心優しき第三のヒーロー! 『緊急救命戦士ライフワン』! 中編
果たして自分がやったことは良い事なのだろうか悪い事なのだろうか、とは考えてしまう。マサヨシは当然の様に葛藤していた。
未だにダンジョンは封鎖されており、調査さえきちんとは行われていない。予定を完遂する為にも、ダンジョンは規定通りの封鎖期間を終えるまで待つことになっていた。
極めて自分を客観視するに、おそらくあの晩何もしなければ、それはそれで見捨てたことに悩んでいただろう。助けたら助けたでこうして悩んでいるが、それはそれで事前にわかっていたことである。
少なくとも、真面目に職務を遂行していた衛兵の二人を見つけた時に、その辺りの事は覚悟できていた。というか、自分のやっていることが犯罪であると理解できていた。
自分がやったことはもしかしたらセイギなのかもしれないが、それ以上に犯罪である。
彼らは確かに見捨てられたが、それはこの社会で認められている行為であるし、それ以上に彼らが望んで身を投じていた仕事である。
こんな言い方もどうかと思うが、彼らは誰かに助けられることもなく死んで当然だったのだ。少なくともあの時点の彼らにはその選択肢があった。
もしかしたら幼少時代は他に選択肢がなく、危険であっても冒険者の仕事をするしかなかったのかもしれない。しかし、マサヨシが助けた五人に限って言えば、明らかに装備も良く体も健康そのもので屈強だった。
彼らは既にある程度裕福で、他の仕事もできたであろうに、それでも冒険者をしていたのだ。
そんな彼らを助けることが、法を犯してまで助けることが正しかったのだろうか。
いいや、正しいかどうかというとずれている。『正しい』という言葉はとても曖昧だからだ。
今回助け出された五人の冒険者にとっては、その後の対応を含めても悪い事ではなかっただろう。なにせ、クモに食われて死ぬところだったのだ。職を失って返せる範囲の借金を負うくらいは必要経費と思って割り切って欲しい。
だが、騎士団や冒険者ギルドにとってはどうか。
例えば物凄い悪人がモンスターをけしかけて彼らを陥れたわけではあるまいし、二次被害を避けるために規定通りの行動をとっただけだ。そこには規律と危機感と秩序とメンツがある。
彼らは社会を構成する重要な組織であり、その構成員だ。その彼らが『正しい』行動をとっているにもかかわらず、セイギの味方ごっこをしている自分がそれを破ってしまった。
ヒーローの活躍を忌々しく思う警察というのもテンプレだが、実際にやられてしまった彼らの心中を思うとやりきれない。
「また似たようなことがあっても助けるとは限らないしなあ……」
はっきり言って、今回の救助でこりているともいえる。
確かにあの五人に関しては、自分は救ったと言っていいだろう。だが今後も継続してこの街を守っていくのは騎士団であり、冒険者を補助していくのは冒険者ギルドなのだ。
自分が彼らの代わりにそれを行う、或いは彼らの仕事の穴を継続して埋めるというのなら、少なくともこの街にとっては利益があるだろう。
だが、そんな気は彼にはない。能力もないが、何よりもやる気がない。
酒場で皿を洗うのが自分の器量の限界であり、どれだけ出世をするとしても店の経理などを任される程度だろう。
それでいいと思っている。それがマサヨシという男の限界なのだ。
それを思えば、あの時は少し異常だった。
あのジャイアントスパイダーと呼ばれる魔物と対峙した時、明らかに自分はおかしかった。まるでセイギのヒーローになったように、迷いなく体が最善の行動をしていたのだ。
恐怖がなかったわけではないし、躊躇がなかったわけでもない。
しかし、いざ実際に倒すべき敵が現れた時に、自分はまるで怯えることはなかったのだ。
「スーツに乗っ取られていたんだろうか……」
もちろん、恐怖で固まってそのままみんなと一緒に食われるよりはずっとよかった。
シイクレットの装備であのジャイアントスパイダーを倒すことは可能だが、その一方で万が一の事が起こらないかと言われるとありえないとは言えなかった。
なにせ、シイクレットは潜入捜査のための装備である。戦闘に特化したスーツとは比べ物にならないほど……装甲が弱い。
一方的に攻撃して瞬殺したわけではあるが、持久戦になったりダメージの与え合いになれば、ほぼ確実に敗北していただろう。
それぐらい、とんでもなく脆いのだ。それを思うと、正直体が震える。
あの時は見捨てて逃げることが安全であり、正しかったのだ。殺して全員助けるなど、まともな発想ではない。それは正しくなかった。
「もう戦うのはナシだ」
確実なことがあるとすれば、自分は変なテンションになることがあるということだ。
今回は悪い方に転がることはなかったが、次もそうなるとは限らない。
そう、危険なことをすれば、何時かは失敗して取り返しのつかないことになる。今回救助した彼らがそうであったように。
人生は安全に徹するべきなのだ。もちろん、生きる上で絶対に安全な場所などないことは知っているつもりだが。
※
そうして、改めて平凡な日常に徹することにしたマサヨシだったが、そうは問屋が卸さなかった。
とはいえ、彼が二度セイギの力を発揮したこととは何の関係もないところで、ある勢力が彼の住む街に手を伸ばした。
つまり、魔族である。
「へえ……ダンジョンが閉鎖されたの?」
一人の、妖艶な女性が荒れ果てた岩山に座っていた。
人間であれば、確実に体が傷を負うであろう尖った斜面に、彼女は優雅に腰を下ろしている。
それは彼女が人間ではない証拠だった。人間離れした寒色の肌を持ち、角や尻尾、翼や牙をもつ彼女は人間の敵である魔族である。
「まあダンジョンで引きこもっている下等な連中が暴れ出したんでしょうね」
人間が魔族に対して知っていることは少ない。
モンスターの一種、つまり害獣の一種と思われているが、その危険性は比較にならない。
端的に言えば、魔族とは人間と同等以上の知恵と、ダンジョンの深層のモンスターに勝るとも劣らない強さを持った生物なのである。
そして、前提に立ち返るが彼らは『人間の敵』なのだ。
「いいわねえ……それじゃあちょっと遊んであげましょうか」
人間を食べようと思えば人間を食べることもある。
しかし、別に何が何でも食べるわけではない。個体差はあるが別の物だって食べるし、飢えを満たすために殺しているというわけでもない。
人間の大人が鹿を狩るように、人間の子供が虫を殺して遊ぶように、魔族は人間を弄んでいるのだ。
「面白そうなモンスターを送り込みなさい」
彼女は指を動かして、指示を出していた。
それに応じるのは、彼女の下僕である少女の姿をした魔族だった。
およそ十名ほどだろうか、決して多いとは言えないが、全員が美しい少女の様な姿をしていた。
「ああもちろん、大暴れして街を壊滅させるようなのは駄目よ?」
規模の大小はともかく、自分以外の魔族を従える魔族は存在する。
その彼らは大抵の場合、魔族の中でも抜きんでた力を持っているのだ。
「人間を一杯苦しめるモンスターを、一体送り込みなさい。選別は任せるわ、ほどほどに人間が苦しめば、その具合によってご褒美をあげる」
そうした物は、魔族からは畏敬の念を込めて、人間からは恐怖を込めてこう呼ばれる
「はい……魔王様」
魔王。魔族の中でも特に傑出した力を持ち、ダンジョンの深層に巣食うボスモンスターにさえ匹敵する力を持ち、地上に生息するまばらなモンスターのほぼすべてを意のままに操る存在。
それが魔王だった。
ほどなくして、マサヨシの住む街にある貧民の居住区域で疫病が発生する。
その知らせがマサヨシの耳に入ったとき、彼が『戦わず』にできる人助けをせずにいられるかは疑問がわくところだった。
多くの命が危険にさらされる、化学兵器や生物兵器。
それらによるテロが頻発し、人々は不安にさらされていた。
汚染されてしまった人々を治療し、被害の拡散を防ぐ力が求められていた。
人の命を守るために対BCテロ防護服で身を包む、優しくも頼もしい正義のヒーロー。
その名は、緊急救命戦士ライフワン!