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憎しみの理由

 一年前とあの日。

(――――)


 私は、花宮結という人間が死ぬほど嫌いだった。……いや、殺したいほど憎んでいた。

 きっかけは、当時高校一年生だった私が、初めて参加した夏の大会だった。テニス部の一員として必死に汗水垂らして練習した日々と、絶え間のない自己鍛錬。それらのおかげで、その日の私は絶好調に違いなかった。

 一年生のリーグでは圧倒的な差を作って相手の選手に勝ち、一気に準決勝まで勝ち上がった私は、次の試合も確実に勝つつもりでいた。けれど、次の相手は中学校でも名を馳せていた有名な選手。不安がなかったわけではなかった。それでも、自分の努力を信じ、私は準決勝へと向かった。そして――

 私は、負けた。

 精一杯やった。相手をギリギリまで追い詰めるプレーを見せた。でも、勝てなかった。悔しくてしょうがなかった。どうしようもなく辛かった。何で結果が出ないのかと選手室で泣き叫んだりもした。

 それでも、内心では気付いていた。努力では埋められない圧倒的実力というものが、この世にはあるということを。生まれつきのセンス。恵まれた体格。どうにもできない差がいつの世にも人間にはあった。

 でも、それを嘆いても仕方なかった。準決勝の相手は全力で私と戦ってくれた。才能だけじゃなく、文句のつけようがない粘り強さで私を打ち負かしてくれた。それだけが才能のない私の救いだった。

 涙を拭い、ロッカー室を出る。照り付ける日差しに目を細めながら私は、次の決勝戦の観戦へと向かった。立ち止まっていてもしょうがないから、この試合だけは見届けたかった。私より輝いている人の栄光を見てみたかった。だから――

 私は、()()()()が理解できなかった。


「……なに、これ?」


 負けていた。私の準決勝の相手だった人が、圧倒的な実力差をもって叩き潰されていた。それはスコアを見れば一目瞭然で、声を失わずにはいられなかった。

 すぐにコートへ視線を移す。彼女に手も足も出させず、完璧に封殺している相手選手(そいつ)の顔を私は知っていた。

 「同じ一年生なのに、夏休みの間に転校してきた変わった奴」。それくらいの認識しかしていなかった一人の少女。


「花宮……結?」


 ありえない光景だった。テニスを始めて数週間の彼女が、翻弄し、圧倒していた。それすらも異常な状況だったけれど、私がどうしても注目してしまったのは、そこではなかった。

 目。花宮の目は、死んでいた。虚無。諦観。失望。苦しむ相手を目にして彼女は何も感じていなかった。喜びも達成感も何もない。ただ目の前の事実を事実として受け止めているだけ。努力し続けてきた私だから気付いた。気づいてしまった。


 ――自分より弱い奴と戦うのはそんなにつまらないか。


 ――才能だけで相手を叩き潰すことが楽しいか?


 ――努力する相手が苦しむ姿は滑稽か?


 それから、試合は花宮のパーフェクトゲームで終わった。彼女は、授賞式には現れなかった。あとで聞いたところによると、試合が終わったあとすぐに帰ったそうだ。

 結局、花宮(さいのう)は圧倒的だった。どんな努力も押し潰し、涙も汗もあいつらには無意味で無価値でしかなかった。


 ――クソみたいな話だった。


 真剣に取り組んでいる人が涙を呑んで、そのスポーツに何の思い入れもない奴がただ力を振るうだけで全てを掻っ攫っていく。そんなの間違ってる。許せるわけがなかった。

 夏の大会が終わったあと、花宮はすぐに部活を止めた。退部理由は「飽きた」の一言だった。

 それを聞いた時、私は確かに思ったんだ。花宮のことを心の底から憎み、己の無力さに嘆きながら。


 ――絶対に殺す、と。




(7/23 18:00)


 結局、つまるところ私という人間は、狂っているのかもしれなかった。

 どれほど他人を憎んだって、衝動的に人を殺すことなんて普通できないし、全てを喪ったからといって簡単に自殺しようなどとは思わない。けれど、私には「躊躇(ためらい)」というセーフティーが欠落していた。かろうじて保っていた理性も、葛原に内心を吐いたことでなくなった。

 ――だから、私は花宮を呼び出すために電話を掛けた。

 当然、あいつは友人でもなんでもないから、携帯の番号なんて知らないし、SNSでの繋がりもない。私の選べる手段は、あいつの自宅に電話を掛けることだけ。知らない番号から電話が掛かってくれば出ない奴もいるだろうから、もしもの場合は、別の手段も考えて、殺す算段を立てていた。

 けれど、電話は簡単に繋がった。あいつの母親が出て来たときは、興奮と焦りを悟られないよう、なるべく冷静を装って用件だけを告げた。――自分の本名を正直に伝えている時点で冷静でないことは明らかだったけれど。


「はい、代わりました。ご用件は?」


 目的の相手、花宮はすぐに彼女の母と代わって電話に出て来た。順調にことが進んでいることに安心しながらも、同時に()()()()()()()ことに不安も覚える。けれど、真意に気付かれないよう平静の体を意識する。


「ごめんなさい、こんな夜遅くに。……それでね、今日花宮さんに話したいことがあるの。だから、悪いんだけど、今から会えない?」


 「今話せばいい」と言われればそれでお終いだが、それなら別の手段を使うまでだ。断られても焦ることはない。そう自分に言い聞かせて平常心を保つ。

 短い沈黙の後、受話器越しの花宮がゆっくりと口を開くのを感じた。


「……わかりました。待ち合わせ場所はどこにしますか?」


 この時から、少し違和感はあった。何もかもうまくいきすぎていた。まるで誰かが自分の背中を押すように。花宮自身が私の憎悪を受け入れているかのように。――そんなのは錯覚だ。そう思い込もうとしても、何故かその考えが頭を離れなかった。

 私は、言い表せない不安に纏わりつかれながらも声を絞り出して告げる。


 ――結末は近い。

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