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変わりつつある日常

 平穏の中で。

(7/18 08:00)


「あ、悠斗。おはよ!」


 眠たい目をこすりながら朝の登校路を歩いていると、後ろから明るい声がかかる。……頭に響く。

 気だるげに振り返ると、案の定見知った顔がそこには立っていた。家が隣で同い年の女の子。所謂いわゆる、幼馴染がこの、天崎葵あまさきあおいだった。


「おはよう。朝から元気がいいな」


 皮肉を素直に受け取ったのか、彼女は少し残念な胸を張って、


「もちろん! 朝は目が覚めて仕方ないの!」


「そ、それは良かったな……」


 本当に元気がいいな。運動テニス部だし、体調の管理が上手いのか?

 『元気いっぱい花丸満点!!』みたいな笑顔を浮かべて、葵は僕と並んで歩きはじめる。そこから他愛もない話をして学校へ向かっていると、彼女は突然、僕の顔をじーっと見つめてくる。


「な、何?」


「悠斗、最近いいことあった?」


 良いこと? 心の中でオウム返しに聞いてから、自分の最近の出来事を振り返る。

 学校行って、帰って、勉強して、結に連れまわされて、彼女に呼び出されて、彼女とパフェを食べに行って……


「まぁ、うん。あったかもしれないな」


 あえてぶっきらぼうにそう言うと、葵はやけに嬉しそうな顔で笑う。


「そっか。……よかった。安心した」


「どういうことだ?」


 何でこいつが安心するんだ? そんなに僕は幸薄そうに見えるのか?

 葵は言葉を吟味するように一度黙ってから、


「……んとね、今までの悠斗、『全てが退屈で仕方ない』みたいな顔してたから、ちょっと元気出たなら嬉しいなぁ、って」


「……心配、させちまったか。ごめん」


 自分の心情が悟られていたことに驚きながらも、動揺を隠して言葉を返す。……こいつ、昔から察しだけは良かったからな。あと、吟味できてないから。刺さってるから。


「いいよ! 私も悠斗が元気なかったら寂しいから!」


 その上、人想いときた。どれだけ幼馴染スキルが高いのだ。僕、泣くよ?


「……あっ、着いた! じゃあ、私行くね」


「うん。……ありがとな、葵」


 僕がぼそっと言った言葉を聞き逃さず、彼女一度振り返って、


「どういたしまして! 悠斗も……帰宅頑張ってね!」


 そう言って彼女は玄関へ駆けだして行った。


「……ふっ」


 ……本当は「部活頑張って!」と言おうとしたけれど、僕が帰宅部だから迷ったのね。……何か色々ごめん、幼馴染さん。


「……よしっ」


 呼吸を整えて、僕も校門をくぐっていく。


 ――今日もまた、忙しい一日が始まりそうだ。




(7/18 17:00)


「女を楽しませる方法?」


「頼む。それを僕に教えてくれ」


 そんなやり取りをしている僕らがいるのは、校舎内の生徒会室の中。現生徒会長の守部真人もりべまことに話があり、誰にも聞かれたくなかったので、無理を聞いてもらってここを利用させてもらっていた。

 僕の頼みに真人は目を細めて、


「お前、最近やっと死んだ魚みたいな目をしなくなったと思ったら、次は屑発言か。……大丈夫か?」


 堅物の会長様に心配された。これってラッキー、なのか?


「というかそもそもだな。俺は恋愛のプロでもナンパ師でもないんだぞ。会長ということを除けばどこにでもいるただの生徒だ。そんなもの知っているはずがないだろう。つまるところだな……他をあたれ。俺は暇じゃない」


 まぁ、聞く相手が間違っているのは自分でも分かっている。「餅は餅屋」だ。女性について聞くなら、そこら辺のホステスに聞く方が断然早いし、効率はいい。


「いや、そう言わないでさ。頼むよ、な?」


 僕は敢えて彼から聞きたかった。ナンパ師とは真逆の、真面目なガリ勉が真剣に考えたことを知りたかった。

 僕は女性の攻略法を知りたいんじゃない。結が心から笑えるような方法を知りたいのだ。何の根拠もないけれど、たぶん、人は真剣に考えてくれたことに『何か』を感じると僕は思う。決められた方法よりも、拙い面白さに心を動かされるはずだ。

 だから、今は安っぽい主人公のように粘り強く、しつこく真人に言葉をかける。キャラ崩壊? 構うものか。今必要なのは、()()()に楽しんでもらえる方法だけだ。他のことは気にしていられない。

 会長は何故か意外そうな表情をして、


「何故そこまで拘る? 彼女でも出来たのか?」


「いや、違う。……でも、知りたいんだ。あいつを笑顔にしてやりたいんだよ」


 格好つけて言っているわけじゃない。これは本心だ。……それすらも、数日前の自分からすれば大きな変化だろうけれど。


「お前、なんとなく変わったな。……あぁ、別に悪い意味じゃない。ただ少し、「生きているな」と思っただけだ」


「何だよそれ。まるで僕が今まで死んでたみたいじゃないか」


「その通りだよ。今さら気づいたのか?」


 死人はあんまりじゃないか? これでも一応、気怠く生きているんだけど。

 会長は、湯飲みに入った緑茶を飲んで一息ついたあと、眼鏡をクイっと持ち上げて、


「……まぁ、いいだろう。俺も少しは頭を捻ってやる。……だがなぁ、この俺に言えることなど多くないぞ。それでもいいのか?」


「あぁ、頼む。少しでも意見が聞きたいんだ」


 断られたらどうしようと内心焦っていたから、その言葉を聞いてひとまず安心する。彼がいれば僕の計画作りも捗るはずだ。


「ありがとな」


 頭を下げる僕を見て、会長はまたもや驚いた顔をしてから、何か思いついたように、


「お前、本当に変わったな。……どうだ、生徒会に入って学校のために働いてみないか?」


「いや、僕そういうの苦手なんで、お断りさせてもらおうかなー」


「なっ、俺の誘いを断るなど……」


 そうして僕は、会長様のご指導の下、明日の「楽しみ探し」の計画を進めていくのであった。


 ――結に『何か』が見つかることを願いながら。

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