第一章 開店!猫の動物相談所
眩しい朝の日差しが、窓やカーテンを突き抜けて、部屋の中へと差し込んできた。
窓の向こうでは、沢山の鳥達が、鳴き声を響かせながら、空を散歩している。
まぶたを閉じていても、分かるほどのまぶしい朝日や、耳に残る鳥の鳴き声に、被っていた掛け布団に、潜ってしまう。
眩しかった光は、掛け布団に阻まれ、すっかり良くなった。
しかし、鳴き声だけは相変わらず、うるさく聞こえてくる。
「う、うるさい・・・・・・。」
容赦なく耳に入ってくる音に、徐々に眠っていた頭が、起き始めてきた。
まだぼんやりするなか、少しでも聞こえてくる音を遮ろうと、両手を耳へと運んでいく。
目の横に位置する耳の近くへと、手がたどり着くと、手探りで耳の場所を探し始めた。
しかし、いくら探しても、手が耳に触れた感触がなかった。
耳に触れたときに感じる、かすかにくすぐったい感覚が無いのだ。
しかし、くすぐったさの代わりに、何故かフワフワモフモフの感覚を感じる。
「ん?モフモフ・・・・・・?」
何度触っても、フワフワモフモフだった。
何故布団の中に毛のような、フサフサのものがあるのか疑問だった。
不思議に思いつつも、触り心地の良い何かを触っているうちに、頭が完全に目覚めてしまった。
さっきまで重たく、開くことのなかった瞳を開き、暖かい布団の中から、もぞもぞと這い出ていく。
出た先には、何年も家具や配置が代わっていない、簡素な自室が広がっている。
見慣れた勉強机、幼い時から使っているお気に入りの椅子、全身が見える程の大きさの鏡。
しかし、いつもと変わらないはずの部屋なのに、どこか違和感を感じる。
「あれ?部屋ってこんなにデカかったかな?」
違和感の正体は、すぐに分かった。
いつも目が覚めて、布団から出た時と比べると、見えるもの全てが圧倒的に大きかった。
今自分は、ベットに腰かけているにも関わらず、椅子や机は見上げないと全体が見えないほどのサイズだ。
それに座っているベッドだって、大きくなっている気がする。
いくら手を伸ばしても、ベッドの端から橋まで、まるで届きそうにない。
「・・・・・・。」
何気なくベッドのサイズを測ろうと、手を伸ばすと、何故か真っ白な毛皮を被っている、小さな物が視界をよぎる。
手を右に動かそうとすると、目の前の真っ白な物は右へと動く。
今度は右手出はなく、左手を視界に持ってこようとすると、別の白い手が動いてくる。
恐る恐る雪のように白い、毛皮を被った物の元をたどり、どこから出ているのかを確認する。
「な、何これ。体がフサフサなんだけど!?」
思わず大声をあげてしまった。
真っ白な物をたどって、視線を体に向けると、そこには全身がフサフサで、モフモフな体がある。
キョロキョロしながら何度も体を見ていると、近くに置いてある、鏡が目に入った。
「こ、これってもしかして・・・・・・。僕、猫になってる!?」
そこには、鏡の前で驚く、小さくてフワフワモフモフの毛並みの、真っ白な子猫が映っていた。
「ふふふっ、驚いてるね~。こういうサプライズも面白いよね~。」
敷地を仕切るためのブロック塀の上で、ニコニコしながら子猫を見下ろしている生物が一匹。
全身が黒・茶・白色の毛で、お尻から頭までが20cmくらいの小さな三毛猫のようだ。
「さ~て、じゃあ驚いているあいつに、会うとしようかな~」
大きな三毛猫は、1m程の高さのブロック塀から、軽々しく飛び降りる。
ブロック塀から降りた先の、草に覆われた地面に触れそうになる。
だが、地面に触れることは無かった。
三毛猫が地面に着きそうな瞬間、足元に小さな緑色の円が浮かび上がる。
その円に触れた瞬間、小さな三毛猫の姿は突然消え、何も残っていなかった。
「んー、何で僕は猫になってるんだろう・・・・・・。」
真っ白な子猫は、全身鏡の前で考えていた。
これは夢なのだろうか、夢だとしたら早く目が覚めて欲しい。
真っ白な並みを、前足で弄りながら悩んでいる。
フワフワモフモフの毛並みは、とても良い撫で心地で、つい触ってしまう。
考え込んでいると、自分の背後で『トテッ』と言う、何かが空中から落ちてきた様な音がした。
「ふふふっ、どう~。その体気に入った~?」
高性能な猫耳が捉えた、『トテッ』と言う音がした方向を、反射的に向こうとした瞬間、間抜けそうな声が聞こえてくる。
声がした方を向くと、黒・茶・白色の自分と同じくらいの大きさの、子猫がいた。
「あれ?なんだ猫か、・・・・・・って今喋った!?」
「ふふふっ、猫同士なんだから喋れるに決まってるでしょ~。」
目の前の子猫は、何故かどや顔で喋りかけてくる。
猫ってこんなに表情豊かなんだ・・・・・・。
猫同士と言われ、喋った理由を理解すると共に、そんなことを思ってしまった。
「えっと、これって夢だよね?僕人間だし。」
「うぬ?夢なんかじゃないよ~。俺が頑張って猫に変えてあげたんだよ。まぁ、さすがの俺でも大変だったけどね~。」
どや顔が絶えない目の前の猫は、自慢げに俺凄いアピールをしてくる。
「ちょ、ちょっと待って。理解が追い付いてない・・・・・。」
この猫が原因らしい。
しかし、あまりに非現実的過ぎて、脳が全く話に着いていけず、フワフワの前足で頭を抱え込んでしまう。
「しょうがないな~、なら説明してあげるよー。えっと・・・・・・、そう言えば名前なんて言うの~?」
「ぼ、僕は優だよ。十川優。君は何て言うの?」
名字は十川、名前は優。
名字の由来は分からないが、名前の由来は確か、優しい人になって欲しいとか、そんなよくある様な意味だったはずだ。
「俺は、コンだよ~。優くんだね、よろしく~。」
「コンだね、それで何で僕が猫になっちゃってるの?」
コンの間抜けそうな話し方のせいか、何だか冷静になってきて、聞きたかったことを口にする。
「実はね~、優くんにお願いしたい事があるんだけど、人間の姿より可愛い子猫の方が、都合が良いからだよ~。」
豊かな表情を持っているコンは、ニコニコしながらそう言ってくる。
「僕に頼みたいこと?」
「あのねー、“動物お悩み相談所”て言うのをやって欲しいんだよねー。」
“動物お悩み相談所“と言う、名前だけでどんなものか、想像がつくような単純な名前に、嫌な予感を感じる。
「もしかして、動物の悩みを聞くみたいなことなんじゃ・・・・・・。」
「ふふふっ、正~解。優くんにはこれから動物お悩み相談所で、皆の悩みを解決してもらうのだ~。」
理不尽すぎる状況に、もう何がなんなのか分からない。
「よーし、じゃあ説明も終わったことだし、早速相談所にレッツゴー!」
右前足を空中に上げ、元気よく出発を合図する。
コンが右前足を上げた瞬間、僕とコンの足元に、小さな緑色の円が浮かび上がった。
小さな円の中には、読めるギリギリのサイズの、見たこともない文字も浮かんでいる。
「ちょ、相談所って何処にあるの?と、というか何この円!?」
強引に話を進めていくコンを、止めるため動こうとする。
しかし、動くよりも早く緑色の円が発動し、僕の部屋から二匹の子猫姿は、無くなっていた。