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心優しき第三のヒーロー! 『緊急救命戦士ライフワン』! 後編

 貧民街で病気が流行っている。

 マサヨシはその言葉を聞いて、少なからず揺さぶられるものがあった。

 別に不治の病というわけではないが、治すにはそこそこ高額な薬が必要だという。

 加えて、その薬の在庫が間に合わず、貧民街の物では手が届かない値段まで高騰してしまっていた。

 ダンジョンが解放されていたならば、内部のモンスターを倒すことで材料を得ることができるのだが、生憎とまだ閉鎖されたままである。

 よって、貧民街から流行が始まった疫病は、中流の街にも蔓延し始めていた。


「ああ、嫌だ嫌だ……」


 もちろん、治療の手段があるのだから街が壊滅するということはない。

 流石に致死率百パーセントというわけでもないし、感染力が異常に強いというわけでもなかった。

 だが、普段から十分な栄養を取っていないであろう貧民が、この病気を乗り切れるかというと怪しいところだった。


「とはいえ、別に医者や薬屋の仕事を邪魔しているわけじゃないしな……どうせ薬が買えないやつらを治したって、営業妨害にはならないだろう」


 そんな弁解をしながら、またも正義のアイテムを手に夜の街を歩いていた。

 通常なら騎士団が少々見回りをするのだが、『誰』を警戒しているのかわからないが、ダンジョンの周りに対して厳重な警備を敷いていた。

 もしも封鎖されているダンジョンに、誰かが再び入り込めばと思ってしまったのだろう。

 その懸念は無意味だった、閉鎖されず、しかし苦しみの声が聞こえてくる貧民街の前で正義のヒーローは現れていたのだから。


「ライフ、ワン! スイッチ、オン!」


 マサヨシが使用したそれは、印籠型の変身アイテム、『セイバーエムブレム』だった。

 変形している十字マークが刻まれたそれのスイッチを押すことで、彼の体が一気に輝く。

 セイギの力を込めた輝きが収まったとき、そこには宇宙服を身にまとったような重装備の戦士が参上していた。


「病の苦しみにあえぐ人の声、見逃すことなどできはしない! 緊急救命戦士ライフワン! 現場に到着!」


 緊急救命戦士ライフワンは、対BCテロ防護服、という何ともタイムリーな装備である。

 マサヨシ自身は全く察知していないが、この状況は単に疫病が発生したというわけではなく、病毒をまき散らしている何者かが存在する為、極めて状況に適していた。


「……いかんいかん。セイギの味方ごっこをしている場合じゃないぞ」


 慌てて自制する。とにかく、できることをやったらとっとと帰ろうと思っていた。

 幸い呪いではなく病気であることがはっきりしているので、この気密服なら防げると確信している。

 というか、空気中の病原菌を調べるセンサーが大きい数値を出しているので、この服で対応できない病気ではないと察することはできた。


「さしあたり……拡散性殺菌消毒液を噴霧しておくか」


 とりあえず、気休めではあるが空気中の病原菌へ向けて殺菌成分のある霧を噴霧する。

 もちろん既に病気にかかっている人には何の意味もないが、それでも感染を多少治めることはできるだろう。

 それはそれとして、やや動きにくい防護服のまま前に進む。

 特にノープランで来たため、どこからどう回ろうとは一切考えていなかった。

 客観視するに、完全に不審者の格好をしたマサヨシは、殺菌消毒液を両脇の部分から噴霧し続けているのだが、これをこの世界の人間が見たら撒いているように思われても仕方がないだろう。

 人通りはないが、やはりみられると言い訳できる余地もないし。


「とりあえず……バイタルチェック!」


 ライフワンは対BCテロ防護服であり、化学兵器や生物兵器によって汚染された地帯に突入して、被害を受けた民間人を救助するための装備である。

 よって、周囲に逃げ遅れた人間がいないか調べる機能が付いていた。


「……数が多すぎる! トリアージ開始!」


 とはいえ、ここは一応街であり、貧民は貧民なりに数が多い。

 その全員を感知しても意味がないので、その具合が悪い家を探すことにした。

 壁越しに感知される体温などから、ライフワンの中の高機能識別機能が、特に状態の悪い人の寝ている家を探していく。

 そして、調べ始めてげんなりしてしまった。状態が極めて悪い家が、とても多かったのである。


「ああ、もう……薬が尽きるまで付き合えばいいんだろ!」


 とりあえず、手近なあばら家のドアをこじ開けて中に入った。

 そこには、病にうなされている二人の痩せた男女が、子供たちと一緒に一つの毛布を分け合っていた。

 不衛生の極み、不健康の極みの様な、貧困の底辺にある家。

 それを見たマサヨシは何とか自分を奮い立たせると、そのまま奥へ進んでいく。


「う……」


 病気の熱で眠りが浅いのか、子供が目を覚ましていた。

 とはいえ、熱でもうろうとしているのか、夜ゆえに視界が悪いのか、ライフワンの装備を視れてはいないようだった。


「だれ……?」

「……君がいい子にしているから、薬を持って来たんだ」


 サンタさんか、俺は。

 そう思いながら、父親の痩せた体へ血液採取用の針を刺す。

 流石に体内の病気を調べるには、血液サンプルが一定量必要なのだ。


「……おくすり?」

「そうだ、皆助かるぞ」


 助かる保証はどこにもない。

 しかし、このセイギの力を今は信じるしかなかった。


「……本当? 僕を天国へ連れに来たんじゃないの?」

「違う違う、きっとよくなる。表で遊べるようになる」


 話している間も、対BCテロ用防護服の中にある医療コンピューターが血液中の病原体を調べていた。

 彼らの体へ必要な薬を、猛スピードで調合中である。


「……あのね、お医者さん。僕の家にはお金がないの」

「大丈夫、君が普段いい子にしていたから、お金は要らないんだ」

「でも……お薬は高いんでしょう?」


 話をしていると、どんどん気がめいっていく。

 日本のCMでよくやっていた海外支援の募金箱に、一万円を投入したい気分だった。

 血液中の成分によると、栄養が足りないらしい。とりあえず全員に栄養剤を投与するように指示があったので、腰に下げていた万能無針注射器で栄養剤を、眠っている家族に投与していく。


「大丈夫、君が気にすることじゃない」

「だったら、お隣の家も助けてあげて。僕の分のお薬は要らないから」

「この家が済んだら、その後はそっちにも行くからね」

「でも、お隣は子供がいないんだよ?」

「いいから、大丈夫だから」


 孤独だった、途方もなく孤独だった。

 まだ一件目なのに、既に心がおれそうである。

 架空の科学技術によるインチキじみた医療技術を使って、お手軽に病気を治しているだけなのに、罹患している少年と話しているだけで申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「お薬って苦いの? 妹は苦いのが苦手なの……」

「そうか、大丈夫だよ、腕に塗る薬だからね」


 助けている最中なのに、助けることができる装備があるのに、物凄い辛い作業だった。

 調合された薬品を用いて、患者へ投与していくだけなのに、善行をしている達成感が一切なかった。

 むしろ、今まで助けようとしなくてごめんね、と謝りたい気分だった。


「ねえ、良くなる? みんな元気になる?」

「ああ、きっと大丈夫だ」



 結局、貧民たちの治療は比較的早く済んだ。

 なにせ同じ病気が流行っているので、一度調合が済めば同じ薬品を投与するだけで良かったのである。


「……もう帰って寝たい」


 良かったのか悪かったのか、貧民たち全員を回っても薬液には残量があった。

 果たしてこのヒーロースーツには、補給とかはどうなっているのだろうか。

 考えるとキリがないので、とりあえず黙っておく。


「まあこれでもう大丈夫だろう」


 幸い、明後日にはダンジョンの封鎖も解かれる。貧民街は全員助けることができたし、他は自力で何とかするだろう。自分でどうにかできる範囲に関しては、手を出すつもりなど一切なかった。

 というか、『恵まれない人へ手を差し伸べる』ことがこれほどしんどいとは思わなかった。

 色々な意味で、人生観がわかる作業だったとは思う。

 地球や日本が、どれだけ衛生や健康というものを維持しようとしてきたのか、貧困を根絶するために尽力してきたのか、思い知っていた。


「帰って寝る……」


 良いことをしたとは思うが、彼らの今後が良くなるとは思えなかった。

 とはいえ、病気で苦しんでいる貧民を救ったのだ。放置していれば確実に助からなかった命が、今回の行為で救われたのである。

 少なくとも、辛い思いをしていた子供が翌朝には元気になっているのだ、悪い事ではあるまい。

 既に殺菌消毒液の散布は済んでいる。おそらく、この近辺から再び病魔が猛威を振るうことはあるまい。


「さあ、これ以上見つからない内に……」

『緊急事態発生、空気中の病原菌濃度が上がっています』


 コンピューターの警告を聞いたマサヨシは、慌てて周囲を確認する。

 その心の中は、早鐘の様に鳴り響いていた。


「不味い……何かいるのか?!」


 考えてみれば、生物兵器、細菌兵器自体は近代以前にも存在はしていた。

 病原菌を知らずとも、『感染する病気の患者』が使っていた毛布が危険であることは、それなりに頭が回ればわかることである。

 つまり、今回病気が蔓延したことは、何か原因があるということなのだ。もっと言えば、意図して病原体をばらまいた何者かがいるということだ。


『接近する熱源アリ』


 倒れている人間を探す機能があるということは、他の熱源を探ることもできるという事。

 マサヨシは慌てて身構える。仮に戦闘になれば、今の自分では勝てない可能性が高い。

 何故ならこのヒーロースーツ『ライフワン』は原則として人命救助用であり、戦闘能力がホイッスルよりもさらに劣るからだ。

 加えて、純粋に人道支援のために赴いたマサヨシは他の変身アイテムを持ち込んでさえいなかった。

 今度こそ、逃げるべきだった。

 相手の姿を確認する前に、相手に姿を確認される前に引き下がるべきだった。

 しかし、精神的な高揚以外の感情が、マサヨシに行動を許さなかった。


 治療して回った貧民街で、やせ細った弱り切った多くの人々の寝姿が脳裏に焼き付いている。

 文字通りの意味で諸悪の根源を討たねば、どうにもならないことは明らかだった。


「ああ、もう! 畜生!」


 一応、ライフワンは戦闘能力がまったくないわけではない。一応、子供向けのヒーロー番組の主役を張る程度には戦闘能力がある。

 問題は、自分がド素人で相手がそこまで物語の敵ではないということだ。


「病の苦しみにあえぐ人の声」


 ただ、ここで正しい選択をして逃げ出すことができるのであれば、そもそもここに来てはいなかっただろう。


「見逃すことなどできはしない!」


 義憤ではなく罪悪感によって、踏みとどまるのではなく逃げ損ねたマサヨシは、自棄以外の何物でもない見得を切る。


「緊急救命戦士ライフワン! 現場に到着!」


 そして、人間に比べれば明らかに体温が低く、加えてゆったりと動く『元凶』が現れた。

 紫を主体とする毒々しい警戒色、人間を丸々呑み込む大きさの軟体。

 即ち、病原菌を周囲にばらまき、弱った獲物を捕食する『ポイズンスライム』。


「……なるほど、そういう生物か」


 そのゆったりとした動きで、ライフワンへ向かってくる。その姿を見て、その名前も生体もわからないマサヨシは、しかし概ねを察していた。

 人間の街に迷い込み、隠れ潜み、その病魔をばら撒いていた生物。それは悪ではあるまい、しかし、害である。


「この街の人々のために、お前を、駆除する!」


 誘導棒のような、赤く輝く刃のない武器。

 それを手に、宇宙服のようなもっさりとした姿のライフワンは走り出す。


「極地活動型救助器具、エナジーバトン!」


 対するポイズンスライムは、その粘りのある体を盛り上がらせて、水柱の様にライフワンへ襲い掛かる。

 肉体を消化吸収するために、全身でライフワンを捕食しようとしていた。


「バトルエレキモード!」


 一時的にバッテリーとして、他の電気製品を起動させることが可能なエナジーバトンを、戦闘使用のスタンガンの様に使用する。

 高電圧を帯びたバトンが直撃したポイズンスライムは、本来打撃斬撃が通じないはずの体を大きく振るわせていた。


「流石に効くだろう!」


 毒々しい湯気が上がり、体を震わせるポイズンスライム。

 しかし、負けてなるものかと更に体を波立たせてライフワンにまとわりついていく。

 既に足は呑み込まれまともに動かすことはできず、そのまま体の全体へ包み被さっていった。


 これはポイズンスライムに限らず、スライム種ゆえの特に珍しくない攻撃である。

 全身を用いて、相手の全身を包み込み消化吸収する。よほど相手が自分よりも大きくなければ、窒息死させることも可能なこの攻撃。

 動きが速いとは言えないスライムだが、しかし一度捕えれば逃走も抵抗も不可能の筈だった。


「はっ! だがこっちは……そんなもん効きゃあしないぞ!」


 だがライフワンの装備は対BCテロ用防護服ということで、ホイッスルやシイクレットに比べれば格段の防御性能がある。

 特に酸だとかガスだとか、そういった厄介なものに対してはほぼ無敵と言えるだろう。ある程度の対放射線防御もある。


「この防護服はな、設定上深海でも活動できるように耐圧性能もあるんだ! 防弾性能とか防刃性能はお世辞にも高くないが……お前じゃあ気密に穴をあけることもできやしねえよ!」


宇宙服の様な外見は伊達ではない。周囲の有害な大気を防ぐフィルターも存在するが、それが限界を迎えれば完全気密モードとなって、外気とは完全に隔離される。

 如何にポイズンスライムがエナジーバトンの攻撃を受けながら必死で捕食を試みても、このライフワンを装備したマサヨシを、消化することも圧殺することも窒息させることもできはしない。


「エナジーバトン……バトルヒーターモード!」


 高山や寒冷地区で災害が発生した場合に対処するために、エナジーバトンはそれ自体が熱を発することもできる。

 その高熱によって、自分を食べようとするポイズンスライムを焼いていく。

 ポイズンスライムが如何に生命力にあふれた生物であったとしても、皮膚も鱗も羽毛もなく高熱であぶられれば耐えきれるものではない。


「俺はチキンだが……勝てる相手と分かれば、まあこんなもんだ」


 番組の様に、相手を派手に爆発させるということはない。

 しかし、体がどんどん蒸発し、目減りしていくその姿は確実な死を予感させていた。

 根競べに意味がないと判断して逃げようとしたのか、或いはただライフワンにしがみつく体力もなくなったのか、小さくなっていくポイズンスライムはどんどん地面に崩れていく。


「お前が人間を食うことは、悪い事じゃないんだろう。だが……こっちが抵抗するのだって自然の摂理だ。ヒトの巣に上がり込んだんだ、まさか恨み言はないだろう?」


 炙り殺したことを確認すると、マサヨシは改めて周囲へ殺菌消毒剤を噴霧する。

 ポイズンスライムの肉体が焼けたことで周囲に満ちていた毒気を、一気に中和していった。


「……今度こそ、救助完了だ。まあ……まあまあ正しいことをしただろう」


 自分の装備を改めて殺菌消毒すると、自分の行為を再確認する。

 もちろん危険ではあったし、浅慮でもあった。しかしそれでも、やる意味はあったと信じたかった。

 やたら独り言が多いマサヨシ。

 変身するときに一々見得を切るマサヨシ。

 その正体にたどり着くものが現れるのは当然だった!

 正体を知られたマサヨシ、秘密を守る対価として要求されることは?!


駆け抜けろ、第四のヒーロー! 『地獄の猟犬ティンダロス』!


 異世界よ、これが正義だ!

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