第一話 学びながら死ぬ
改稿しすぎて別物になりました第一話です
閑静な住宅街を、制服を着た一人の少年が歩いていた。
量産型日本人とでもいうべき容姿。強いていうならば、少々ガタイはいいか、という程度の、極めて平均的に見える。
実際に、この少年・鈴導は、日々の生活から言っても平均の域を出ない人間であった。少なくとも、表面上は。
成績上位者なら大学に行く、ぐらいの偏差値の高校で一応成績はそこそこ上、成績に響かない程度のバイト。学校ではインキャ扱いは受けない目立たないクラスメイトポジション。
今日もそんな学生に相応しい日常を送った彼は、家族三人が待つ我が家に帰宅してるところであった。
体に染み付いだ動作で鍵を開けて家に入り、親の諍いを耳にして、鈴導は、今日は空気が悪い方の日か、と顔を顰めた。
「やっぱり俺が間に入るしかない、よなー」
と小さな声で呟くと、そのままリビングに向かう。
(二人とも、俺たちの前だと喧嘩をやめるから部屋に入ればひとまず解決するだろう。あとで愚痴くらい聞いた方がいいかな)
普段の癖でそんな風に考えたりしながらリビングに入った鈴導を見て、二人の喧嘩は止まった。父は言葉を飲み込み、母はいつもの優しいトーンで。
「だからそれはっ、…………はぁ、おかえり」
「あら、お帰りなさい、帰ってたのね。ごめんなさい、全然気が付かなかったわ」
「うん、ただいま」
「…………」
母は普段通りに、父はいつも以上に不機嫌そうだったので、鈴導の中で本日の話し相手は父に決定されたのであった。
……おそらくそれが、鈴導が犯した、最後の誤りであった。
喧嘩内容は教えてもらえなかったが、父と子供二人で一緒にテレビを見ながら雑談しているうちに機嫌が元に戻ってきた父を見て、鈴導は安心していた。
「これは閃緑岩じゃない?」
「中央構造線の付近だからってことかな」
「そっちって磁鉄鉱優勢ではないんだっけ?」
岩石話に花が咲く。裏に秘めた様々な思いを吐き出すことなく、平和な日々を描く。
そこには日常があった。彼が愛してやまない日常があった。……彼が壊してしまうかもしれないと恐れている日常があった。
ああ、そして、あっさりと、壊れた。
母が洗濯物を持って部屋に入ってきたことを、鈴導は認識していた。
「鈴導、」
と桔梗に言われ、家庭内の役割である洗濯物を干すという日常動作をこなすために立ち上がって、ようやく鈴導は、母の顔をきちんと正面から見た。気づいた。知った。
——日常を壊すその顔を。今から母が、母と呼ばせてくれた人が、犯す暴挙を。
母は泣いていた。泣きながら、洗濯物カゴの中に隠してあった刃物を取り出して、鈴導に向かって突き出した。
鈴導には、沢山の音がほとんど同時に届いた。桔梗の叫び声が聞こえた気がした。穏やかな父の怒声が聞こえた気がした。母の嗚咽が聞こえた気がした。そして、それらよりも大きな音で、ガラガラと、心が崩れていくのが聞こえた。肉を切る、湿っぽい音が、最後に聞こえた。
(ああ、くそ、怖い、死ぬ、ごめんなさい、俺のせいだ、あなたの子供じゃない
、ごめんなさい、死にたくない、気づけなかった、俺がいなきゃこんな、ごめんなさい、そんなの知らなかった、気づかなきゃ、知らなきゃいけなかったのに、ごめんなさい、ごめんなさ——)
少年・鈴導、17歳。首に刃物を刺されての即死であった。
ずいぶん長く、長文が書けない人間になっていました。
ようやく、時間がある時、ちまちまかける人間に戻れそうです。
今後とも、末長くよろしくお願いします。