知ってもらおうと、敢えて長いまま投稿しました。

実はこの部分まではかなり前に書いてあったのです。このサイトに最初の投稿をする前からですね。

それを言い訳にするつもりではないですが、かなり稚拙な文章だと改めて気付かされました。本来なら推敲してから公開しないといけないレベルです。

ですが早く自分のファンタジー世界を読者の皆様に知ってもらいたいと、最低限の修正で投稿してしまいました。

ので次章から急に文章レベルが変わったとしても、そのようないきさつがあったのかとご理解いただけたら幸いです。それよりも「どこが変わったの?」「成長してないじゃん」と言われる方がキツいですけどね。

またこの作品がファンタジーである以上、日常世界で使わない単語、ないし【リファレンシア】世界特有の表現が多数出てきます。その解説を行うためにこまめに[いんたーみっしょん]が入ってしまうかも知れません。その辺もご容赦のほどよろしくお願いします。あまりにも分量が多いものは別の『小説』という形で投稿すると思いますけど。

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