表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

僕らの屋上

 ある夏の日。

(7/14 12:30)


「あー、つまんない」


 七月十四日水曜日。寂れた校舎の屋上で、彼女は気だるげにそう呟いた。気持ち悪いくらいの快晴の下、降り注ぐ太陽の光が僕と彼女に容赦なく照り付ける。「もし一時間ここに居続けたら、目玉焼きみたいになるだろうな」なんて下らないことを考えて、夏の暑さから意識を逸らす。


「ほんと、つまんない」


 それが彼女――花宮結はなみゆいの口癖だった。僕を屋上に無理やり連れてきた張本人。同じ高校に通うクラスメイト。傍若無人な女友達。


「何か面白いことってないのかな?」


 海沿いの街特有の潮風が、彼女の髪を凪いでいく。興味本位で染めてすぐに色を戻した、少し黄色みがかった黒髪がはらりと揺れる。

 それだけでも一つの絵になりそうなほど、言葉で表現できない雰囲気を纏う彼女は、同時に人の目を惹く容姿も持っていた。しかも勉強が出来て、運動神経も抜群ときた。……本当にいるなら仕事をしてくれ、神様。

 「退屈」「暇」を連呼する結を放っておいて、フェンスの代わりに手すりの置かれた屋上から、目前に広がる景色を見渡してみる。


「…………」


 特に何の感慨も湧かなかった。元々風景を眺める趣味なんてないし、いつもと同じ街並みを見て思うことは何もない。街は街だ。他に意味なんてないし考えるつもりもない。ただ単純に「つまらない」と感じるだけ。

 結の思考が感染していることに気付いて苦笑しつつ、彼女の方に向き直り、一つの質問を投げかけてみる。


「何で結は、毎回僕をここに連れてくるんだ? 屋上が好きなのか?」


 昼休みや放課後、はたまた学生にとっての天国、土日休日まで。結は気が向いた時に突然僕をここに呼び出し、一方的に色々語って満足したら帰っていく。

 率直に言って迷惑だ。非常識にもほどがある。が、この僕にとっての無駄なゲリラ行事も彼女にとっては有意義なものらしく、毎回礼を言われるので断り切れないのが現状だ。既に一年ほど振り回されているので指摘するのは諦めたが、ずっとここを集合場所に選ぶ理由だけはいつも気になっていた。

 何故、今になってそれを聞いたのかは僕にも分からない。でも、きっかけなんてものは幾らでもある。つまりは偶然たまたまだ。深く考えることでもない。

 結は僕の質問に「うーん」と唸ってから、ぽつりと言葉を洩らした。


「何かが変わるかもしれないから、かな?」


「変わる?」


 納得のいかない答えだ。疑問形なのだから、本人にもうまく分からないのだろうけれど。

 結は僕の不満を察したのか目前の景色を指さして、


「ここから見える街って、いつ見ても同じだよね。でもさ、私はこう思うんだよ。……『何度もここに来れば、いつかは景色も変わるんじゃないか』って」


「……そっか」


 正直なところ良くわからなかった。理解の「りの字」も出てこない。だって、街並みが変わるのなんて、震災が起きた時と街全体を改修してる時ぐらいだ。そんなのは本当に稀にしか起きないし、そもそも上から見たって『特別なこと』がいきなり起きるわけじゃない。それはただの期待だ。自分から何もせずにただ状況に頼っているだけ。そんなのは誰でも知っていることで、彼女も当然分かっていると思っていたから僕は意外だった。……思ったことを本人に聞いてしまうぐらい。


 「……結はさ、自分の好きなこと、見つけられそうか?」


 優秀すぎるが故に世間が退屈に思えるのは分かるが、そんなのはたぶん、生きていても楽しくない。この屋上で変化を待つだけじゃなく、何か自分の興味のあることを見つけてほしい。そう僕は思っている。

 結はどこか遠くを見つめて、息を吐き出す。少しのが、二人の間に流れていく。


「……正直、分かんない。退屈から抜け出したいとは思うけど、私が好きになれるものはどこにもないから。ずっと探してるけど、どこにも」


 自嘲みたいな言葉だった。そしてその声には諦めの色が浮かんでいた。


「あー、悠斗が私に教えてくれたらなー」


 そんなことをぼやきながら、結は手すりに寄りかかる。

 自分で探さなきゃ意味がない。そう内心で思ったりもしたけれど、やっぱり僕は彼女に対して甘いらしい。「放っておく」という選択肢が出てこなかった。代わりに口をついて出た言葉は、


「いいよ……僕が手伝う。結が今を好きになれるように」


「え?」


 何でそんな驚いた顔をするのだろう。……そうか、僕がこれまで彼女の悩みに無関心だったからか。

 結は怪しい商法でも見るような表情で、僕の顔をまじまじと見つめる。


「……ほんと? ほんとに手伝ってくれるの?」


「……うん。結の気が済むまで付き合うよ」


 ほんと、何で今までこの言葉を彼女に掛けてあげなかったのだろう。もっと早くそうしていれば、数か月前からは人生を楽しめていたかもしれないのに。こんなにも退屈せずに済んだかもしれないのに。


「……ありがと。助かる」


 それだけ言って彼女はそっぽを向くように、屋上から見える景色に視線を戻す。……照れ隠しだろうか。もしそうならば、少しは面白いけれど。


 ――そうして、僕たちは、二人で形のない「何か」を探し始めることにした。そこに期待とか夢があることは否定できなかった。それほどまでに僕たちは、まだ未熟で世間知らずだったのだ。現実に幸せを求めるぐらいに。……けれど、僕は一つ大きなことを忘れていたんだ。


 僕もまた、結と同じく、この世界に何一つ楽しみを見つけられていないことに。

 どうも、岸上時雨です。

 感想、批判、誤字脱字。何かありましたら、気兼ねなく送ってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ