色のない世界
壊れた彼の日常。
(――――)
結局のところ、過去を遡ったところで何もわからなかった。思い出されたのは、俺の失恋と彼女の笑顔だけ。何一つ彼女の自殺とは繋がらないものばかり。そもそも、俺に彼女の何が分かったのだろう。人はどうしたって他人だ。友人も恋人も家族も誰も彼も。全てを理解することなんて出来ない。分かりあえるのなら争いなんて起きたりしない。……俺は、分かったつもりだっただけなのかもしれない。話を聞いて、言葉を交わして、それで彼女の気持ちを計れたと思っていた。「何にか力になれるかも」という考えがおこがましいということにすら気づかずに。
もう、何も分からなくなってしまった。結の本心も、自分のことも、何もかも。
――結、俺はどうすればいい?
(7/27 12:00)
「お前、死んだような顔をしているな」
学校の廊下でそう声をかけられた俺は、緩慢な動きで顔を上げる。声をかけてきたのは会長の真人だった。
「……そう、見えるか?」
鏡を見たのなんていつ頃だろう。結のいない今、何をするにしても億劫でしかなかった。正直言って、生きることが気怠かった。
彼はフレームの薄い眼鏡を指で持ち上げて、
「あぁ。まるでこの世が終わったとでも言うような感じだ。お前、大丈夫か?」
会長にここまで言われるということは、それほどまでに重症らしい。俺は、似合わない笑みを浮かべて、少しだけおどけて見せる。
「……おかしいな、俺、超元気なんだけど。一日中目がさえて仕方ないよ。昨日なんか寝てないし」
「はは、笑えない冗談だ。重度のストレス障害だ、それは」
かもしれない。生きてる感じがしないからな。死んでるのとさほど変わらない。
「この前の『彼女』にこっぴどくフラれでもしたか?」
彼なりの冗談なのか、少し意地悪そうな表情をしてそう聞いてくる。
的を射た質問に内心苦笑しつつ、無理に笑顔を作る。嘘を吐く。
「いや、真人のおかげで上手くいったよ。ありがとな」
「……そうか。良かったな。おめでとう」
俺の感謝に少し驚いたような顔をした後、彼も笑う。……嘘を吐いたことが嫌に心苦しかった。
「良かったら、俺にも紹介してくれ。せっかくだ。何か祝ってやりたい」
「……あぁ、また今度な」
そこで会話が途切れ、俺は再び歩きはじめる。どこへ向かっているかも分からず、ただ歩みを進めていく。
……俺は、嘘をついてまで何を守りたかったのだろう。友情か? 愛か? 世間体か? 結のいない世界じゃ何もかも下らなく思えた。全てが色を失って見えた。
この思考は、二週間前の俺と似ていた。彼女がいなくなって元に戻った。いや、それ以上に悪化していた。
退屈ではなく絶望。俺は、どうしようもなく壊れてしまっていた。
なぁ、結。お前は何で死んだんだよ。
――俺も、連れて行ってくれればよかったのに。