第四話 学びながら満喫する
ひっそり投稿……
とても平和かつ幸せな、意外性溢るる日々。それが、3歳を迎えたリンドウの正直な感想であった。
なにせ、前世は苦難多いひとり親家庭の典型のような、リンドウにとって何にも勝る苦痛の日々であったのだ。それに比べれば、モンスターがいて、肉体的死の危険があるだけの今は、とても楽なように思われた。
まあ、本来は精神的苦痛は肉体的な死亡の危険よりマシなはずなのだが。今や基本的にキキョウと一緒ならなんでもいいリンドウにとっては、好きなだけキキョウと一緒に入られる今の環境は、十分楽園だったのだ。そしてそれは、キキョウにとっても同じことである。
二人が、今の生活にそれなりに満足するのも、当然のことといえば当然のことと言えよう。
しかしながら、心に安寧がもたらされようとも、人の欲求に果てはない。性欲を抱けない肉体年齢、睡眠欲と食欲、共依存的対象の獲得が成せた現状、この二人が次に持つ欲は、とても文明的であった。
――それすなわち、知識欲。三度の飯より読書が優先されるという、過剰なまでの欲求であった。
リンドウ、キキョウ、ともに3歳。活発に活動し始めるには、十分な年齢であった。
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一部の特権階級を除くと、節目のとなるいくつかの誕生日以外、誕生日を神聖視などしていないこの世界。お披露目される1歳と、6歳・15歳・20歳の4回程度は祝うことが多く、他の年はパーティの類をすることなぞほとんどない。それでも、一応親は、記念日ではあるので、少しだけ料理を豪華にしたりするものだ。まあ、一品増えるほどの進化ではないのだが。
キキョウもリンドウも、朝食(離乳食は脱した)がちょっとだけ、肉の処理が普段より丁寧という点から、自分たちの誕生日が来たことを察した。狩人の家の丁寧な肉処理。それ即ち、新鮮な刺身であった。
((この味、馬刺しだよな……?完全に馬刺しだよな……?))
以上、二人の感想。
これがもっと上の年齢であれば、「また一つ老けてしまった……」などと落ち込んだりするかもだが、まだ小さい二人にとっては、今日はとある計画の決行日でしかなかった。
3歳になり、無事歩けるようになったこと。視力も随分と向上してきたこと。本日、父二人は狩に出かけたこと。そして、二人の母親がともに妊娠しており、昼間は一緒に村のママさんたちのご指導を受けに行っていること。これに関しては、リンドウとキキョウはまだ把握していない安全機構があることに加え、二人があまりにも子どもらしかぬ姿ばかりを披露し続けてきたので、留守番させても大丈夫、という判断がある。
そりゃまあ、この国に100年ほど前にもたらされた文化、『短歌』を、2歳と半年の子供が唐突に詠み始め。おまけに、人としては正常に、しかし子供としては異常なことに、親の持つ『未知の道具』であるはずの『刃物』に対し、好奇心より先に恐怖心をにじませたこと。これは、もともと親バカだった夫婦×2を安心にさせるには十分だった。
……二人が刃物に対し恐怖心を抱いたのは、何も記憶があっただけではなく。二人が命を落とした直接の原因が包丁だったという、トラウマ的なものが強かったのだが。
(親の精神衛生上)幸いなことに、バッカスたちがその事実を知るのは、当分先の話なのであった。
それはともかく。二人の企みについて。
まあ、本の虫が書斎的な部屋あると知れば、もう、わかりますよね?ということである。
テンプレにのっとって、書斎から始まる知識チートのお時間である!……というより、知りたがりの我慢の限界であった。
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まずはリンドウ家の書斎もどきから。なんとこちら、地下室にあった。リンドウもキキョウも自宅内は見て回ったが、幼児には重すぎる壺の下に魔法らしき何かで施錠してあったので、最初は発見できなかったのである。最近になって、二人の様子から地下室を解禁してもいいと判断されたのか、地下へと続く扉が開けっ放しになった。親に何が置いてあるのか尋ね、ようやく二人は、我が家に書籍が満載なことを知ったのである。
親からも許可は下りていてーまあ、手の届く範囲に置いてある絵本に興味を示すだろうと思い込んでいたからなのだがー二人は母が出かけると早速、地下室に突入し、机の上と壁の簡易本棚に駆け寄り、椅子を踏み台にして、片っ端から広げていく。
「やっぱり日本語なんだ〜」
「近世的な時代に漢字カタカナひらがな全部教えるって、識字率上げんの厳しすぎない……?」
「うわ、露骨に魔術理論って題だわ、これ」
「こっちはもっとヒドイわ、『魔術師に必要な素養4つとは』だって」
「これ日本の書店にあったら草生えるやつやん……」
「かと思ったら真面目な兵法書もあるわね、ここ」
「ああ、これ絶対超重要な本だなぁ」
「どれどれ?」
二人で、先ほど踏み台にした小さい椅子に本を置く。
イメージするなら、ハリ○・ポッタ○の作品内に登場するような、そんな見た目の本たち。その中で、ただ一つ、あまりにも異彩を放つ本が、それだった。
「「ハードカバー書籍かぁ。時代間違えてるよなぁ」」
数世紀ほど時代を間違えた、明らかに現代の製本技術で作られた、なんならプラスチックと思しき表面処理すら施された一冊。
絶対に浮いていて、重要な事柄が記されていると確信した二人だったが、開くことはおろか、なぜか日本語が通用する日々の中で、表紙すら読めない一冊だった。
「まだ早いということかな、これは」
「他の転生者とかでしょこれ、とは思うけど、当分先になりそうだな」
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初めて書斎で本に触れて以降、二人は書斎に入り浸り、件の本を確認することが日課となった。
とはいえ、一日中地下室に篭っているのは不健康と自覚していたため、3歳になってからは午前中は読書、午後は外遊びと分けて、読書の内容以外はマトモな子供暮らしであった。このころに、友人もきちんと作った。彼らに関しては、またいづれ、登場するだろう。
その後、リンドウの妹・フローレアと、キキョウの弟・ユパが生まれ、読書もひと段落ついたので、午前は親とともに妹弟の相手、午後は外遊びを主にして、読書の頻度が落ちた。
フローレアたちが1歳になってからは、二人も交えての遊びが増え、二人が昼寝している間に激しい運動と読書をする、充実したライフを送った。ちなみにリンドウとキキョウは、共に下の子を溺愛するタイプの兄と姉だったので、フローレアたちは兄姉によく懐き、これがのちに、この国に「シスコン」「ブラコン」という概念を流布するラブラブ兄弟姉妹になるのだが……それはまだ先の話。
新たに末っ子が生まれると、書斎で読書をしながら、まず生後一年弱のリンドウ家次男・トリムとキキョウ家次女・レジーナ、フローレア、ユパにリンドウとキキョウの6人でどちらかの家に集まって遊び、妹弟が昼寝し始めたら親に子守を任せて友人らと遊ぶという生活パターンが定着した。
1歳未満の子供は原則家の外には出さないのだが、子供たちの要望もあり、親バカ2組が、思念波を遮断する、本来は魔物との戦闘を行うものが身につけるようなアクセサリーを手に入れたのだ。結果、リンドウとキキョウは、妹弟を引き連れ互いの家を往来し、その可愛さを存分に見せつけあうこととなった。
また、ファンタジーな異世界転生の定番、幼いころから魔法修練を積んで俺tueeeeは、思念波の不安定さが解消されてくる6歳までお預けだった。好奇心旺盛な二人でも、「すでに危険って証明されてるから……」との親の説得の一言を前にしては、大人しく引き下がるほかなかった。
こうして、二人の三年間は、ファンタジー要素低め、ただただ平和な家族生活を送った。
そして、今。秋生まれのリンドウ・キキョウにとって、6度目の紅葉シーズンが、やってきた。
リンドウ・キキョウ、6歳。フローレア・ユパ、2歳。トリム・レジーナ、1歳。
この日、リンドウとキキョウにとって、待ちに待った、ファンタジーな未知の体験が、始まる。
……この世界にとって、およそ100年ぶりの、英雄の産声が、響く。